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【イベントレポート】「ひよらず、未来を語れ」。三木谷浩史が問う、事業を動かすアントレプレナーとファイナンス責任者の覚悟

AIが精緻な数値分析を瞬時にこなす時代。安全圏に留まることが最大のリスクとなる環境下で、我々は何を武器に未来を切り拓くのか。 

この問いに対し、一つの答えを提示したのが、楽天グループ株式会社 代表取締役会長 兼 社長の三木谷浩史氏だ。言わずと知れた日本を代表する起業家だが、ファーストキャリアは銀行員。財務の本質や既存ルールの限界を知り尽くしているからこそ、同氏が放つメッセージには、数字の管理やブレーキ役に終始しがちな実務家たちの胸に刺さる説得力がある。

「アントレプレナーこそが世の中を変える」というテーマのもと語られたのは、自ら未来の物語を紡ぎ、リスクを取る重要性だ。圧倒的な覚悟と視座を問う、「会計ファイナンス人材カンファレンス2026」の基調講演が幕を開けた。 

 

三木谷 浩史

楽天グループ株式会社 代表取締役会長 兼 社長 

1965年、神戸市生まれ。一橋大学卒業後に日本興業銀行に入行、ハーバード大学でMBAを取得。 1997年5月インターネット・ショッピングモール「楽天市場」を開設。現在、楽天グループとして、Eコマース、フィンテック、モバイル、デジタルコンテンツなど多岐にわたる分野で70以上のサービスを提供する。

日本の地盤沈下と「エコシステム」の欠如

講演の冒頭、三木谷氏は自身が日本興業銀行(現みずほ銀行)に在籍していた1989年と現在の「世界の時価総額ランキング」をスクリーンに映し、日本の国際的地位の低下という厳しい現実を突きつけた。

「1989年当時、世界の時価総額トップ20社のうち14社を日本企業が占め、私のいた銀行も2位に入っていました。しかし現在はご存知の通り、トップ50にすら日本企業はほとんど姿を見せません。代わりに上位を占めるのはAIやファイナンス、エネルギー関連の企業であり、今話題のメモリーの会社や、スペースXのような企業もここに入ってきています」

かつて世界を席巻した日本企業が表舞台から姿を消した要因については、技術革新への乗り遅れにあると指摘する。そして、その根底に潜む構造的な課題を次のように断言した。

「最近でこそスタートアップが生まれる土壌は整いつつありますが、それを次のフェーズへと育てるための、ファイナンスを含めたエコシステムが日本には圧倒的に不足しています。大前提として、どれほど優れたアイデアやイノベーションの構想があっても、それ単体では何も生み出せません。構想を具現化し、社会に実装していくためには、そこにお金(リスクマネー)が付いてこなければ意味がないのです」

さらに三木谷氏は、エコシステムを阻害している要因として、日本の会計制度の壁にも鋭く踏み込んだ。

「日本の会計基準は、のれんの定期的な償却が義務付けられているなど、グローバルスタンダードから見れば独自の制約を抱えた状態にあります。米国のように、のれんは適時評価の対象とし、原則として毎期の償却はしなくていいルールと比較すると、日本の基準はガラパゴス的な側面が否めません。このルールが存在すること自体が、海外の機関投資家から見て『日本市場への投資がしにくい』という障壁を生み出してしまっていると言えます」

この問題提起は、単なるマクロな規制批判ではない。これからの日本経済を担うファイナンスのプロフェッショナルに対し、制度の壁を言い訳にせず、それを乗り越えて真の価値を発揮してほしいという、期待を込めたエールなのだ。 

  大義なき挑戦は成し遂げられない

では、起業家が巨額のリスクマネーを引き寄せ、未来を切り拓くために不可欠なものは何か。1997年、「ネットショッピングなど誰もやらない」と言われた時代、わずか6人で「楽天市場」を立ち上げた三木谷氏。今や楽天グループ全体の取扱高は約50兆円、収益3兆円に迫る巨大なエコシステム(経済圏)を築き上げた。

「『楽天市場』は、初月の流通総額が全体で32万円。しかもそのうち20万円ほどは僕自身が買ったものだったので、実質は12万円ぐらいからのスタートでした」という創業期のエピソードで会場を沸かせつつも、現在のブランドを築き上げた軌跡を提示。数々の修羅場を越えてきた彼が、新たな挑戦に向かう際の出発点としているのは、社会に対する問題提起だ。 

「世の中に問題提起をしていくアントレプレナーにとって、最も大切なのは大義があるかどうかです。これがないと、大きなことは決して成し遂げられません」

この大義を体現したのが、通信業界を震撼させたモバイル事業への参入だ。当時、携帯料金は平均7,000円から8,000円で高止まりしていた。生活に不可欠なインフラであるにもかかわらず、高すぎる。技術革新によって安くしなければならないと考えた三木谷氏は、この課題に対して果敢に挑んだ理由を、数字のリアリティをもってこう語る。

