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公開日:2021/09/17

  • IPO

No.3 日本の新規上場時の公開価格は安すぎるのか?

中村和郎さんの記事

 2021年8月12日、日本経済新聞朝刊1面に『新規上場「値決め」調査』という記事が掲載されました。「事前に証券会社などと決める公開価格と、最初に売買が成立した初値の差が欧米より大きく、企業が調達する額が低いとの指摘があるためだ。」とあります。

新規上場「値決め」調査: 日本経済新聞 (nikkei.com)

この記事を皆さんはどのように思われるでしょうか?

新規上場時(IPO時)の株価が高くなっていることが多いから、「値決め」は安すぎると思われるでしょうか?

IPO時の株価はどのように決定されているか、その辺りからお話ししましょう!

 日本のIPO市場で公開価格(発行価格)決定方式は1997年9月からブックビルディング(book building)方式(「BB方式」という)が採用されております。つまり、一般的には「需要積み上げ方式」(需要予測方式)と呼ばれている方式です。

 余談ですが、1989年4月から入札方式が採用されておりましたが、1997年10月8日の東海旅客鉄道の東証一部上場を最後に採用されておりません。現在も制度としては存在しますが、実際には採用されなくなりました。入札下限価格を決定し、上限なしで入札するため、公開価格が高くなり、上場時の初値天井から株価が下落することが続いたことから見直され、BB方式が採用されるようになった経緯からです。

 BB方式は、発行会社の新規上場時の公募及び売出しの発行決議日(取締役会決議)に有価証券届出書が提出(「図1 新規上場ファイナンス日程 営業日ベース日程 X-25」参照)されますが、その証券情報に想定発行価格が記載されております。公開価格の目安となる株価が提示される最初の価格となります。この価格は発行決議日の1週間程度前、つまり届出書の印刷校了日ぎりぎりに発行会社と証券会社の間で協議され決定された価格となります。一般的な事業会社の場合、上場している類似会社の中から数社(3社程度)を選定し、その平均PER(株価収益率 株価÷EPS(1株当たり純利益))から会社特有の特徴を勘案し、IPOディスカウント(一般的には2割ディスカウント)を加味して決定しております。赤字会社の場合はPSR(株価売上高倍率 時価総額÷年間売上高)で決定されます。IPOディスカウントとは、新規上場会社は既上場会社と比較して知名度に乏しいことから、株式を販売し易くするために、Fair Value(理論上の適正価格)よりディスカウントした株価で公開価格を決定するディスカウント率のことです。いわゆる購入しやすくするための値引きと同様なものです。

 その後、ブックビルディング(需要予測)の前段階(プレマーケティング)として、機関投資家向けに事業内容等の説明(「図1 新規上場ファイナンス日程 営業日ベース日程 X-23~X-14」参照)を目論見書の範囲内で40~50件程度実施します。説明会を実施した機関投資家からは主幹事証券が株価に関するフィードバックを行い、フィードバック結果に基づいて仮条件(ブックビルディング株価レンジ)を決定(「図1 新規上場ファイナンス日程 営業日ベース日程 X-13」参照)するためです。会社説明会を機関投資家に行っているのは、機関投資家は価格算定能力のある投資家であることが前提となっております。但し、仮条件を決定する際には、証券会社は個人投資家部門の意見もヒアリングして仮条件を決定しております。
仮条件が提示されると購入希望の投資家は提示された仮条件の範囲内のどの株価で購入したいかをブックビルディング期間(需要申告)中(「図1 新規上場ファイナンス日程 営業日ベース日程 X-12~X-7」参照)に幹事証券会社を通じて申告を行います。ブックビルディングは5営業日実施され、その多くが個人投資家です。主幹事証券会社が申告された需要を取り纏め、最も需要の多かった株価にて公開価格(発行価格)を決定(「図1 新規上場ファイナンス日程 営業日ベース日程 X-6」参照)致します。ところが、決定された公開価格で申込された投資家も数十倍~数百倍にも及び、株価を購入するための抽選が行われます。最終的に運よく当選した投資家だけが申込期間中(「図1 新規上場ファイナンス日程 営業日ベース日程 X-5~X-2」参照)に購入代金を支払うことで新規公開株式を得ることができるのです。

