公開日:2022/03/26
VCの視点から考える「スタートアップ」と「ベンチャー」の違いとは
西中孝幸さんの記事
イントロダクション
公認会計士のキャリアパスの一つとして、スタートアップのCFOへの転身を視野に入れる人が、10年前に比べると徐々に増えてきていると感じます。スタートアップのCFOの役割は多岐に渡り、コーポレート体制の整備からファイナンスまで、様々な役割が求められます。
私は、ベンチャーキャピタル(VC)JAFCOで10年以上、スタートアップ支援に携わってきました。また、投資先の人材採用支援を行うなかで、スタートアップに転職したい方の相談も多数受けてきました。
その中で感じるのは、スタートアップという言葉の社会的認知が上がった反面、実態を理解している人はまだまだ少ないということです。転職先にスタートアップを選んだものの、後からイメージしていた仕事とのギャップに直面し「こんなはずじゃなかった」と思い悩むケースも多々見られます。
転職のミスマッチを減らすためにも、VCの視点から皆さんに役立つ「スタートアップ」の実態を少しでもお伝えできればと考えています。
スタートアップに関する情報をより正確にお伝えするために、まずは言葉の定義から明らかにしていければと思います。日本ではしばしば、「スタートアップ」と同じ意味で「ベンチャー」という言葉が使われます。
「スタートアップ」と「ベンチャー」は似て非なるものですが、定義についてはいろんな説があるようです。2つの言葉の使い分けや意味の違いを理解しておけば、スタートアップやベンチャーを自分のキャリアとして検討する際に、相手企業の実態を把握する糸口として役立つはずです。
「スタートアップ」と「ベンチャー」、この2つの言葉はどう違うのか、私なりの目線からお話ししていきます。
「生命体」である企業の実態に即した分類の難しさ
最初に結論をお伝えすると、「スタートアップ」と「ベンチャー」という言葉の定義を統一するのは非常に困難です。インターネットで調べてみただけでも、語源やビジネスモデルの違いなど、メディアによって定義づけが異なっているようです。
今回は用語の定義について深掘りするのではなく、あくまでVCの視点から見たスタートアップやベンチャーといった言葉の背景にある「企業の状態の違い」をお話していければと思います。
その前に、前提として「そもそも企業とは何なのか?」という問いを一緒に考えてみましょう。
「企業」を構成する大きな要素は、「人」です。創業者、経営者、社員といった様々な人で構成されており、時間軸によって入れ替わりや増減が生じます。そう考えると、企業も人と同じく、進化・成長・衰退といったライフサイクルを伴う「生命体」として認識できると思います。
私たちの体の細胞が日々新陳代謝をしているように、社会の変化や構成員の変化に合わせて企業の状態は常に変化し続けています。そのため、「スタートアップ」のように企業の状態を示す用語を正確に使うのであれば、その時々の状態に合わせて言葉を変える必要があります。
ただ、そんな厳密なことを言い出してしまうと、何の話もできなくなってしまいます。現実的ではありません。
企業の状態を表すために教科書的な分類を使うとすれば、以下のような項目で説明されることが多いようです。
・資本金
・設立年数
・組織規模
・上場/非上場
・ビジネスモデル
インターネット上の記事を中心に調べてみると、設立年数2〜3年程度の企業をスタートアップ、設立から5年程度の企業をベンチャーと定義する記事も見受けられました。
一つの考え方ではあると思いますが、日本で年間に新設される法人の数が13万社に上ることを考えると、設立年数の浅い企業全てをスタートアップやベンチャーとして捉えるのは実態に即していないように感じます。
第二創業という言葉もあるように、それこそ設立10年くらい経ってから、革新的なビジネスに取り組む企業もたくさんあります。
スタートアップやベンチャーという言葉は、人によっても認識が異なり、かつ時間軸でも変化していく”あいまい”な概念です。言葉のイメージにとらわれずに、まずは各企業の実態を知るところから始めていく方が転職時のミスマッチが少ないように感じます。
スタートアップとベンチャーの違いを知る上で役立つ3つのキーワード
スタートアップの実態について、ベンチャーと対比させながら、さらに詳しく掘り下げていきましょう。あくまでも私の認識ですが、スタートアップとベンチャーの違いは3つのキーワードで表せると考えています。
