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公開日:2024/01/05

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【世界一周会計士】会計士の海外でのキャリアパスを考えるVol.3 後編

前編はこちら:https://cpass-net.jp/posts/Y4M8zEST

(山田)さて次は、メキシコの比留川さんです。

比留川さんは、グラントソントングループに所属し税理士資格を保有されている方です。

現在は税理士としてではなく、メキシコジャパンデスク(日本代表)として活躍されています。

比留川さんの経歴がとても面白かったので、紹介させてください。

比留川さんの就職活動の時期がまさしく、氷河期とバッティングしてしまったことから、手に職をつけるため税理士資格を目指します。その後無事合格され、税理士法人の就活に入るわけですが、もし、就職氷河期でなかったら、元々は好きな英語を使った仕事をしたいと考えていたそうなんです。

そんな中、就活中に国際税務の事業部があると話を聞き、「私の行きたかった場所だ!」と直感的に何かを感じ取り、国際税務ができる部署に行きたいという軸で就活をしていった結果、グラントソントン太陽ASG税理士法人への入社を決めました。

比留川さんは現在メキシコで働いていますが、何となく昔から海外に興味があったことが分かりますね。比留川さんの興味深い点は、行動力も凄い点です。

税理士試験終了後にまとまった休みの時間を取れた際に、元々興味があったメキシコ-グアテマラに約4か月間の旅行をしています。そしてなんと、最初の1ヶ月間はメキシコで語学学校に通って、スペイン語を少し話せるようにしてから、周遊したそうです。

そこで、メキシコ人の陽気な人柄や雰囲気が好きになり、その後も年に1回メキシコ旅行をしていたのがこれまたすごいところです(笑)。

そんな比留川さんは、税理士法人入所後、希望だった国際税務に従事し、シンガポールのジャパンデスク開設を担当、その後メキシコジャパンデスク開設も担当し、現在は、メキシコ現地法人に契約を切り替えて、メキシコジャパンデスクを務められています。

シンガポールジャパンデスク異動のきっかけ(メキシコー比留川さん)

(山田)今の経歴を聞いた中で、まず、シンガポールのジャパンデスクのチャンスをどの様に掴んだか気になった方もいますよね。

これ、グラントソントンの風通しの良さのおかげだと仰っていました。

グラントソントン内では、基本的に手を挙げたら何でもやらせてくれる組織風土で、例えば、税務関連の記事を書いたり、セミナー講師をやらせてもらったり、色々な挑戦をさせてもらったそうです。

シンガポールのジャパンデスク開設の際にも、手を挙げたら担当させて貰えたそうで、完全に駐在というわけではないものの、月の半分は日本、月の半分はシンガポール、という生活を1年間送っていました。

しかしながら、この時は本当に辛かったそうです。シンガポールに行っても、現地の税制を教えてもらえず、結果的に自分で勉強する毎日になり、日本に戻ったら日本の仕事もあるし、ということでかなり苦労したことが伝わってきました。

シンガポールでの勤務については、ジャパンデスクが無事開設でき、グループ内にて常駐の駐在員が派遣できた関係で、合計の勤務は1年間ほどになったそうです。

(古作)日本とシンガポールの行き来の生活は中々タフですよね。シンガポールの税制も勉強しながら国内の業務も回されていたというのが、何とも信じられないですが、新規開拓という業務は凄い成長が出来そうだなと感じました。

(山田)ほんとそうですね。

メキシコ駐在のきっかけ(メキシコー比留川さん)

(山田)次に、メキシコ駐在のきっかけ話をできればと思います。

質問ですが、メキシコ内でシェア1位の日本車メーカーはどこだと思いますか。

答えは、実は「日産」です。世界で日産がトヨタに勝てているのはメキシコだけとも言われています(笑)。

北米に比べて人件費の安いメキシコは、アメリカ・カナダに輸出するための工場拠点として当時盛り上がり始めていて、2013年辺りには、以前からあった日産だけでなくホンダやマツダもメキシコ進出し、工場を何個も拡大している時期でした。それに伴い、自動車部品メーカーもどんどんメキシコに進出して、在メキシコの日系企業がどんどん増えました。

