公開日:2021/05/14
M&AアドバイザリーとPE
大久保隆史さんの記事
イントロダクション
若手公認会計士の転職先人気職種上位には、M&AアドバイザリーとPEファンドが挙げられます。プロフェッショナルとしてのキャリアを積めて、ハードワークながら高い報酬も得られるイメージが一般的であり、当然ながら公認会計士以外の方からも人気の職種です。
なお、本記事での“M&Aアドバイザー”とは、「日系証券会社(銀行グループ含む)のM&Aアドバイザリー部門」「外資系投資銀行の投資銀行部門」「監査法人グループFAS企業のM&Aアドバイザリー部門」「独立系ブティックファーム(日系・外資)」等での大手企業を対象にしたM&Aアドバイザリーを前提とします。監査法人グループFAS企業のトランザクションサービス(バリュエーションやデュー・ディリジェンス専門のサービス)や、中小企業の事業承継を主に取り扱うM&A仲介事業は含みません。
業務内容
M&Aアドバイザリーの対象案件は、企業(事業会社・金融法人)による外部企業の買収、他社との経営統合、上場子会社の完全子会社化、上場企業オーナーによる非公開化、外国企業の買収と多岐にわたります。これら案件の提案から取引実行完了まで、顧客希望の一番近くでプロセスとスケジュールをコントロールし、弁護士等の専門家とも連携し、相手方との交渉を担い、あらゆる側面でサポートするのが、M&Aアドバイザリーの業務です。
組織
主に大手上場企業を対象としたM&Aアドバイザリーサービスを提供するのは、外資系投資銀行や日系証券会社、独立系のM&Aブティックファームとなります。また昨今は、監査法人FAS企業も、証券会社や投資銀行出身者が多く在籍しています。
M&Aアドバイザリーのビジネスは、一般に案件の規模に応じて報酬が大きくなります。これらの企業は個々のM&A案件で顧客からアドバイザリー業務を受注するために提案を競い、また年間のリーグテーブルで上位を目指して、ディール金額及びディール件数をライバル企業と争っています。
求められる能力
業務の幅は広いため、ディールオリジネーション、コーポレートファイナンス全般の知識(バリュエーション含む)、M&Aに関連する業法、会社法、金融商品取引法、証券取引所の開示規則等の広い分野の知識が求められます。
一方で、全てを事前に勉強できるわけではありませんので、案件の進行に応じて適宜新たな知識をインプットし、速やかにソリューションを提供する、スマートさも必要です。
業務は一人ではできませんので、チームワークを前提としたコミュニケーション能力、期限通りにタスクを遂行する能力やハードワークへのストレス耐性が必要です(近年は特に若手社員に対する残業時間の管理は厳しいようです)。
社外に対しては顧客とのコミュニケーション・説明能力、交渉相手となるM&Aアドバイザーと渡り合う強さの他、日々の世の中の動きに対する感度の維持も求められます。
M&Aアドバイザリーは顧客とのビジネスですので、受注した案件を成功させ、同じ顧客からリピートオーダーを獲得できるかも重要となりますが、このためには実務能力だけでなく、幅の広い人間力が必要でしょう。
規制
顧客企業のM&A案件は最重要の機密情報ですので、その情報を取り扱う以上、コンプライアンスには大変厳しい業界です。証券会社の場合、入社後速やかに証券外務員資格を取得することになります。また、プライベートでも証券口座の保有や上場金融商品の取引も厳しく制限されます。
公認会計士として必要な知識・経験
監査業務を通じて、財務諸表の構造を理解していること、会社法に関する理解を得ていることは大きな強みです。特に組織再編関連については、会計基準と共に税務の論点を理解しておくと良いでしょう。
自らが担当する監査クライアントの属する業界について、これまでの業界内でのM&A、現在の企業間の競争環境の把握、将来的な潜在的M&Aの可能性について自分なりに整理しておくことも、面接時には必要です。
既存チームメンバーとのバランスや、仕事の吸収スピード・体力も考慮されますので、監査業務から転職するのでしたら、年齢面では30代前半くらいまでが望ましいでしょう。
PEファンドとの違い
① 収益構造
M&Aアドバイザリービジネスは、アドバイザリーサービス提供先のお客様からの手数料が売上となります。継続して売上を獲得するには、常に案件発掘とお客様への提案を行い続け、並行して受注した案件の執行を行う必要があります。月額のリテイナー報酬もありますが、案件を成功に導かなければ大きな成功報酬は発生しません。
一方で、PEファンドは投資家から資金を一定期間受託し、管理報酬と成功報酬を得るため、M&Aアドバイザリーよりは収益が安定しているといえます。
② ワークスタイル
M&Aアドバイザリーは、前述の収益構造上、常に営業と案件執行を行う必要があるため、特に若手は長時間労働になりがちです。また、顧客からの急な依頼に対しては週末を使ってでも応える必要があるでしょう。
PEファンドも、ファンドレイズした後、一定期間の収益が安定しているといえども、継続的にファンドレイズするためには一定の投資成果を出さなくてはいけませんので、M&Aアドバイザリーに劣らず、プロフェッショナルとしてのワークスタイルが求められます。
一方で、M&Aアドバイザリーとの違いとして、日々接する投資先企業は顧客ではないという点が挙げられます。この点、顧客対応とは違った難しさもありますが、PEファンドで投資先から突然の要求が飛んでくるということはないでしょう(投資先での突然のトラブルは起こりますので、その場合は緊急対応が必要です)。
③ 組織
一般的には、M&AアドバイザリーはPEファンドに比べれば大組織で行うビジネスと言えます。PEファンドはファンド運用額で管理報酬が決まりますので、日本では組織規模が大きくとも数十人といった規模です。PEファンドは少人数組織であるために、トップの影響力も大きく、PEファンド各社でのカルチャーの違いは、M&Aアドバイザリーよりも大きいと思われます。このため、PEファンド側からしても、採用活動には慎重な姿勢がとられます。
M&AアドバイザリーとPEファンドのいずれにせよ、同業他社との競争が激しい事業環境であるため、ファームとして一定の案件獲得ができなければ、提案活動ばかりで業務経験が積めないという結果も起こりえます。
おわりに
いずれの職種も人によって合う合わないがハッキリ分かれる職種です。また、転職後に仕事の醍醐味を味わうには、ハードワークを経て相応の期間も必要ですので、自らのキャリア観に合致しているか、よく検討することが望ましいでしょう。
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この記事を書いた人
アトム・アドバイザリー(株)代表取締役 大久保 隆史(公認会計士)
投資ファンド2社、投資銀行、監査法人での約20年の経験を基に、2020年10月独立。
投資ファンド2社での11年の経験は、ソーシングから投資実行、投資後の成長支援、新たな資本政策実行まで一連の投資プロセスに至る。また、複数の投資先で取締役としての経営参画実績・常駐経験を有する。
現在は投資ファンド、コンサルティング会社、事業会社を顧客として投資及びM&Aに関するアドバイザリー(デュー・ディリジェンス含む)と、企業価値向上支援を提供。複数の企業で顧問・アドバイザーに就任。愛知県名古屋市出身、東京大学経済学部卒業。
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