「例えば4人家族が毎月8,000円を使うと、年間で約38万円の出費になります。これを10歳から70歳まで60年間使い続けたとすれば、2,000万円以上の大金を支払うことになりますこれは非常に大きな問題であり、だからこそ我々は『無謀だ』と言われながらもチャレンジしたのです 」

この途方もない課題を解決するためには、既存の手法を踏襲していては到底太刀打ちできない。そこで楽天は通信ネットワーク自体の考え方を根本から変える決断を下した。既存の通信ベンダーに設備を丸投げするのではなく、世界で初めて、専用ハードウェアではなくソフトウェアで信号処理を行う完全仮想化技術(Open RAN)を採用。AIを導入して少人数かつ高効率なネットワーク構築や運用を可能にし、破壊的なコスト削減を進めている。

巨大なリスクマネーを投じたこのプロジェクトの根底には、「携帯市場を民主化し 、誰もが安価で速く便利につながるものにする」という大義が貫かれていた。

さらに、楽天が描く大義のスケールは地上にとどまらない。衛星通信による直接ブロードバンド通信にも乗り出しているのだ。 

「我々が創業時に出資した米AST SpaceMobileは、巨大な衛星を打ち上げることで直接ブロードバンド通信を実現しようと考えました。起業家のアーベル・アヴェラン (AST SpaceMobile創業者兼CEO )と始めたこのプロジェクトは、すでに60以上におよぶ世界のモバイル通信事業者と契約を結び、時価総額は楽天を上回る規模にまで成長しています」

他社のプラットフォームにただ乗りして安全な道を歩むのではなく、技術の常識を疑い、自らも巨大なリスクを取って未来を切り拓く。AST SpaceMobileのプロジェクトは、世界中の通信インフラを変革するという壮大なスケールの大義の具現化である。同時にそれは、「未知のビジョンに賭けるリスクマネーがどれほど爆発的な価値(バリュエーション)を生み出すか」という、ファイナンスの真髄を示す鮮やかな実例でもある。

エクイティストーリー vs バリュー投資、そして制度の壁

なぜ日本では、「楽天モバイル」やAST SpaceMobileのようなスケールの大きな挑戦が生まれにくいのか。三木谷氏は、その根本的な要因が日米のファイナンス市場における「構造的な違い」にあると指摘し、日本の現状に危機感を滲ませた。 

「OpenAIのサム・アルトマンやスペースXのイーロン・マスクをはじめ、海外では起業家の描くエクイティストーリー(成長シナリオ)に対して資金が集まります。一方で日本の市場を省みると、目先の確実性を重視するバリューインベスターに偏っているのが実態でしょう」

未来のビジョンや構想段階のストーリーに巨額のリスクマネーが供給されるアメリカに対し、日本は確実性や短期的な利益を求める投資家が多数を占める。この日米の差は単なる投資家マインドの違いにとどまらず、市場の制度そのものにも明確な壁として表れている。

「一つは上場基準の違いです。アメリカでスペースXやOpenAIのような企業が、たとえ赤字であっても巨大な時価総額で評価される環境があります。日本のグロース市場でも赤字上場は可能ですが、プライム市場では認められません。極端に言えば、今の制度ではスペースXでさえ日本のプライム市場には上場できないということ。

もう一つの大きな問題はデュアルクラス(複数議決権株式)の扱いについてです。そもそもスタートアップとは無謀な挑戦をするものであり、海外ではそれを承知でリスクマネーが集まる。しかし日本では原則として『1株1議決権』が求められるため、起業家が大胆な意思決定権を維持したまま巨額の資金を集めることが、制度上非常に難しくなっているのです」

起業家が経営権を維持したまま大胆なリスクを取れる環境が、今の日本には十分に整っていない。例えば、重い税制の壁が挙げられる。

「日本の最高税率は約56%で、ミニマムタックス税制も導入されています。さらに相続税も最高55%かかる。これほど個人への税負担が重い国では、起業家は成長意欲が湧きにくいかもしれないし、世界のトップクラスの人材もなかなか集まらないのではないでしょうか」

三木谷氏はそう語り、グローバルな人材獲得競争において日本が敬遠される現状を指摘した。しかし、ただ日本の制度的劣後を嘆いているわけではない。自律的に思考し行動するAIが台頭し、あらゆる既存ビジネスが根底から覆る可能性がある下剋上の時代。制度が整うのを待って立ち止まること自体が、起業家にとっては致命傷になるからだ。

「環境に文句ばかり言っていても仕方ありません。アントレプレナーにとって最も大切なのは、自ら動くことです。これだけ変化の激しい時代において、『最大のリスクとは、リスクを取らないことである』。事業会社で働くCFOや公認会計士の方々も、そのように考えてみてください」

経営を牽引する「攻めと守り」のCFO像 

講演の後半は、「会計ファイナンス人材カンファレンス2026」を主催するCPAエクセレントパートナーズ株式会社の取締役副社長COOである安藤公二をファシリテーターに迎え、現場のリアルな課題に切り込むQ&Aセッションが行われた。