・イノベーション:「新市場」での挑戦か
・パブリック:社会への影響力を重視するか
・スピード:成し遂げたいビジョンや目的に対して時間軸をどう捉えているか
イノベーション:「新市場」での挑戦か
一つ目の基準が、「新市場」であるかどうか、という点です。ここで言う「新市場」には、2つの見方があります。
- テクノロジーによる進化が起きるか
- 新たなライフスタイルの変化がうまれるか
1については、恐らく多くの人が理解しやすいでしょう。たとえばポケットベルが携帯電話になり、そしてスマートフォンに変わっていったように、テクノロジーの進化によって、これまで出来なかったことが出来るようになることです。
2については、少し分かりづらいかもしれませんが、コロナ禍の影響によるライフスタイルの変化をイメージしてもらえたらと思います。
新型コロナウィルスの流行拡大に伴って、多くの企業がリモートワークを導入していきました。結果として、従来は対面でしか提供されていなかったサービスでもオンライン化が期待されたり、人とのコミュニケーションがオンライン主体になったり、といった変化が生まれした。そのような時代の変化に即したニーズに対応して新たに生まれた市場が2に該当します。
より具体的な例として、イノベーション研究でもよく取り上げられる、日清食品の創業者である安藤百福氏の「インスタントラーメン」の発明について考えてみたいと思います。
戦後の寒空の中、1杯のラーメンを食べるために人々が長い行列を成している姿を見た安藤氏は「お湯があれば家庭ですぐ食べられるラーメン」を作ろうと決意し、1年がかりでチキンラーメンを開発しました。この発明品はまさに、戦後の復興によって生じたライフスタイルの変化に合わせた新市場への挑戦であり、大きな食の革命だったわけです。
逆に言えば、今の時代にどこよりもおいしいラーメンを作り出した店があったとしても、先ほどの基準からすると「新市場への挑戦」とはいえません。どれだけ画期的なおいしさであったとしても、1と2どちらにも該当しないからです。
ただし、たとえばラーメンが全く普及していない海外市場に参入して、新しい食文化を根付かせることができたとすれば、その地域のライフスタイルに変化をもたらす「新市場への挑戦」と解釈できると思います。
「新市場」に挑戦し続けるビジネスは非常に困難です。いくら新しいものを始めたとしても、時代の変化とともにやがてスタンダードに変わり、いずれは古くなっていきます。
VCの目線から言うと、スタートアップとは「新市場」に挑戦するために、自社のリソースのほとんどを注ぎ、かつ自分たちが掲げたビジョンや目標の達成に向けて事業展開をさらに加速させるべく、外部資金の調達を目指す企業だといえるでしょう。
一方、ベンチャー企業は必ずしも「新市場」に挑戦しなくても成立する企業といえます。たとえばアフィリエイトの運用で収益を得たり、デジタルマーケティングで売上を上げたりと、既存のビジネスモデルを活用し、効率化することで収益を生み出している企業が多く見られます。
パブリック:社会への影響力を重視するか
先述した通り、スタートアップは「新市場」に挑戦し続ける企業です。社会にインパクトを与えるような革新性を持ち、その実現を加速させるためには外部からのリソース調達を積極的に行う傾向があります。
たとえば、今までにない新しいCtoC向けのアプリを提供しているスタートアップがあるとします。自社リソースだけでアプリを提供し続けた場合、売上1000億を達成するには10年かかる計画です。しかし、もし100億円を外部から調達できれば、必要な人材の獲得やマーケティングへの投資にアクセルを踏むことができ、目標売上を5年で達成できる可能性が見えていたとします。
その会社が100億円の外部資金を調達するためには、当然のことながら、膨大なコミュニケ―ションコストがかかります。また、調達後も株主に対する説明責任が生じます。そういったコストや責任を背負ってでも、自分たちのサービスを世に広め、社会にインパクトを与えたいと考えているのがスタートアップの特徴です。
社会への影響力を重視しているスタートアップの場合、IPOを目標にしているケースが多く見られます。なぜならIPOを実現することで社会からの信用度が増し、自社のサービスをより多くの人に広めやすくなるからです。外部調達も容易になり、さらに事業を発展させて、自社サービスを社会の一部へと変えていくことができるでしょう。