これをチャンスととらえたグラントソントングループがメキシコにジャパンデスクを開設したいとなった際に、

①毎年メキシコに旅行に行っていること

②1ヶ月の語学留学によりスペイン語少し話せるとアピールしていたこと

③シンガポールでジャパンデスクの開設経験があること

といった比留川さんの特徴から、白羽の矢が立ったそうです。

比留川さん自体は、声がかかった際に、全く迷う余地もなく、むしろラッキーと思って即決されたと仰っていました。

なぜなら、まだ自分自身が若かったし、両親も元気で心配がなく、結婚をしていないから国内に何のしがらみもないし、駐在は2-3年の期限付きのものなので、今しかない!と感じたそうです。

実際にメキシコに行っても、シンガポールでジャパンデスクを開設した際に苦労した経験があった事から、やるべきことが手に取るように分かり、その経験にめちゃくちゃ感謝したそうです。

ちなみに、メキシコは現在、日系企業が約1,300社ほどいて、この数字は世界でも第7位となっており、日本にとって重要な拠点であることがわかります。

現地採用切替のきっかけ(メキシコー比留川さん)

(山田)さて、比留川さんは現在、現地採用に切り替えてメキシコに在住しておりますが、

「あれ?期限付きだから今しかない、と思ってメキシコに行ったのでは?なんで現地採用に切り替えたの?」

なんて思いませんでしたか?(笑)

実は、比留川さん自身、めちゃくちゃ悩んだ決断だったそうです。というのも、現地採用に切り替えたきっかけは、駐在中にメキシコ人の方とご結婚されたことでした。

帰任される際に、夫を日本に連れていくことも考えたのだそうですが、現実的ではなかったみたいです。なぜなら、夫は語学に興味がなく、絶対に日本語を学ぶ気が無かったことや、日本に実際に住んでいる中南米の方達が、軒並み苦しんでいる話を聞いたからだそうです。

メキシコの方との距離感と日本の方との距離感はやはり全然違います。挨拶の時にほっぺにキス、みたいな行為は日本では絶対しないですよね。

だから、仮に夫が日本で友達ができたとしても、どこか彼にとっては壁・距離があり、ホームシックになって、メキシコに絶対帰ってしまうと、行く前から目に見えていたそうです。

そうなると、比留川さんにとっては、今の仕事との縁を切ってメキシコに残るか離婚かの選択になります(笑)。

そこで、グラントソントンに事情を説明して現地採用に切り替えられるか確認したところ、ウェルカムだったことや、こちらで仮に失敗したとしても日本へ帰国したら税理士としてまた登録できるという安心感もあったため、メキシコに残ることを決めました。

メキシコでの苦悩とは(メキシコー比留川さん)

(山田)そんなこんなで、駐在でメキシコを訪れてから、現地採用に切り替え、かれこれメキシコに10年いらっしゃる比留川さん。やはり苦悩はそれなりにあるみたいです。

まずはなんといってもメキシコ人の特性です。正直、これはどの国に行っても○○人の特性に苦悩するといっても過言ではないです(笑)。

じゃあ、メキシコ人はどんな特徴があるかというと、期限を守らない、返事をしてこない、未読なのか既読なのかもわからない、だそうです(笑)。そして、めちゃくちゃ優柔不断。この4つが特に目立つそうです。

業務の半分以上をリマインドに使っているのではないかというくらい、期限を守らせることと返事をしてこないことと日々、戦っているそうです。

これはもう仕方がないので、心を鬼にして連絡しまくるしか解決方法はないようでした。10年いる方が仰っているので間違いなさそうですね(笑)。

そして、もうひとつの苦悩はメキシコ人の価値観です。

彼らが、何よりも譲れない1番大切にしたいものが家族です。素敵な事ですね。

そのため、仕事をする上でも家族が第一、仕事はその次という価値観を念頭に置いておかなければいけないということでした。これに対する理解がないと、チームが全く成り立たないんだそうです。

17時半以降まで働くというのは通常考えられないし、子供や奥さんに関するイベントがある場合は休みを取ること、早退することが当たり前の文化であることを理解していなければいけません。日本人の「仕事第一!」という価値観を相手にも望んではいけない場面になります。

あとは、仕事とは若干離れますが、やはり治安の面です。

メキシコには麻薬カルテルだとかギャングがいるだとかの話を耳にすることもあると思いますが、私が驚いたエピソードは、比留川さんのお子さんが誘拐事件に巻き込まれそうになったことです。しかも、子供による子供の誘拐事件。

