公開日:2022/02/04
No.9 2021年新規上場市場を振り返って(パート2)
中村和郎さんの記事
2022年1月28日に公正取引委員会から「新規株式公開(IPO)における公開価格設定プロセス等に関する実態把握について」が公表されました。翌日1月29日の日経新聞にも「新規上場、過小な公開価格「優越地位乱用も」」と見出しで掲載され、独占禁止法のおそれがあり、証券会社の自主的な改革を促す内容となっておりました。この報告書によると主幹事証券から新規上場会社に対して、十分な説明対応がなされていない可能性が高く、今後は書面による根拠資料をもって公開価格設定プロセスについて見える化していく必要があるでしょう。
以前「No.3 日本の新規上場時の公開価格は安すぎるのか?」で公開価格の決定プロセスについて記載しておりますので是非参考にしてください。私見としては、「IPOディスカウント」は大幅な株式市況の悪化となった場合を除いて上場会社並みのディスカウント率で十分と思われます。今回、根拠のない「IPOディスカウント」について公正取引委員会は独占禁止法上のおそれがあると指摘しております。仮条件(価格帯)については「硬直的で狭い幅の基準を設けず、ロードショーの結果を踏まえ、より需要に見合った仮条件価格帯の幅を設定することが競争政策上望ましい」としております。昨年の新規上場企業の仮条件の価格帯が上限~下限が30円の意味のない幅で決定されているものも存在し、機関投資家ヒアリングを50社前後実施し、その幅で収まるとは考え難い企業も存在しているのは事実です。
一方で、引受比率について、「新規上場会社に対して、高い引受割合を新規上場会社の意に反して要請しないことが競争政策上望ましい」としていますが、引受割合が下がると大手証券は平均的な規模の新規上場会社のIPOを引き受けなくなるでしょう。なぜなら、3年以上かけて上場準備する期間の長さとコストを考慮すると引受比率80%でも採算がとれるかわからない新規上場市場においてコスト割れリスクが発生するためです。その結果、時価総額及び調達額(ファイナンス規模)の大きな案件しかやらなくなることが想像されます。
さて、年明け以降株式市場は波乱の幕開けの様相が続いております。特に、マザーズ指数は下げが続いております。このような公正取引委員会の指摘も踏まえて、2021年の新規上場市場の実態はどうであったかについて再度ではありますが、前回に続き、2021年新規上場市場を分析しておきます。
まず第1に「表1 2021年 新規上場会社 初値UP率ランキング」をご覧ください。
「No.3 日本の新規上場時の公開価格は安すぎるのか?」でも記載しておりますが、今回は2021年新規上場を果たした全125銘柄でのランキングとなっております。上位10位までは調達額が10億円未満で、時価総額も100億円未満の小規模IPO銘柄です。オファリング・レシオ(公開株式数(公募+売出)/発行済株式数)が20%未満の企業が7社あり、流動性が低い銘柄が多く、新規上場日初日には数十億円以上の売買がなされることから受給バランスだけで株価は上昇し、初値UPしたものと推測されます。
一方で、初値のパフォーマンス下位の銘柄は、公募比率が極端に少ない銘柄が散見されます。裏を返せば、売出し主体のIPOであることが投資家に対しては明らかなものです。投資家から調達した資金が成長資金に活用され、さらなる成長へのエクイティストーリーの説明が不足し、投資家に理解が得られず、公開価格割れになった可能性が考えられます。オファリング・レシオも30%以上の銘柄が散見され、やや多めに株式を放出していることから、やや過剰流動性であった可能性が考えられます。
初値が公開価格割れになっている企業20社で、YCPホールディングス(グローバル)リミテッド(上場時売出しを実施していないが大株主ファンド案件)、㈱サインド、㈱長栄、ジェイフロンティア㈱、㈱クルーバーの5社以外の15社はファンドの売出し中心のファイナンス銘柄であることから、ファンドの売出し中心の案件=公開価格割れの構図となっております。
このランキングから言えることですが、
1. 資金調達額が10億円未満の場合は初値UP率が100%を超える可能性が高い
2. 上場時ファイナンスがファンドによる売出し中心の場合は初値が公開価格割れするリスクがある
ということです。
但し、全てのファンド案件がそうではありません。「表3 2021年 新規上場会社 時価総額UP率ランキング」をご覧ください。上場後も株価を維持し投資家の評価を得ながら時価総額を上げてきている上位20社のうち、公募より売出しが多く、売出しの大半がファンドの会社は日本電解㈱、HYUGA PRIMARY CARE㈱、ビジョナル㈱の3社となります。時価総額の規模が1,000億円超と最も大きいビジョナル㈱は「図1 調達額-初値UP率 観測値グラフ」の通り、資金調達額からも株価下落リスクが高かったと考えられます。しかし、同社は、上場時に資金調達額668億円で売出比率84.1%のファイナンスを実施したものの、初値が43%アップしています。背景には、優れたビジネス・モデルから同業他社との差別化された強みを活かし、会社業績も着実に実績を積み重ねている点を、投資家が正当に評価していることにあると考えられます。
下記「図1 調達額-初値UP率 観測値グラフ」は調達額と初値アップ率を回帰分析したものですが、2021年の実績データから予測すると調達額が少なければ、初値アップ率は高くなり、調達額が大きすぎれば、初値アップ率はマイナスになることが図1からわかります。
「表2 2021年 新規公開会社 初値UP率の分布状況」ですが、結果的には初値UP率のaverageは56.6%、medianは37.9%となっております。その要因は、調達額が10億円未満の上位銘柄のUP率に起因するものであり、averageとmedianを押し上げているものと思われます。
