
公開日:2022/08/24
VC目線からみたスタートアップの資金調達とは|エクイティファイナンスと資本政策
西中孝幸さんの記事
イントロダクション
ベンチャーキャピタル(VC)には、起業家の方々から日々、様々な相談が寄せられます。特に資金調達に関する相談が割合多く、アドバイスをさせて頂く機会も増えています。
プラットフォーム「INITIAL」にて公開された「Japan Startup Finance 2022上半期」のデータを見てもその傾向は明らかです。

このグラフを見てもわかる通り、2022年1月〜6月のスタートアップの資金調達額は4160億円と、上期の段階で昨年1年間の50.6%に達しています。2013年~2017年のデータと比較しても確実にスタートアップによるエクイティ調達は増加しており、資金調達の手段としてメインの手法になってきていると感じます。
新たに株を発行し、VCなどから事業資金を調達するエクイティファイナンスという手法は、スタートアップ界隈で主流になってきており、資金調達に成功した事例もよくニュースで取り上げられています。
しかしながら、エクイティファイナンスが全てのスタートアップにとってベストな資金調達法かというと、私個人はそう考えていません。あくまでも企業の目的達成のための選択肢の一つであり、ゴール設定次第ではエクイティファイナンスを使わない方がよいケースも多々あるからです。
今回はエクイティファイナンスとその他の資金調達の手法を比べながら、あらためてスタートアップにとっての資金調達と資本政策についてVCの視点からお話できればと思います。
スタートアップの資金調達の方法とは
そもそもスタートアップの資金調達方法は、以下の3種類に大別できます。
自己資本:経営者が自ら稼いだお金を事業に投資する
融資(デットファイナンス):銀行などから事業資金を借りる
エクイティファイナンス:株式を発行することで資金を調達する
このうち、エクイティファイナンスは上場前と上場後で、それぞれ資金調達する先が異なります。
上場前:目に見える第三者(VCや事業会社)と株式を共有し資金調達する
上場後:マーケットにいる不特定多数の株主から資金調達する
エクイティファイナンスの場合、会社の権利である株式の一部をトレードオフすることで、自己資本や融資よりも大きな額の資金を集めることができます。
エクイティファイナンスのデメリット:コミュニケーションコストと覚悟
とはいえ、冒頭でもお伝えした通り、エクイティファイナンスはあくまでも企業の目的達成の手段にすぎません。
自己責任で自由に動かせる自己資本や返済の義務を負う代わりにある程度資金の活用に融通が効く融資に比べ、エクイティ調達は前提として「事業の成長」が求められます。
スタートアップにおけるエクイティファイナンスの場合、VCや事業会社からの出資がメインになります。VCや事業会社はスタートアップの将来性を見込み、企業の成長性や将来の事業成長に期待して投資します。
そのため、エクイティを調達したスタートアップは常に成長し続けることが期待されますし、当初の想定通りに進まなかった場合の説明責任も発生します。つまり、出資を受けて終わりではなく、その後もコミュニケーションコストが発生するのです。
当然のことながら、エクイティ調達をしたスタートアップが全て、期待通りに成長できるわけではありません。
また、企業は生き物ですから、状況の変化とともに、事業の成長速度を少しゆるめたいと考える経営者もいるでしょう。その判断自体は悪いことではないのですが、エクイティファイナンスを利用していると、成長への圧力がどうしても働きます。
なぜなら、未来の可能性に投資しているVCや事業会社の存在が、良くも悪くも企業の成長を後押しする力になるからです。「成長していこう!」と常に応援し続ける熱血コーチのようなポジションが側にいる以上、いったん立ち止まるという判断がしづらくなります。
もちろん、スタートアップの経営者と出資側のVCや事業会社が互いに話し合い、より良い方向性を模索していくことはできます。
以前、富士通株式会社のアクセラレーターである松尾圭祐さんと対談させていただいた際、「大手企業とスタートアップの協業は”お見合い”からの”駆け落ち結婚”」と松尾さんが例えておられました。私個人の考えですが、エクイティ調達におけるVCとスタートアップの関係も同様だと感じます。
仮に離婚の道を選ぶとしても、本音が言えないまま別れるのか、それともきちんと話し合った末に双方納得してから別れるかによって、その後の関係性が大きく異なります。
そのため方向性や目標のズレが生じ始めた段階で率直に話し合えるような関係値づくりが非常に重要ですし、そのために日頃から双方向のコミュニケーションを意識しておく必要があります。
ようするに、エクイティファイナンスの場合、出資をする側と受ける側、両方ともに長い時間を共にする「覚悟」が必要なわけです。
エクイティファイナンスを受けるメリット:長期計画の時間軸の短縮化
