公開日:2021/06/02
M&Aにおけるセルサイドとバイサイドの違い
大久保隆史さんの記事
イントロダクション
本記事では、株式譲渡案件を例に、セルサイド(売主側)・バイサイド(買主側)それぞれのM&Aアドバイザー(FA:財務アドバイザー)の仕事内容と役割について解説します。
いずれの立場でも、独立の立場から自らの顧客の利益を最大化することを目的として顧客へのアドバイスとを行うことに変わりありませんが、セルサイドにつく場合と、バイサイドにつく場合で何が違うのでしょうか?
なお、対象会社が上場企業の場合には、少数株主も存在し、売主と少数株主で利害が一致しないこととなりますので、売り手と対象会社でそれぞれ別のM&Aアドバイザーを起用することとなりますが、本記事では対象会社アドバイザーは割愛します。
全体像
M&Aアドバイザーの仕事は、①案件獲得(オリジネーション)と、②案件執行(エグゼキューション)の2段階に大きく分かれます。
オリジネーションは、M&Aアドバイザーとしての契約を顧客から受注するための営業活動です。売主が対象会社株式を譲渡するか明確に意思決定を行っていない状態から提案活動を行って案件を作りに行く場合もあれば、売主が明確に売却意思決定をしてM&Aアドバイザーを選定して雇用する場合もあります。
エグゼキューションでは、売主と買主との間でのM&A取引の成立に向けて、各種スケジュール調整や、DDを中心とした情報開示、契約条件交渉を行い、最終的に契約締結と取引実行までをサポートします。エグゼキューションでのM&Aアドバイザーは、各種専門家を含め関係者が多数となる中で、プロセス全体をサポートする運営委員会のような役割とも言えます。
セルサイド
M&Aアドバイザーをビジネスの観点から捉えると、誰しもがセルサイドのアドバイザーの契約を取りたいと考えます。なぜなら、セルサイドであれば、案件が成立すれば確実に報酬を受領できるからです。また、報酬の面でも、セルサイドであれば、自らのアドバイスにより顧客が高い価格で株式を譲渡できた際に、連動して高額になる成功報酬を受け取ることができます。
売主側のM&Aアドバイザー選定には通常、複数のアドバイザーに提案依頼を行い、ビューコン(ビューティーコンテスト=アドバイザー選定のコンペ)が開催されます。顧客への提案資料では、自社のアドバイザリー実績、担当メンバーのプロフィール、初期的な案件の分析や、想定スケジュール、想定バリュエーションを盛り込んだ提案(ピッチ)を行います。また、最も重要なのが報酬の提案になります。着手金、月次報酬、成功報酬等に分けて、各金額を提案しますが、顧客との利害を一致させるために、成功報酬の割合を最も高くするとともに、より高い金額で売却がなされた場合には成功報酬も連動して増額となる設計が一般的です。
無事に顧客とのアドバイザリー契約を締結すると、エグゼキューション段階に入り、全体スケジュール検討、案件の検討論点の整理を行うとともに、想定買い手候補リストを作成します。当該買い手候補リストに沿って、ティーザー(匿名での案件概要資料)を配布し、タッピング(初期的な意向確認)を行い、関心を示した買い手候補からのNDA差入対応を行います。
並行して、インフォメーション・パッケージとプロセス・レターを作成し、NDAを差し入れた買い手候補に配布して、限定的なQ&Aを実施し、意向表明書を提出させ、1次入札を行います。さらに、1次入札後に実施するデュー・ディリジェンス(DD)の準備を進めます。DDでは、法務・財務・税務・ビジネスといった各分野別の資料開示、マネジメント・インタビューや実務担当者インタビュー、詳細なQ&Aの実施、サイトビジット(対象会社の事業所・工場等への訪問)を行います。
DDプロセスが完了すると、弁護士と共に最終契約書交渉を行い、契約締結と譲渡実行に至るまでの各種ドキュメンテーション対応を行います。
バイサイド
買主側は複数の候補が存在しますので、買主「候補」のアドバイザーとなっても、最終的に自社顧客が入札を勝ち抜いて案件当事者となるかは、最後まで分かりません。また、案件途中で顧客が検討を中止する場合もあります。買主側のアドバイザーの場合は、顧客が高い価格で投資できたからといって、買主側のアドバイザーの報酬が高くなっては利益相反となります。このため、買い手側のアドバイザーの成功報酬は固定額となることが多いと言われます。
顧客が検討を中止するという選択肢もある中で、バイサイドのアドバイザーは、顧客にとって実行するべきM&Aなのかをアドバイスしなければいけません。その為に、前述のセルサイドから見たプロセスに沿って、最大限の調査・分析を行い、M&A取り組みの是非と望ましい条件を助言することとなります。
また、自らが関与するのはM&A取引実行までですが、顧客にとってのM&Aの成否は取引実行から数年たって明らかになるところ、失敗が明らかになった場合には自らの評判や信頼を損なうリスクもあります。一方で、バイサイドのアドバイザーは、顧客からの信頼を得られれば、リピート・オーダーを獲得しやすいという側面はあります。
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この記事を書いた人
アトム・アドバイザリー(株)代表取締役 大久保 隆史(公認会計士)
投資ファンド2社、投資銀行、監査法人での約20年の経験を基に、2020年10月独立。
投資ファンド2社での11年の経験は、ソーシングから投資実行、投資後の成長支援、新たな資本政策実行まで一連の投資プロセスに至る。また、複数の投資先で取締役としての経営参画実績・常駐経験を有する。
現在は投資ファンド、コンサルティング会社、事業会社を顧客として投資及びM&Aに関するアドバイザリー(デュー・ディリジェンス含む)と、企業価値向上支援を提供。複数の企業で顧問・アドバイザーに就任。愛知県名古屋市出身、東京大学経済学部卒業。
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