次に、「表3 2021年 新規上場会社 時価総額UP率ランキング」をご覧ください。
昨年2021年12月30日時点において、公開価格時の時価総額から12月30日時点の時価総額でどれだけ時価総額を上昇させたかをランキングしたものです。
「表4 2021年 新規上場会社 時価総額UP率の分布状況」の通り、2021年大納会12/30終値の時価総額の公開時時価総額に対するパフォーマンスはaverage29.9%、median▲2.2%です。IPO時に知名度のない新規上場企業の株式を投資家が購入しやすくするためにIPO DiscountとしてFair Valueから20%~30%をDiscountしていることを考慮するとaverage29.9%は妥当なUP率と言えるでしょうが、中央値▲2.2%からすると決してパフォーマンスはよくないことになります。
2021年は11月中旬まで日経平均は2万9千円後半で推移していましたが、下旬から12月初旬に2万7千円後半まで下げ、その後12月年末には28,791.71まで戻し、3%程しか下げませんでした。一方、2021年125社中93社上場したマザーズ市場のマザーズ指数は11月下旬まで1,100ポイント台でしたが、12月から下落し、年末には987.94 ポイントとなり、15%程下落しました。
このことは考慮しなければなりませんが、大きなパフォーマンスを上げている一部の企業を除くと公開価格が安すぎるとは言えない結果になっております。12/30終値の時価総額は、上場時時価総額に対して51%の企業のパフォーマンスは当該時価総額を下回っており、初値時価総額に対しては72%の企業のパフォーマンスが当該時価総額を下回る結果となっております。
現在、日本証券業協会主体で「公開価格の設定プロセスの在り方等に関するワーキング・グループ」で公開価格の決定プロセスの見直し議論がなされておりますが、現状プロセスによる価格が安すぎるとは言いきれないのが現状です。
一方で、どのような企業の時価総額が増加しているのでしょうか?時価総額UP率ランキング上位の企業で検証してみましょう。
まず、時価総額UP率ランキング1位の㈱シキノハイテックですが、同社の事業は①半導体検査・装置関連②LSI設計、IP開発と③画像関連機器開発の3事業からなり、アナログ・デジタル半導体設計受託を行っておりスマートフォン向けセンサー関連、カメラ向け画像処理関連LSI設計などを手掛けている企業です。将来的には車載関連、5G、ロボット、AI等の需要が見込まれる事業領域に対応しております。半導体不足の業界において、魅力ある事業領域にも関わらず、公開価格の評価は予想PER 8.8倍と低い設定であったこともあり、大幅に時価総額が上がったものです。コロナの影響か直前期より申請期の方が業績を落としていたことから、公開価格が低かったものと推測しております。
2位の㈱アールプランナーは、高いデザイン性、安全性(耐震性・耐風性)及び快適性(断熱性)を兼ね備えた価格競争力のある注文住宅が特徴の不動産事業会社で、2021年度グッドデザイン賞を受賞するなど他不動産事業会社と差別化を図ってきましたが、公開価格は他の不動産事業と同様な予想PER 8倍程度の低い公開価格のままであったことから、株式市場では高く評価され時価総額を上げていきました。
3位の㈱エフ・コードは、CX領域のデータ基盤を軸に企業のDX推進の支援サービスを提供していますが、事業領域の割には公開価格が予想PER 26.3倍と高くなく、上場後マーケットで評価されたものと推察できます。
上位3社だけの考察ですが、公開価格の決定とは異なるマーケットの高評価となっていることがわかります。公開価格決定の過程で、機関投資家にヒアリングし、マーケティングを実施しているはずですが、それが上手く機能していないのか、売買の主体となる個人投資家とマーケティング時の機関投資家では考え方に大きな差異が生じているのか、検証の余地はありそうです。
昨年のマザーズ指数は軟調で、11月下旬から大きく下げ局面に入りましたが、そんな中でも年間を通して投資家の評価を得られている企業も存在しているのです。
「No.4 グロース市場 高成長企業として評価されるには?」にも記載させていただきました通り、繰り返し申し上げますが、ビジネス・モデルに他社と差別化できる強みを持っていることが大事です。時価総額上位にランキングされている銘柄は少なくとも、その説明が可能な企業であることでしょう。
皆さんも、昨年の結果を踏まえて、ご担当の企業にどのようなアドバイスをしたら、将来の時価総額アップに繋がるか考えてみてはいかがでしょうか?
この記事を書いた人
有限責任パートナーズ綜合監査法人は、2013年に設立された法人です。私達はこれまで会社法監査などの法定監査を中心に行って参りました。今後は、昨今の株式上場(IPO)のニーズを踏まえ、経済社会を支える一員として、上場企業監査及び上場準備監査(IPO監査)を行って参ります。
以下、執筆者略歴
1988年に日興證券株式会社(現SMBC日興証券株式会社)入社
1999年2月より公開引受部にて、IPO予定会社の上場までのコンサルティング、主に内部管理体制整備、取引所審査対応、資本政策策定等に関するIPO全般のアドバイス業務を提供
2007年9月 第四公開引受課長
2009年3月 副部長、同年9月、副部長兼大阪公開業務課長(現 大阪公開引受課長)東海・北陸・近畿地区の公開引受業務を担当
2015年9月より企業公開・投資銀行本部 担当部長として、本部内のIPO業務に関する戦略立案及び支援業務を担当
2017年4月 三井住友銀行 成長事業開発部 上席推進役 ベンチャー企業及びIPO予定企業の支援業務
2021年1月 SMBC日興証券株式会社を退社
2021年2月 パートナーズSG監査法人(現有限責任パートナーズ綜合監査法人) IPO戦略室長に就任
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