公開日:2024/11/06
オープンイノベーション推進におけるスタートアップ情報の「加工」と「説明責任」の重要性:CVC運営やLP出資を検討中の新規事業担当者に向けて
最近、「CVCを設立したいと考えている」「スタートアップと接点を構築・連携するにはどうしたらよいか」といったご相談をいただく機会が増えました。また、VCファンドへのLP出資を検討されている方から「どういった観点でファンドを選ぶべきか」と相談されることもよくあります。
このようなご相談は、以下のような考えや課題感をお持ちの企業から寄せられます。
- 本業の事業で収益をしっかり出しているものの、右肩上がりの成長をこのまま維持することは難しい
- 財務的に安定している間に新しい事業の柱が必要である
その中で、いわゆるアンゾフの成長マトリクスの「新市場」・「新製品」に分類される「飛び地」の領域で将来的な事業の柱を構築していきたいという展望があり、それを実現するための手法として、スタートアップとの連携に期待しているわけです。
これらの背景から、相談される方の多くは「どうすればスタートアップと接点を多く持てるか」、つまりスタートアップに関する情報の「量」を強く意識する傾向があります。
当然、これまでスタートアップとの接点が乏しい場合には、いかに接点を作るかということは大事な観点でしょう。ただし、そのようなご質問を頂いた場合、私は一貫して、以下の考えをお伝えしています。
「情報の収集は確かに大切だが、それ以上に最も重要なのは、スタートアップの情報を『加工』するプロセスではないか」
今回の記事では、オープンイノベーションの創出に向けて、スタートアップとの連携を検討している大手企業の方向けに、このオープンイノベーションを推進するにあたって、いかに情報を得るかではなく、「情報の加工プロセス」の重要さに対して私なりの見解をお伝えできればと思います。
スタートアップの情報を活用できる状態にするための「加工」
オープンイノベーションを成功させるためには「投資先候補となるスタートアップ情報をいかに集め、接触を増やすか」が鍵だと考える方は非常に多くいらっしゃいます。そのため、情報収集のチャネルとして、様々なファンドのLP出資や自社によるCVC運営といった手法を比較しながら、どの選択肢が適切かを悩むケースが多々見受けられます
しかし、私自身が2008年からVCの視点から大手企業とスタートアップの橋渡しをしてきた経験から思うに、どれだけスタートアップと接点をもち、その情報を社内に還元したとしても、それだけではオープンイノベーションを通じた事業創造に繋がらないことがほとんどです。
大切なのは、その情報を最終的な情報受領者にとって活用できる状態に変換することです。そして、情報を「活用できる状態にする」ためには、受け取り手に合わせた「加工」が欠かせません。
オープンイノベーションを成功させる秘訣として、大企業側にスタートアップの理解がある人、スタートアップ側に大企業の文脈を理解できる人、というように双方の文脈を理解し、調整できる人材を配置すべきとよく言われているかと思います。
当然、そのような人材がいるにこしたことはないのですが、なかなかそのような人材を採用することも、育成することも現実的には難しいのではないでしょうか。
では、少し違う観点から、この仲介者が果たす役割について考えてみたいと思います。彼らは、情報の受け手である大企業、さらにいえば、大企業の事業サイドの人が理解・共感、もしくは自分ごと化しやすい状態にスタートアップの情報(事業・特徴・サービス等)を変換する役割を担っているといえるでしょう。
逆を言うと、この情報の変換プロセスを経ることなく、「AIスタートアップです。すごい精度が高いAIエンジンをもっています」といった情報だけを伝えても、本業でしっかりと収益を稼ぎ出している事業部側からすると、それだけで連携を決めるだけの理由になりえません。
- 本業のどんな課題を解決しうるのか
- 本業と組み合わせたら、どんな未来図が描けるのか
- 新たに挑戦しようとしている新領域のどの部分を補完してくれるものなのか
こういった観点をもとに受け取り手、つまり、実際に事業を推進する人やチームのミッションや課題感に合わせて情報を加工しなければ、「なぜそのスタートアップと組むべきなのか」という根拠が伝わらないのです。
加工された情報をもとに説明責任を果たし、合意形成を図る
相手が求めているものを知り、それに合わせた伝え方をする。商売では当たり前のことですが、スタートアップとの連携という文脈においては、その当たり前が適切になされていないように感じます。
スタートアップとの連携における文脈では、関わるステークホルダーも多く、変数も多岐にわたることから、この相手に合わせて伝えるといった「情報の加工」プロセスが通常の商売よりも難易度が高いのは事実です。ただ、それは情報の加工プロセスをおざなりにしていいという理由にはなりません。
前提として、企業にとって、投資効率を考えるのであれば、既にビジネスモデル・オペレーションが確立された本業に投資する方が遥かに効率的です。しかし、長期で考えると、一見非効率であったとしても、新たな事業を生み出していくことが求められます。
ロジカルに考えれば、本業への投資のほうが良いという図式が成り立つ中で、収益化が見えづらいオープンイノベーションの取組みを推進するには、社内の様々なステークホルダーに対して、「なぜこのスタートアップと組むべきか」をきちんと説明する責任が生じます。
