公開日:2021/08/23
監査法人勤務から独立後の業務 ~デューデリジェンス業務のリスク
(はじめに)
会計士試験に合格後、大半の人が監査法人に就職しますが、私の世代ですと、その後10年以内に半分以上の人が独立していきました。最近の若い世代では事業会社に転身する人が増えているようです。公認会計士の資格を生かしていろんな道に進み、そこで活躍することは、業界の発展としてはとても良いことかと思います。
独立した場合、監査法人時代と違うことの最も大きな点として、顧客の規模が小さくなることがあげられます。つまり、顧客の大半が上場会社から非上場会社(中小零細企業)になります。顧客の規模が小さくなると、必然的に仕事内容も細かくなります。公認会計士を目指す人は、細かい作業が好きな人が多いと思いますので、それ自体は全く苦にはならないと思いますが、仕事内容によってはそれが思わぬリスクを発生させることがあります。その一つとして、デューデリジェンス(以下「DD」と略します)があげられます。
(デューデリジェンスのリスク)
DDのリスクは、もちろん調査ミスによる損害賠償リスクです。例えば、架空資産、隠れ負債を発見できなかったとか、計算ミスや勘違いといったケアレスミスも、買収完了後にそのリスクが顕在化した場合には損害賠償を被るリスクがあります。独立後は、そのリスクをすべて個人で負うことになります。
DDは、そもそも架空資産や隠れ負債を見つけるための調査業務ではありません。業界人であれば常識ですが、DDは合意された手続を実施するだけであり、その手続き以外から発生するリスクに対しては、基本的には責任は負いません。また、契約書において、損害賠償の上限は業務報酬まで、という制限を設けることが通常であり、本来はそれほどリスクがある業務ではありません。
(非上場会社が実施するデューデリジェンス)
上場会社であれば、DDとはどういった業務かを理解している会社も多く、そもそも買収金額の算定自体がDCF法で行われることが多いため、DDによる資産負債の調査の影響はそれほどありません。
しかしながら、非上場会社の場合は、M&A自体初めてのケースが多く、DDという言葉を初めて聞く経営者も多いです。このため、DDはもちろん、「合意された手続」という仕組みをいくら説明しても、理解してもらえないことが多いのが実情です。結局は、“よくわからんが、よろしく頼む”ということになります(そうやって信頼してもらえることが専門家としての醍醐味ですが)。
非上場会社による買収は、純資産金額をベースに行われることが多く、DDによる資産負債の調査結果がダイレクトに影響します。さらに、買収対象会社の総資産規模が大きくても数億円であり、純資産となると数千万円から1億円程度となります。すると各勘定科目の金額が数百万円となります。
具体的にいうと、例えば貸借対照表に未払費用が5百万円計上されているとします。DDではその計上内容をチェックするのですが、決算期末日である3月31日までのすべての未払いが計上されているかどうかを確認するというのは、相当な労力を要します(水光熱費や雑多な経費がありますので、1円単位で考えると実際はほぼ不可能です)。上場会社のDDであれば、数百万程度の未払未計上は問題になることはありませんが、非上場会社のDDの場合は、それがダイレクトに買収金額に影響しますので、その点では上場会社のDDよりも非上場会社のDDのほうが難しいのです。例えば未払計上漏れが25万円存在し、それをDDで発見できずに、そのまま買収金額が純資産金額となった場合、買収金額が25万円高かったという結果になります。その損害賠償を個人で受けるとなると、個人で負担する金額としては大きな金額となります。
(リスクの回避方法)
リスクを回避する方法としては以下の4つが考えられます。
①回避する
そもそもDD業務は受けないとしている独立会計士は一定程度存在します。
非上場会社のDD報酬は、監査法人が受ける報酬と比べて、10分の1以下であることも多く、ハイリスク・ローリターンとして受託しないという選択もいいのではないでしょうか。あるいは、既存の信頼できる会社からの依頼であれば受託する、飛び込み案件は受託しない、といったポリシーを持っている独立会計士も多く存在します。
②転嫁する
M&A保険なるものが存在しますが、DDのリスクを完全に転嫁できるものかどうかは調べてみないとわかりません。
既存顧客や紹介経由のDD依頼の場合は、断ることが難しいかと思いますので、その場合は他の信頼できる公認会計士を紹介することで、自分のリスクを転嫁することができます。そのためにも、ネットワーク作りは非常に重要です。
③低減する
DDリスクを低減させるために最も大事なことは、何よりもDD依頼者である経営者にとことんまで説明することです。DDとはどういうものか、どういった限界があるのかをしっかりと理解していただくことが、後のトラブルを未然に防ぐための一番の方法です。理解してもらった後に、契約書に明記し、責任限度額は報酬額まで(あるいは一切責任を負わない)としてもらいます。理解してもらえないまま契約書を締結してしまうと、結局は揉めることになります。
責任限度額の設定も重要ですが、実施するDD手続きを明記することも非常に重要です。会計士であっても、全く知らない会社の財務諸表を一目見ただけで、架空資産や隠れ債務を発見することは不可能です。DDというのはそういう調査をするのではないということを理解してもらうためにも、仮に「合意された手続」という制度を理解してもらえないとしても、手続きの内容を文章で示すこと自体に意味があるのです。
④受け入れる
お勧めはしませんが、リスク覚悟でどんどんとDD業務を受託する選択肢もあるかもしれません。実際に、そうやって事業規模を拡大させている独立組も存在しているようです。
一方で、DDのリスクを軽く見ている人も散見されます。現実にはDDで損害賠償請求を受けることは稀ではありますが、万が一、損害賠償請求を受けるような事態になった場合には、個人で賠償できる金額を超えてしまう可能性が高いです。裁判になった場合、契約書上の損害賠償限度額の条項が適用されるかどうかはわからないからです(職業専門家の責任はそれほど重いからです)。
(まとめ)
国内M&A件数は年々増加しており、DD需要は高まっております。独立会計士にとっては仕事の幅と量が増えることになり、良い環境下にあります。その中で、DD自体は非常にリスクがある業務であるという認識を持ち、そのリスクをコントロールすることが非常に大切です。
この記事を書いた人
ローカル・中小・大手監査法人を経て、2019年8月に独立。
監査法人時代のM&A業務の経験を生かして、デューデリジェンスを中心とした業務を提供している。その他、上場会社に対する会計指導業務やIPO準備支援も提供している。
なお、南山大学ビジネススクールの准教授に10年間就任した経験を活かし、現在でも名古屋市立大学及び南山大学にて非常勤講師を兼務している。岐阜県大垣市出身、慶應義塾大学法学部卒業。
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