ショッピングセンターを歩いていたら、当時2歳の比留川さんの娘さんを、5歳くらいの子供が「可愛いね可愛いね、あっちに行こう」と言って手をつかんで離さなかったのだそう。

幸い、旦那さんが娘のもう片方の手を放さずにずっと繋いでいたため、連れて行かれずにすみましたが、しばらく左手は旦那さん、右手は5歳の子供に引っ張られるという状況が続いたらしいです(笑)。

この子供による誘拐は、メキシコでは結構ある事件だそうで、誘拐グループが子供を利用しているのだそう。子供を利用して警戒心を下げるような手口まで考えているのが怖いなと感じました。

最後はインフレですね。

比留川さんがメキシコに来てからの10年間でモノによっては値段が倍以上、アベレージで50%増になっています。メキシコペソ高も進み、日系企業とのやりとりは、ドルベースなため、ペソ高によって値上げしていなくてもドル金額が上がってしまうため、値上げに拒絶反応を示す日系企業とのやりとりでは苦労することもあるそうです。

苦悩を何個か挙げましたが、結論、日本には戻れないくらいストレスフリーで楽しく働いている状況だと伺いました。

日本のような仕事に対する圧力はなく、とはいえ、ジャパンデスクとして日系企業のサポートのため成し遂げたい目標もあり、陽気なメキシコ人と楽しく働いている比留川さんはとても幸せそうでした。

世界一周会計士の所感(メキシコー比留川さん)

(山田)今回も現地採用に切替えのケースでした。駐在して、その国が気に入ったら現地採用に切り替えるというのは、やはり作戦として有りな気がしています。

まず、今回感じたのは、苦悩として”海外の人の特性を理解するために苦労する”という話が多いけれど、ひょっとしたら世界で見たら日本人の気質が一番変なのではないかというところです(笑)。

海外の人が日本へ駐在に来たら、急に仕事第一の価値観にさせられて、”期限は厳守、完璧が求められて細かい所で注意される”、というのは本当に驚くと思います。この状況を当たり前に過ごしている皆さんは、海外に出たらめちゃくちゃエリートなのではないでしょうか(笑)。

その反面、仕事に対する圧力がない、ストレスフリー、家族第一が当たり前という空気感に触れると、日本に帰れなくなる人も出るのだろうなぁと。

次に感じたのは、税理士は国内業務向きと思われがちだけれど、グローバルで汎用性が高い資格なのかもしれないということです。

というのも、比留川さんの例を見ると、日本での税務経験が、シンガポールでの税務経験が、それぞれメキシコで活きているということが分かりますを伺いました。

税制はその国のものではありますが、実務にも携わると、海外へ行っても、考え方の根幹は一緒で理解が早まるし、”日本ではこうあるべきだけど、メキシコではこうならないといけない”、という説明ができたら、海外で日系企業を相手にする際に重宝されそうですよね。

アフリカ6か国で会計事務所を経営する笠井さんも、税務実務に携わった方は税務の考え方の根幹を知っているため、どの国にいっても税制に対して勘所を養えていて、上手く仕事に活かすことができると仰っていました。

日本の税制しか知らないから、といって国内だけに業務を絞るのは勿体ないですね。

会計士以外の視点

(山田)それでは次に、会計士税理士関係なく世界で活躍する日本人のお話ができればと思います。

皆さんは、日本人が世界で活躍している、という話を聞いた時に、真っ先にどんな国を思い浮かべるでしょうか。

私たちは、タイから旅をスタートし、西回りに世界を周ってきましたが、こちらの世界地図の通り、沢山の国で日本人と会ってきました。

古作さんは特に、何が印象に残っていますか?

(古作)日本企業で印象に残っているのは、日本企業の「カネカ」でしょうか。カネカというと、あまり日本では有名企業ではないかもしれませんが、ケニアや南アフリカ、ナイジェリアでは、実はカネカのウィッグが超流行っています。

商社の方から教えてもらいました。アフリカ人は髪型が生まれつき天然パーマなので、髪型で遊ぶとなると必然的にウィッグが必要になるのでアフリカで需要があるらしいです。アフリカ人の女性のおしゃれを褒めるなら、まずは髪型からと聞きました(笑)。「カネカ」のウィッグは耐久性があって燃えにくく、アフリカ人の心を掴んでいる様ですね。