「企業は社会の公器である」という松下幸之助氏の言葉がありますが、次の時代にふさわしい社会を作っていくという意識がスタートアップの場合は強いといえます。
一方、ベンチャー企業の中には、社会への影響力よりも、自社の経営の安定や社員の働きがいを高める施策により強い関心を向けている場合もあります。こういった企業の場合、金融機関からの借り入れなどは行うものの、事業成長というアクセルを求められる外部からの大型の資金調達は検討しないケースが大半です。
スピード:成し遂げたいビジョンや目的に対して時間軸をどう捉えているか
新市場に挑戦し続けるスタートアップの場合、事業の成長スピードに対する感覚がシビアです。時間が経てば経つほど、新たなプレイヤーがどんどん現れ、競争が激化していきます。特にビジネスとして期待されているマーケットであれば、スタートアップに限らず、大手企業の参入も考えられるでしょう。
新市場での競争に勝ち抜くため、スタートアップは、コミュニケーションコストを支払ってでも外部調達をして、事業の成長を加速させようと取り組んでいます。そのため、意思決定やPDCAの速度がとにかく速く、目標に向けてアクセルをべた踏みしている状態だといえます。
対して、ベンチャー企業の中には、既存の市場の中での収益性にフォーカスしている企業も存在し、スタートアップほど事業の成長スピードを重要な指標としていません。それよりも、企業が安定して存続できる収益をいかに生み出すかを重視しています。
もちろん大手の企業に比べると、組織が小さい分小回りが利くため、意思決定やPDCAのスピードは早めです。とはいえ、”Winner takes all”と称される新市場に挑戦しているスタートアップに比べると、スピード感はゆっくり目だと思います。
スタートアップへの転職を決める際、時間感覚のズレは後々大きな課題として浮かび上がってくるポイントです。最初にお話しした通り、スタートアップという言葉は「企業の状態を表す流動的な概念」のため、転職を決めた時点の状態が1年後2年後、そのままという保証はありません。
とはいえ一つの目安としては、「自分が転職を考えているスタートアップがVCなど外部からの資金調達を行っているかどうか」、あるいは「これから資金調達の予定があるかどうか」が分かれば、その会社の傾向をつかみやすくなります。どちらかに当てはまる企業であれば、スタートアップの傾向が強く、事業の成長スピードを重要な指標にしていると考えられます。
最後に
「イノベーション」「パブリック」「スピード」という3つのキーワードを軸に、スタートアップとの特徴をベンチャーと比べながらまとめてみましたが、どちらがいい悪いということを言いたいのではありません。
ただ、これからスタートアップと転職者とのミスマッチを減らすためには、それぞれ目指すゴールの方向性やビジネスモデルが違うということを理解した上で
「自分(転職者)は何をしたいのか?」「この会社は何を目指しているのか?」
という問いにきちんと向き合っておく必要があるのではないかと考えています。
私たちVCとしても、スタートアップの理念や考え方まできちんと理解した上で、スタートアップに挑戦してくれる方がが増えるのは喜ばしいことです。だからこそ、スタートアップやベンチャーといった言葉のイメージだけにとらわれずに、スタートアップ周りの環境のことを皆さんにもっと知って頂けるように、これからも情報を発信していきたいと考えています。
これからスタートアップへの転職を選択肢の一つとして考えている皆さんのお役に立てれば幸いです。
▼VC視点から見た「スタートアップ」というキャリアパス:他記事一覧▼
(他記事も合わせて読んでいただくことで、より理解が深まります)
この記事を書いた人
新卒でJAFCOに入社。VC投資、ファンドレイズ、M&A、投資先支援といった幅広い業務を経験。
2014年より、シード・アーリステージを中心に30社以上の投資先支援担当として、事業開発、業務提携などに貢献。
2017年から、採用支援に携わり、これまでにエグゼクティブクラスを中心に面談を実施。投資先のコアメンバー採用において多数の採用支援実績あり。
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