エクイティファイナンスには、事業の成長に向き合い続ける覚悟と出資者へのコミュニケーションコストが伴います。
それでもエクイティファイナンスを利用するスタートアップが多い理由は、多額の資金を”今”調達することで、長期的なゴールの達成を大幅に早めることができるからです。
仮に、事業計画のゴール達成までに10億の資金が必要だとしましょう。現在の利益が年間1億だとしたら、自己資本だとその資金を用意するためには単純計算で10年かかります。
では、融資を利用するとしたらどうでしょうか?融資の場合、通常、現在のキャッシュフローをベースに融資金額が検討されます。基本的に、自分たちが稼ぎ出しているキャッシュフローの前借りをするイメージで考えればよいでしょう。したがって、仮に1億のキャッシュフローを現状生み出してる会社であれば、融資可能額は数億円程度と推定されます。つまり、10億全ての調達を融資のみで実現することは非常に厳しいといわざるをえません。
それらと比べると、エクイティファイナンスは将来生み出す可能性があるキャッシュフローからの逆算で投資額が検討されます。VCや事業会社に成長可能性を確信させることができれば、10億円を一気に調達することもできるわけです。
要するに、エクイティファイナンスを使えば、10億円という金額を事業の成長に一気に注ぎ込み、年単位で事業計画を前倒しすることも十分可能です。
こうしたデメリットとメリットを天秤にかけた上で、目指すゴールを少しでも早く達成させたいと考えるスタートアップからすると、エクイティファイナンスは非常に有用な資金調達法といえるでしょう。
逆に言えば、自社の世界観やゴール設定を明確にしておらず、達成したい目標期限も定まっていない状態だと、エクイティファイナンスの有効活用は難しいでしょう。いつか実現できればいい程度の不確かな状態にも関わらず、エクイティファンナンスで資金調達をするのはおすすめできません。
先述した通り、状況が変われば企業の成長意欲も変わります。エクイティファイナンスはゴールではなく、むしろ未来を見据えたスタートなのです。
「何のために存在している企業なのか」
「実現したい世界観は何なのか」
私たちVCは、相談に来られたスタートアップの経営者の方々にこういった問いをよく投げかけます。
エクイティファイナンスはあくまでも、この問いの答えであるビジョンを実現するための手段であり、施策の一つである。その前提は、私たちVCにとってもスタートアップにとっても大切な認識だと考えます。
エクイティファイナンスを活用したメガベンチャー事例とその本質
「会社として、長期的に何を目指していきたいのか」
「そのためにはどういった資金が必要になるのか」
エクイティファイナンスの利用を視野に入れている場合、スタートアップの経営の中核を担うメンバー同士で将来に向けたビジョンを事前にきちんと話し合っておくべきでしょう。
たとえば、マネーフォワードやビズリーチ、メルカリなどのメガベンチャー企業は、エクイティファイナンスを利用して一気にシェアを拡大した事例として広く知られています。
彼らはエクイティ調達で得た資金を使い、テレビCMなどを使って一気にサービスの認知を広げました。しかし、どの会社にも共通しているのが、エクイティファイナンスを利用する前から明確なビジョンを掲げていたことです。
彼らにとってはテレビCMは、あくまでも一つの手段でした。エクイティ調達という手法を使い、彼らの目指す世界観をいち早く実現しただけなのです。
スタートアップの資金調達は非常に華々しいニュースとして取り上げられていますし、業界として盛り上がっている事自体はとてもうれしく思います。
しかし、エクイティファイナンスの本質を見誤ってしまうと、投資を受ける側もする側も不幸な結果になってしまうでしょう。
「言うは易し行うは難し」とは承知していますが、VCという第三者の目線から今後スタートアップの資金調達に関わる可能性のある皆さんに、少しでも実態をお伝えできたなら幸いです。
スタートアップの資金調達については、こちらの記事でも詳しく解説されています。あわせてご確認ください。
参考:スタートアップ起業家必見!おすすめの「資金調達方法」とは?|株式会社パラダイムシフト
▼VC視点から見た「スタートアップ」というキャリアパス:他記事一覧▼
(他記事も合わせて読んでいただくことで、より理解が深まります)
・ベンチャーキャピタル(VC)がスタートアップへの投資を決める基準とは
この記事を書いた人
新卒でJAFCOに入社。VC投資、ファンドレイズ、M&A、投資先支援といった幅広い業務を経験。
2014年より、シード・アーリステージを中心に30社以上の投資先支援担当として、事業開発、業務提携などに貢献。
2017年から、採用支援に携わり、これまでにエグゼクティブクラスを中心に面談を実施。投資先のコアメンバー採用において多数の採用支援実績あり。
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