公開日:2021/05/24
M&Aにおける事業会社とPEの違い
大久保隆史さんの記事
イントロダクション
昨今では、事業会社が事業戦略の一環としてM&Aを検討・実行することが一般的になってきました。事業会社による買収ニーズも強くあり、M&AアドバイザーやM&A仲介事業者は積極的に案件を発掘しています。
一方で、M&A実行後に巨額ののれんの減損処理が発生したり、投資額を大幅に下回る金額で売却されたりすることもニュースで見聞きされます。投資ファンドも投資に失敗することはありますが、投資ファンドと事業会社のM&Aへの取り組みの違いについて比較します。
なお、事業会社でも事業の実態がM&Aを繰り返す投資会社の場合は、本記事でいう「事業会社」にあてはまりません。
投資ファンドの事業会社の違い
1点目の違いは、「投資する目的と期間」です。
投資ファンドはその投資家との契約から、有期の投資となります。投資後、一定期間で投資先の価値を高めて売却し、投資利益を得るという目的も明確です。当該目的が達成できるのであれば、投資先の業種や制約はありません。但し、投資ファンドは、組成したファンドごとに投資可能期間が定められていますので、一定期間内でファンドの大部分を投資に回さないといけないという制約があります。
事業会社の場合は、一般的には投資後、長期的に株式を保有し、事業の一体化を進め既存事業とのシナジーを追及するということが目的となります。新規事業への参入ということもM&Aの目的として多く挙げられますが、新規事業への参入であっても、長期保有が前提となります。また、事業会社自身は永続的に事業を行う存在ですので、M&A検討期間も長期的な視点となりますが、自社のM&A戦略上、投資候補の業種・地域・業績水準・買収予算等の基準を明確にする必要があります。
この違いが、後述する「投資条件」や「投資後の取り組み」についても大きく影響してきます。
なお、投資ファンドでも事業会社でも自社の規模により、投資先の業績サイズの制約はあります。
2点目の違いは、「検討頻度」です。
投資ファンドは投資利益を得るという目的のために設立されていますので、投資が本業です。年間数件の投資実行を継続できれば、投資活動としては成功していると言えます。これを実現するには年間数百件の投資検討機会を得るとともに、その中から具体的な投資提案を何件も行う必要があります。投資検討の入口は、ソーシング(案件発掘)ですので、多くの金融機関やM&Aアドバイザリーファーム、M&A仲介企業と関係を構築し、自らのターゲットに合致する案件が持ち込まれるように活動しています。また、投資先候補に直接アプローチして投資提案することも行います。
事業会社の場合、M&A専任チームを設置する会社はまだまだ少なく、経営企画担当者が既存の職務と並行して、M&A検討に取り組むという状況が多いのではないでしょうか。また、M&Aターゲットへのアプローチについても基本的には外部のM&Aアドバイザーに委託している状況と思いますが、本格的に委託するにも報酬が発生します(完全成功報酬で委託する場合もあります)。
日本のM&A市場規模は拡大を続けていますが、M&Aを成功させるにはより多くの案件数を検討し、自社の目的に合致した案件の検討に取り組む必要があります。
3点目の違いは、「投資条件」です。
投資ファンドは、投資利益を得るために何をすればよいかということを逆算で考えます。一定期間で投資先の潜在的な事業成長を達成し、想定事業計画が達成された場合に、どれくらいの株式価値が見込まれるかを計算し、そこから逆算して妥当な投資条件を決定することとなります。そして当該投資条件を基に、シビアに交渉し、当該条件で投資できないのであれば、検討中止となります。特に価格面での規律は強いと言えます。
事業会社の場合は、売却を前提としていないため、投資先単体での業績成長に加えて、長期的なシナジー実現可能性を基に投資条件を検討します。しかし、「長期投資」と「シナジー実現可否」は、変動要素の多い非常に検討の難しい項目といえます。シナジーを考慮するあまり、投資金額が市場価格に比して高額になってしまっては、事業キャッシュフローから投資回収することは難しいでしょう。想定シナジーに依存して、高値掴みしてしまうことが失敗の大きな原因の一つといえるのではないでしょうか。
4点目の違いは、「投資後の取り組み」です。
投資ファンドの場合は、投資検討段階で対象企業のポテンシャルを見極め、投資後に一定期間で当該ポテンシャルを実現するためのプランを策定します。そして投資後は、外部経営者の招聘や人材補強、新事業戦略実行、追加のM&A等、株主としての強力なガバナンス・リーダーシップの下で、短期集中で多くの施策を実行します。投資ファンドのメンバーはそれら業務の経験者が集まっていますし、外部のコンサルタントを活用するにしても誰に何を頼めばいいか目途がついています。また、トラブルが発生したとしても、その対処にも慣れています。
事業会社の場合は、投資後に自社の担当者を投資先役員として派遣するものの、投資先管理の経験がある人材は少ないのではないでしょうか。M&Aをしたとはいえ、シナジー実現に向けては、新子会社の役職員の意向も尊重しながら、各種の利害調整も必要となりますので、非常に難易度が高い業務となります。当該業務を任せられる自社人材がいるか、あるいは信頼できる外部コンサルタントがいるかは、M&A検討段階から考慮しておくべきです。また、上場企業であれば、子会社として適切なガバナンス体制も構築しなくてはなりませんので、各種規則改訂等、直接的には利益を生まない統合業務にも一定のリソースを割くことになるため、当該対応も想定しておく必要があります。
おわりに
事業会社といっても、M&A経験に長けた日本電産や花王のような企業もありますし、M&Aアドバイザリー業務経験者がM&A担当役員として在籍する企業もあります。
投資ファンドと事業会社で各種の違いはありますが、本質的にはM&Aによって投資先企業の価値向上を実現するのが目的です。公認会計士としての経験・知見は、M&Aの各プロセスで価値向上に貢献するための基礎となるのではないでしょうか。
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この記事を書いた人
アトム・アドバイザリー(株)代表取締役 大久保 隆史(公認会計士)
投資ファンド2社、投資銀行、監査法人での約20年の経験を基に、2020年10月独立。
投資ファンド2社での11年の経験は、ソーシングから投資実行、投資後の成長支援、新たな資本政策実行まで一連の投資プロセスに至る。また、複数の投資先で取締役としての経営参画実績・常駐経験を有する。
現在は投資ファンド、コンサルティング会社、事業会社を顧客として投資及びM&Aに関するアドバイザリー(デュー・ディリジェンス含む)と、企業価値向上支援を提供。複数の企業で顧問・アドバイザーに就任。愛知県名古屋市出身、東京大学経済学部卒業。
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