(山田)僕もエスワティニでアフロのかつらを買うか迷いました(笑)。

ということで、今日は、そんな世界各地で聞いてきた話を元にダイジェスト版として、印象に残っている話やなるほどと思った話を紹介出来たらなと思います。

とはいえ、いきなり各国の日本人の話をしても、話がとっ散らかってしまいます。

今回は、キャリアを切り口とした講習会で、とりわけ”何故海外に挑戦したのか”や”一押し”、”苦悩”がテーマだと思います。

この切り口で考えた時に、明らかに属性の異なる日系企業で駐在している日本人と、海外で起業している日本人、とに大別してお話していきます。

日系企業

(古作)まず、日系企業の駐在中にお会いしてきた方々についてお話しします。

業種を見ると、流石は商社だな、というところがあると思います。

例えば、インドネシアに自動車メーカーが拠点を置く理由は想像がつくでしょうか。

インドネシアは人口増加著しい点があげられますが、実はインドネシアの自動車国別販売シェアで日本は約93%を誇っています。確かに、実際にインドネシアに行ってみると日本車だらけでした。人口も多く、シェアも大きいので、重要な拠点であることが分かります。

次に、イスラエルに注目してほしいのですが、イスラエルに進出しているのは、商社は商社でも、CVCとして投資活動をメインの駐在でした。なぜだと思いますか。

前回のKPMG 木村さんの話でもあった通り、イスラエルは人口ひとり当たりのスタートアップ数は世界最多とも言われるほど、ベンチャー界隈が盛んです。そこに商社がCVCを飛び込ませるというのも納得が行きますね。

ここのトピックは話そうと思うと無限に話せてしまうので、最後に、山田さん何か話しておきたいことありますか?

(山田)ケニアの製造メーカーの話ですかね。

私がとりわけ紹介したいのはヤマハ発動機です。日本だと、バイクのイメージが強いヤマハ。もちろん、バイクも強いのですが、世界、特にアフリカや中南米で私が見たボートのエンジンはほぼ全てヤマハでした。

例えば、マラウイでは、赤土でレンガや木や粘土の家しかないような村にあるボートでも、エンジンはヤマハです。今、アフリカのビジネスの中心地になりつつある、ケニアに拠点を置いて広がっているのだな、というのが印象的でした。

グローバルファームとの違い

(古作)では、そんな日系企業駐在とグローバルファーム駐在を比較してみました。

とりわけ日系企業の駐在員で羨ましいと思ったのは、日系企業の駐在員の待遇面、特に福利厚生はとんでもないということです。

例えば、ベトナムでは、Big4駐在員の方も良い待遇ではありました。家は広いし、綺麗だし、プール・ジムがついているレジデンス。

しかしながら、日系企業駐在員はそれを上回るクオリティで、サウナも付いており、ジムは課金してもおかしくないレベルの機材の豊富さ、運転手付きで洗濯も部屋掃除も全て込み。

ブラジルでは、Big4駐在員も車が手配されていたのですが、乗用車で、日系企業の方は治安を鑑みてなんと防弾車でした(笑)。

他方でグローバルファーム駐在の方は行先についてある程度希望が通る反面、日系企業の方は全く行先を選べないという点では、グローバルファームの方が良い気もしますね。

海外起業

(山田)海外での起業については、海外への挑戦感がより強く、皆さんの海外挑戦に関しても背中を押してくれそうな、格別にチャレンジャーだった2人をご紹介出来たらなと思います。

まず、皆さんに質問です。アフリカで本格的な日本食を食べられると思いますか?

実は食べることができます。しかも、結構色んなところで。

そして、アフリカに関わらず世界一周中に食べた日本食の中で、一番美味しかったのは間違いなくウガンダでした。

この写真の建物を見てください。写真だけ見ると軽井沢にでもありそうな外観にもかかわらず、アフリカのウガンダにあるのです。そしてこのラーメン、天下一品を彷彿とさせますが、味は個人的には本家を越える美味しさでした。これを、なんとウガンダ人が作ったと言ったら驚きませんでしょうか。

日本食レストラン経営者のキャリア紹介(ウガンダー山口さん)

(山田)そんな日本食レストラン「やま仙(YAMASEN)」を経営されているのが、山口さん。元は、京都で和食の料理人をされており、5年間の修行後に師匠から店を託され、29歳の若さで京都のお店を継いだ凄腕シェフです。農林水産省から、日本食普及のウガンダ親善大使にも任命されていて、現在もウガンダで活躍中です。