 購入できた投資家は上場日(「図1 新規上場ファイナンス日程 営業日ベース日程 X」参照)に新規公開株式としてどのような初値が形成されるかを待つことになります。個人投資家に人気の新規公開株式なので、2021年の場合、9月2日現在68社中62社の初値が公開価格を上回りました。つまり、初値で売却すれば、それなりの収益を得る確率は91%ということです。

新規公開時の公開価格(発行価格)値付けまでの過程で、株価に影響を与える主要な要因と考えられるものは以下の通りです。

①    類似会社の選定
②    IPOディスカウント率
③    上場日までの期間リスク
④    機関投資家と個人投資家の株式需要の相違

特に①類似会社の選定では、新規上場企業の経営者と揉めることが多く、経営者の類似会社企業に対する対抗心もあるようには思いますが、どの企業でも複数の事業を行っていることが多く、類似会社と比較すると売上構成が異なり、サブ事業が全く異質な事業の場合も多々存在します。ですから、経営者は異口同音に「あの会社とうちは違う。類似会社ではない。」と言うのです。それはその通りでしょう。しかし、類似会社を決める時は、売上高構成比の最も多い事業が類似している企業を選ぶこととなります。通常は類似会社を3社程度選定し、その平均PER方式で類似会社と比較した場合の新規公開企業の株価のFair Valueを算定しております。

もし、全く同様な類似会社がない前提で考えると類似会社の選定には自由度があることになりますので、選定された企業で平均PERが上下することになります。これが類似会社選定リスクです。

次に、②IPOディスカウント率ですが、前段で既に説明済の通り、知名度が低い企業を販売しやすくするために、Fair Valueから一定のディスカウント率で、相場環境がよい時は10%程度、通常は20%程度、株式市況が悪化している時は30%~40%で決定されます。下表(「初値UP率ランキング」)をご覧ください。ほとんどの場合、初値を上回っている実態からするとディスカウント率は上場企業のファイナンス時と同様に、通常の株式市況の場合は2%~5%程度でも十分と言えるでしょう。むしろ、株式市況が悪化した時のみ大幅なディスカウント率を適用することで十分足りると思われます(掲載者の私見)。

下表で、発行価格割れとなっている企業は、すべてファンド系企業で、オファリング・レシオ(公開株式数(公募+売出)/発行済株式数の割合)が通常の25%前後ではなく、35%以上の売出しを主体とした放出株数が多くなっている企業ばかりです。

次に、③上場日までの期間リスクとは、すでに、公開価格(発行価格)が決定されるまでのプロセスはご説明しましたが、想定発行価格⇒仮条件(ブックビルディング価格レンジ)⇒公開価格(発行価格)と3回株価が動き、上場日を迎えます。その想定発行価格から上場日までの期間の株式市場における相場変動リスクにさらされているのです。株価は類似会社の株価がベースになっていることから、例えば、リーマンショックやコロナショックのようなことが起きれば、株価は急落するため、発行中止のリスクにさらされているのがファイナンス期間の約1カ月になります。現実にそのような下落相場となった場合、仮条件の下限価格の85%を下回ると新株式の発行を中止することになっております。有価証券届出書の証券情報には「引受価額が会社法上の払込金額を下回る場合は新株式の発行を中止致します。」と必ず記載があります。この払込金額とは実際の払込金額ではなく、会社法上の1株当たりの払込金額の下限を決めるための便宜上の金額で、発行価額と定義されているものです(会社法199条参照)。

ここで図1に記載の通り、営業日ベース日程 X-13公募・売出のための仮条件を取締役会で決議するのは会社法上の払込金額(発行価額)、つまり最低発行価格が確定させるもので、上場日までの13日の間に発行価額(最低発行価格)以下になれば中止されることになります。
さらに、営業日ベース日程 X-6で公開価格(発行価格)が決定すると、期間リスクは残り6営業日になりますが、X-5の申込期間が開始されますと、ブックビルディング(需要申告)に申込・当選された投資家が購入金額の払い込みを行うため、もし、この時点で中止されると証券会社は払込金額を投資家に返金する手続きが発生することになります。従って、これまで中止されたほとんどの銘柄は入金前のX-6以前に中止を決定しております。