安藤は楽天に勤務していた当時、「楽天トラベル」の立ち上げをはじめ数々の新規事業を牽引し、常務執行役員や社長室長として三木谷氏の右腕を務めた人物だ。かつての盟友だからこそ踏み込める、本音ベースの白熱した議論が展開された。 

Q.これまで幾度となく常識を覆し、ビジネスを牽引してこられましたが、その原動力となる強烈な「トップの直感」は、一体どこから湧き上がってくるのでしょうか 

安藤がピックアップした問いに対し、三木谷氏は「それが分かれば私も苦労しませんが(笑)」と会場を和ませつつ、直感の背景にある自身の思考法を明かした。 

「一つは連想力だと思います。他の業態で行われている優れた仕組みが、自分の業態にも適用できるのではないか、と結びつける力です。 もう一つは、私が常に掲げているイノベーション・アクセラレーター(変革の加速装置)の思考です。日本のビジネスパーソンは総じてブレーキを踏む力が強すぎて、新しいアイデアに対して『できない理由』ばかり挙げてしまう。そうではなく、『どうすればできるか』を徹底的に考えること。これが重要です」

続けてテスラやアップルを例に挙げ、「いかなる偉大な企業も、無数の壁を乗り越えて現在に至っている」と語る。そして、起業家がその壁を突破するために不可欠なのが、自らのビジョンで金融マーケットを説得する力だと指摘した。

「会計の基本である損益計算書や貸借対照表などは、非常に主観的な側面を持っています。それにもかかわらず、日本の市場では未来の価値よりも『配当はいくら出してくれるのか』といった近視眼的な議論に終始しがちです。だからこそ、本当にリスクを取る起業家は、そうした現状の壁を乗り越えるとともに、自らが描くストーリーで金融マーケットをしっかりと説得できるかどうかが極めて重要なのです」

Q.圧倒的なスピード経営の中で、三木谷氏が求めるCFO像とは?

三木谷氏が提示したCFOの理想像は、従来の「守りの管理職」のイメージを覆すものだった。 

「大前提として、財務諸表が必ずしも企業の真の力を表現しているとは限らないという事実を理解していること。その上で、オフェンス(攻めの投資)とディフェンス(守りの規律)の両方をこなせる能力が非常に重要です。 もちろん、実行した投資を確実に回収していくことは大切ですが、企業経営には時に『遊び』も必要です。理屈は完全に読めなくとも、まずは新しいチャレンジをやってみよう。そうやって未知の領域に飛び込める柔軟性を持った人物こそが、真に求められるCFO像だと考えています」

――AI時代において、ファイナンス人材はどう生き残るべきでしょうか?

この問いに対し、三木谷氏はまず、実務的な視野の広さと倫理観の重要性を語った。

「例えば我々も、モバイル事業で巨額の投資が必要だった際、泥臭く約3,000億円の運転資金を改善しました。ナスダックの23時間取引やプライベートマーケットの隆盛など、調達環境が激変する中で『世界で今、何が起こっているのか』と常にアンテナを広げておくことは必須条件です。しかし、その上で最後に問われるのは、やはり根底にある倫理観だと私は思っています。フェアに、正々堂々と戦うべきところは戦う。そしてアカウンタビリティ(説明責任)とは、本質的な責任感のことです」

ここで語られる責任感とは、単に過去の数字の辻褄を合わせることではない。それは批判や逆風を恐れず、未来の大きな成長のために変革のアクセルを踏み抜く覚悟のことだ。セッションの締めくくりに、実務家たちに向けて力強いメッセージが投げかけられた。

「大きな投資を実行すれば、短期的には当然利益が下がります。しかし、将来的には爆発的な利益を生み出す。日本の経営者やファイナンスの責任者は、大抵そこで『ひよる』わけです。しかし、本当に社会を根底から変革しようと思うのなら、そこで絶対にひよってはいけません。激しい挑戦をすれば、必ず周囲からノイズ(批判や反発)が生まれます。そのノイズに負けず、自分たちを信じてやり抜くこと。もちろん、投資家や銀行などパブリックマーケットのステークホルダーとの対話も重要です。そのバランスを取りながらも、最後はやはり本質的な価値を追求し続けること。それが何より重要なのではないでしょうか」

ブレーキではなく「最強のアクセル」へ

「ひよってはいけません」。

三木谷氏が放った言葉の通り、ファイナンスのプロフェッショナルは、企業を安全圏に留めるためのブレーキ役に留まってはならない。世界を変えようと無謀な挑戦に挑むアントレプレナーの傍らで、事業を最短距離で成功へと導く最強のアクセルとなるべきなのだ。

激動の時代において、リスクを取らないことこそが最大のリスクとなる。大義を掲げて挑む起業家と、その覚悟をファイナンスの力で加速させるパートナー。両者が揃ってこそ、日本の未来を切り拓く新たな熱狂が生まれる。

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