海外レストラン起業のきっかけ(ウガンダー山口さん)

(山田)そんな順風満帆に京都にてレストランを経営されていた山口さんがウガンダで挑戦したきっかけは、ウガンダにて腰を据えてビジネスをやりたいと考えていた奥さんからのお誘いでした。

奥さんに連れられて、旅行で実際にウガンダに足を踏み入れた山口さんですが、国内で和食レストランの経営のみでしたので、当時は英語もままなりません。ただ、この旅行の中で山口さんの中でウガンダでやろうと決意した2つの要因があったそうです。

まず、奥さんの生き方に影響を受けたことです。

東日本大震災を機に「他の人にも影響を与えられる事業をやるために腰を据えたい!」と、突如アフリカに出立し、ビジネスを始めた奥さんを見て、それまでは京都の店を回すのに必死だった山口さんには考えたことのない仕事スタイルで、その生き方も楽しそうだなと、感じさせられたことです。

もう一つが、ウガンダにチャンスを感じたことです。

ウガンダ首都のカンパラには日本人の料理人でやっている日本料理店が1軒もなく、自分の力を試す最大のチャンスに思えたそうです。誰もやっていないことへの挑戦。確かにワクワクしますね。

国連は、2050年には世界の人口の4分の1をアフリカが占めると推計しており、ウガンダも同様に成長していく国だと言えます。隣国のルワンダは近年「アフリカの奇跡」と呼ばれており、IT分野での成長が著しく、正しく伸びていく市場だと僕たち自身も感じました。ルワンダのイミグレーションで私の前後の人が職を聞かれて、エンジニアと答えていたのに驚いたのを今でも覚えています。

ウガンダでの苦悩とは(ウガンダー山口さん)

(山田)英語がままならなかった山口さんですが、意外にも苦悩に語学はあげておりませんでした。苦悩として挙げていたのは、主に3つです。

まず1つ目は、アフリカ人の教育水準です。

前回の講演でもアフリカの話を挙げましたが、ダメなことをダメだと教えられていないからか、謎の嘘をついてしまったり、話が通じなかったりという人の割合が多かったりします。

ここを1つ1つ教育していく、というのが本当に心が折れそうになるそうです(笑)。

2つ目として、そんな心折れそうになっても、丹精込めて育てた従業員が引き抜かれてしまうことを苦悩に挙げていました。

日本人の精神、いわゆるホスピタリティは世界的に見て間違いなくトップです。そんなホスピタリティと文化を叩き込まれたスタッフは、ウガンダ現地企業にとって、喉から手が出るほど欲しい最高の人材に育つわけです。

そんな彼らは、なんと、たった月給数百円という僅差のオファーでも他店舗から話があると、簡単に引き抜かれていってしまうと仰っていました。

これには本当に泣かされたそうです。レストランスタッフ教育学校を立ち上げて、育てた人材が内定した企業から紹介料を貰うようなビジネスでも始めようかと考えるくらい困っていたそうです(笑)。

最後に、現地のウガンダ人が日本食の正解を知らない、という点も苦悩に挙げていました。

正解を知らないからこそ、ちょっと目を離すと勝手にアレンジを加えて日本食ではないものに仕上げてしまうんだそうです(笑)。この辺りも食ならではの難しさですね。

世界一周会計士の所感(ウガンダー山口さん)

(山田)なんといっても日本食のクオリティに驚かされました。食事後に明かされたのですが、山口さんは基本レシピ作成のみで、営業中に調理することはなく、全品ウガンダ人が、ウガンダの食材を使って作っているということ。これには何よりも驚かされました。日本で食べるラーメンや定食よりも美味しいと思えるクオリティでした。レシピを叩き込んで、現地の方が再現できるという芸当が本当に素晴らしいです。

私は、日本食/和の文化と触れ合うと心が和みますし、食事も美味しく、日本の宝だと本気で信じています。それを、ウガンダでは日本人でない人が提供できる。というところに、職人に対する尊さを感じました。

次に、チャンスに飛び込むガッツと意気込みに感銘を受けました。

既に京都料理屋で順調なキャリアを歩んでいたにも関わらず、リスクはあるけれど、大きな勝負がしたいからと、未開の地ウガンダにてレストランを開業した山口さん。誰もやっていないことに対する挑戦に飛び込んだり、人口爆発と共に発展するであろうウガンダで現地の生活に根差した産業を作っていこうとする意気込みが素敵ですよね。