最後に、④機関投資家と個人投資家の株式需要の相違ですが、すでに、ご説明の通り、公開価格決定のための仮条件(ブックビルディング株価レンジ)を決定するまでの過程で、機関投資家へのマーケティングを行い、機関投資家を価格算定能力のあるものと位置づけ仮条件を決定しております。個人投資家の意見も確認はしておりますが、発行会社から直接、会社の事業内容、業績等について説明を受けている機関投資家と、説明を受けていない個人投資家とでは情報の非対称性が存在します。実際のブックビルディングへの参加及び公開価格決定後の公募・売出し株式の販売は個人投資家が主体であることから、機関投資家が考えている株価Valueと個人投資家が考えている株価Valueが異なることが考えられます。それが、需給のギャップを生んでいるケースもあるものと推測できます。

さらに、付け加えますと下表(「初値UP率ランキング」)の通り、初値が大きく上昇している企業の上位は、調達額が10億円以下の企業で占められております。初値当日の売買代金は銘柄にも依りますが、数十億円以上になる場合がほとんどで、少ない調達額に対して、多くの購入資金が流入しており、需給バランスで初値株価が大きく上昇している実態を示した結果となっております。

つまり、初値が大きく上昇するため、公開価格(発行価格)が決定プロセスで意図的に公開価格(発行価格)を安くしているのではないか?との噂の根源のひとつに、日本の新規株式公開の調達額が小規模な企業が多くを占めていることが理由と言えるでしょう。

このように新規上場会社の公開価格(発行価格)が決定し、上場日初値を付けるまでにはいろいろな複合要因が関係しており、一概にこの要因で株価が上がった、下がったと議論できません。よく分析し、研究することが必要ですが、一般投資家と機関投資家とでは取得する情報量には格差が存在し、情報の非対称性を生んでいるため、投資行動に違いがあるのかもしれません。

新規上場会社を理解するためには、会計士である皆さんが作成アドバイスを行っている開示書類(有価証券届出書、業績予想、上場計画及び成長可能性に関する事項等)にすべからく目を通して、そのビジネスモデルを把握し、その収益の源泉は何なのか、同業他社と異なる会社の強みは何なのか、業績推移はどのようになっているのか、市場規模、シェア等を理解することが必要不可欠かと思います。

今後も成長し続ける本物の企業を見出すためには、わかりやすく正確な開示書類を届けることが一番大切です。上場時の株価の高い、安いの議論もありますが、正確な開示書類に基づき算定したFair Valueが肝要となります。

この記事を書いた人

有限責任パートナーズ綜合監査法人は、2013年に設立された法人です。私達はこれまで会社法監査などの法定監査を中心に行って参りました。今後は、昨今の株式上場(IPO)のニーズを踏まえ、経済社会を支える一員として、上場企業監査及び上場準備監査(IPO監査)を行って参ります。

 

以下、執筆者略歴
1988年に日興證券株式会社(現SMBC日興証券株式会社)入社
1999年2月より公開引受部にて、IPO予定会社の上場までのコンサルティング、主に内部管理体制整備、取引所審査対応、資本政策策定等に関するIPO全般のアドバイス業務を提供
2007年9月 第四公開引受課長
2009年3月 副部長、同年9月、副部長兼大阪公開業務課長(現 大阪公開引受課長)東海・北陸・近畿地区の公開引受業務を担当
2015年9月より企業公開・投資銀行本部 担当部長として、本部内のIPO業務に関する戦略立案及び支援業務を担当
2017年4月 三井住友銀行 成長事業開発部 上席推進役 ベンチャー企業及びIPO予定企業の支援業務
2021年1月 SMBC日興証券株式会社を退社
2021年2月 パートナーズSG監査法人(現有限責任パートナーズ綜合監査法人) IPO戦略室長に就任

 

https://partners-sg.jp/

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