その説明がない中で、「技術力あるAIベンチャーです」といった情報だけをもとに、これまで本業で構築してきた大事なアセットを活用することは到底許されません。つまり、事業サイドが受け取れる状態にまで「情報を加工」しなければ、社内のアセットもしくは会社を動かす決定には至らないのです。
先を見据えてオープンイノベーションに取り組み、新事業を起こそうとするのであれば、「そのスタートアップと組むことによって、今抱えている当社の課題の解決に繋がる」という点を社内のステークホルダーにしっかりと説明し、理解が得られるようにしていくことが最重要項目の1つといえるでしょう。
情報の加工を誰が担うのか?LP出資とCVC運営の場合
ここまで述べたことが、オープンイノベーションを推進するまでの過程における重要ポイントになります。次に論点として上がってくるのは、この集めた情報を加工する役割を誰が担うのかという点です。個人的には、役割を担うのは誰であってもよいと思っています。
ただし、集めた情報を適切に加工するためには、以下の3つの要素が求められます。
- スタートアップの理解
- 本業の理解
- 本業が目指そうとしているビジョンの理解
この3要素を踏まえた上で、情報受領者に合わせて情報を加工できる「誰か」がいれば、最終的には問題ありません。
たとえば、生成AIの技術をヘルスケア領域で活用したいと考えていて、生成AIやヘルスケア関連のスタートアップの情報を探している事業会社がいたとします。この場合でいえば「なぜ生成AIの技術を必要としているのか」「なぜヘルスケア領域なのか」「本業とどのようなシナジーを生み出したいのか」といったことを解像度高く理解した上で、スタートアップの情報を加工し、事業サイドに伝えられる「誰か」がいれば、連携が進みやすくなるでしょう。
大手企業の担当者が自ら加工役を担えば、話が早いのではないか?と思われるかもしれませんが、本業と事業、そしてスタートアップのことを横断的に理解しようと思うと、現実的には1人では中々手が回りきらず、構造的にも再現性をもたせられないのが実情です。
スタートアップとコミュニケーションを密に取りながら、相手が主観として求めていることや課題感を理解していないと、思うようなシナジー効果は期待できません。できれば役割分担をした上で、スタートアップと直接もしくは間接的に接しながら理解を深めている人とコミュニケーションを取りながら、情報の受け渡しをしていく方がよいでしょう。
これらの観点を踏まえた上で、スタートアップとの連携に向けた「情報の加工」をどのようにしていくべきか。CVC運営とLP出資という2つの手法をもとに、考えてみたいと思います。
まず、CVC運営は、スタートアップにも直接投資しますし、本業への理解度も高く、この情報を加工する役割を担いやすいとは思います。反面、そもそもスタートアップ投資をしていくにあたって、ソーシングやDD、投資後のモニタリングといった投資業務へのリソース配分や、そもそものスタートアップ投資のノウハウの有無など、理想的な体制を作るには相応の投資が必要な点が課題として挙げられるでしょう。
CVC設立は一見、事業シナジーを生み出しやすい手法に見えますが、この情報加工をする役割がしっかりと認識されていない中で、投資だけ進行してしまうケースもあるように思います。そうなると、事業シナジーの創出という本来の目的が薄れてしまい、投資の割に思うような成果に繋がらないといったことも生じかねません。
一方で、LP出資はどうでしょうか。LP出資は、スタートアップ企業の情報を効率よく蓄積していくという観点においては、とても便利です。また、投資の専任者を置かずに、オープンイノベーションを推進できるため、社内連携に専念しやすい点もあります。一方で、VCから提供されたスタートアップ情報をそのまま事業部サイドに情報をシェアしているだけでは、結局穴の空いたザル状態になってしまい、情報は得ていても一向に連携まで至らないというケースも多々見受けられます。
この場合、事業部との連携役という役割をしっかり確立する必要があります。事業部の困りごと、もしくは興味、関心領域を把握した上で、入手したスタートアップの情報を精査し、「自社の課題や関心に合った投資先である」という形で伝えていく必要があるからです。
またLP出資を検討する際に、VC側が単に投資先情報を提供するのではなく、自社の課題感等を理解した上で、それに沿った形で投資先ポートフォリオを紹介してくれるかどうか。VC側の機能や役割を見極めることも重要でしょう。
まとめ
いずれにしても、スタートアップとの連携によって、本業とのシナジー創出を図りたい場合は、LP出資やCVC運営といった情報収集の手段にだけフォーカスするのではなく、双方の文脈を理解した上で適切な加工が行える体制づくりについても検討いただく方が、よりよい成果につながりやすいというのが私の見解です。
※当記事は、掲載時点における個人の見解を示すものであり、著者が現在所属する組織の立場、戦略、意見を代表するものではありません。また取引の勧誘や、投資家に対する情報提供を目的としたものではありません。掲載された内容によって生じた直接的、間接的な損害に対しては、責任を負いかねますので、ご了承ください。
この記事を書いた人
新卒でJAFCOに入社。VC投資、ファンドレイズ、M&A、投資先支援といった幅広い業務を経験。
2014年より、シード・アーリステージを中心に30社以上の投資先支援担当として、事業開発、業務提携などに貢献。
2017年から、採用支援に携わり、これまでにエグゼクティブクラスを中心に面談を実施。投資先のコアメンバー採用において多数の採用支援実績あり。
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