最後に、創意工夫のレベルの高さも紹介させてください。

現在、ラーメンも人気の山口さんのレストランですが、元々ラーメンはやっていませんでした。コロナ禍で、ウガンダ政府が外出制限に厳しく全く外食が出来なくなってしまった時に、このままではまずいと思い、何とか自宅にデリバリーできる様なもの、自宅でも楽しめる和食はないかと考えて、ラーメンのレシピを開発したのです。しかもラーメンを作ったことが無かったのに、です。

山口さんは、いわゆる”神の舌”を持っているため(私が個人的に思っています)、現地の食材を利用して、豚や鶏の骨から出汁を取る所から試行錯誤してラーメンを作り上げたのだそうです。これが、本当にめちゃくちゃ美味しくて、ラーメン作ったことが無かったと聞いて耳を疑いました(笑)。

和の文化を大事にしつつ、現地の食材を取り入れてウガンダ料理と融合させ、そして、調理は全てウガンダ人に任せ、現在は副料理長が和食コース料理を作っています。ビジネスチャンスにどん欲に飛び込み、現地にて試行錯誤して、現地の生活に根差した産業を創り上げている素晴らしい例ですね。

(古作)僕の感想も良いですか。このやま仙の和食は本当に美味しかったです。クオリティは正直日本のレストランより美味しくて、アフリカの真ん中で、ウガンダでこんなものが食べられるのが、本当に信じられませんでした。是非ウガンダを訪れた際には現地で行ってみてください。

(古作)森下さんは、幼少期をオランダで過ごし、小学生で日本に帰国、プレミアリーグで活躍している三笘選手の母校である筑波大学に進学。その後ザンビアリーグに移籍し、現在はガーナプレミアリーグ1部に所属しています。今ではアフリカの日本人サッカー選手と言えば、”Jindo Morishita”と言われるほど有名な選手になっています。

そしてサッカー選手として働く傍ら、トゥクトゥク事業やジム事業にも手を広げている、ビジネスマンでもあります。ちなみにトゥクトゥクというのは、タイでよく走ってる三輪自動車のことです。東南アジアではよくタクシー替わりに使います。

アフリカプロサッカー選手を志したきっかけ(ガーナー森下さん)

(古作)森下さんがアフリカに行かれた理由は、主に2つあります。
森下さんは元々日本のプロサッカー選手を目指していましたが、日本では中々上位チームに行くことができず、アフリカでのプロの道を目指したとのことです。

勇敢且つクレバーな戦略だと思います。例えば日本で日本人と仕事をすると、他の優秀な日本人と常に競争に晒されることになります。ですが海外に出るということは、裏を返せば「他の優秀な日本人と競争しなくなる」ということになります。サッカー選手でトップ層になれるのは一握りです。我々士業としてもトップ層に食い込むには、才能と努力が必要であることは明白ですよね。

そして、競争しないという選択は決して悪いことではなく、むしろ「日本人が誰も挑戦していないエリア」を探すことが森下さんにとっての差別化要因になっています。ポジションチェンジをしてアフリカで一番有名な日本人サッカー選手になっている姿を見ると、海外で働くということが魅力的に見えますよね。

そして、きっかけの2つ目が筑波大学でザンビアへのプログラムがたまたまあったことで、それに応募し、その懇親会の席でザンビアホストファミリーと意気投合して、ザンビアに飛び込むことになったそうです。

ひとまず興味があれば応募してみるというのは、これも凄く良いことだと思っていて、気軽にできる一番良いチャレンジだと思います。まずは短期プログラムでも良いので、海外に興味があれば、森下さんのように思い切って応募することをお勧めします。

アフリカでのビジネス苦悩とは(ガーナー森下さん)

(古作)苦悩についてですが、皆さんに質問です。発展途上国で起業して自分でビジネスをしていくにあたって、何が一番大事だと思いますか?

お金でしょうか、それとも知識でしょうか?

私が現地でお話しした経営者の方々は森下さん含め、皆口をそろえて「信頼できるビジネスパートナーの存在」の重要性をお話しされていました。

森下さんは、トゥクトゥク事業を始めるにあたって、「信頼できるドライバーを探すこと」が一番大変だったと仰っていました。どういうことかというと、多くのドライバーがお客さんから受け取ったお金を誤魔化したりくすねたりするので、事業主として事業から収益が吸い上げられないといった問題が生まれてしまうようです。

ですので、信頼関係を築けるような現地人を探すことに奔走したそうです。日本では中々考えられないことですが、アフリカなどの国では、日本の常識が通じないということも、念頭に入れておいた方が良いかもしれません。

世界一周会計士の所感(ガーナー森下さん)

(古作)本業がプロサッカー選手でありながら、ご自身の事業を多角的に展開していた点が非常に勉強になりました。

森下さんは、ガーナのプレミアリーグ1部でサッカーをしながら、トゥクトゥク事業とジム事業を展開されています。

森下さんは、ガーナの首都から2時間ほどの場所にある、ケープコーストというところでサッカーをしていたのですが、現地ではUberなどの配車アプリが全く無かったため、移動するのが大変だったそうです。そこに目を付け、信頼できるドライバーを現地で探し、自身でトゥクトゥク事業を立ち上げました。

こういうお話を聞くと、ビジネスチャンスは至る所に転がってて、特にアフリカでは既にある技術や知識を日本から持ってくるだけでもビジネスになるなと感じました。

逆に言えば、日本で当たり前に行われていることが、発展途上国では事業展開されていないことが多く、ビジネスチャンスは本当に沢山あります。ですが、先程述べたように、信頼できるビジネスパートナーがいないと、展開が凄く難しいです。そこが唯一の高い壁だと感じました。

またジャパンブランドは未だに多くの国で健在です。実はアフリカは日本車天国で、東アフリカの7割の中古車が日本車でした。先程話にも挙げた和食も、アフリカでは大人気ですし、森下さんのトゥクトゥク事業で使われているトゥクトゥクには、森下さんの顔と日本の国旗があります。これでお客さんも「日本人が経営しているトゥクトゥク」だから安心して乗ることができるみたいです。

発展途上国ではこうした苦労が多いですが、その分の努力が後の参入障壁になる(=パイオニ

アになれる)という点が非常に大きなメリットだと感じました。

(写真:森下さんの写真と日本の国旗が入ったトゥクトゥク)

まとめ

(山田)海外で活躍する方に対して、何か漠然と自分とは住む世界が違うといったように一線を画していることはないでしょうか。実際、一線を画した住む世界の違う人たちという訳ではなく、畑は同じで純粋にチャンスに、希望に一直線に挑戦していった人たちという印象を受けました。

その後、苦難に遭い、乗り越えるために試行錯誤を続けていった結果、まるで一線を画している別世界に住む人かの様な人物像ができあがっているのだと思います。

活躍している人を見て、たじろぐのではなく、チャンスがあれば自分自身も飛び込む!これが大切なのではないでしょうか。資格という保険が無い方でも、海外にチャンスさえあれば、貪欲に飛び込んでいます。

飛び込んでみて、めちゃくちゃその国を気に入ったのなら現地採用に切り替えるという手もあります(笑)。どうぞ素敵な経験をされて、いつか、その話を僕にシェアしてください!

(古作)海外で働く数多くの方々に海外で働くきっかけを聞いてきましたが、最後は「えいや」で行っている人が多いです。

もし仮に海外に行くことを迷っているのであれば、我々の様に実際に海外に行った人に話を聞いてみるのはアリだと思います。話を何人か聞くだけでもイメージが湧きますし、海外の相談に乗ってくれる人は、その当時海外に対して同じように不安を持っていた経験をお持ちだったのもあるのか、優しく教えてくれる方が多い印象です。

ただ、我々の様に凸アポインタビューという形で無くても、社内で海外駐在をした同僚や先輩に話を聞いてみるのは、海外への第一歩だと思います。

もし海外に不安がある、と思う方は、海外について「知らない」からだと思います。なぜなら不安というのは、主に情報不足であることに起因するからです。

海外に対して不安があるなら、まず知ることをしてみましょう。インタビューしてみたり、休暇を使って現地に行ってみたり、そうすると不安はどんどんと解消されていきますよ。


山口さん(ウガンダ)が経営するレストラン「やま仙(Yamasen)」のURLはこちら。

https://cotscots.jp/?fbclid=IwAR2GTmUTqO0XiEe7tFqcJc9Dpf6ZoIUD7JVSObPFMaaZ3HbPg8SsSnbJBVA

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