公開日:2022/08/16
No.14 2022年上半期 新規上場市場を振り返って
中村和郎さんの記事
2022年上半期も、ロシア・ウクライナ危機、円安、物価高、株価の下落等いろいろなことがあった半年でした。現在の為替は1998年以来の円安水準で、1998年は日本の高度経済成長を支えた長期信用銀行3行のうち、日本長期信用銀行と日本債券信用銀行が破綻した年でした。バブル崩壊後の巨額の不良債権が重しとなって破綻し、日本の金融システムが崩壊したことによる信用不安が円安の要因となりました。
因みに、前年の1997年には山一證券の自主廃業、北海道拓殖銀行、三洋証券の経営破綻があり、さらに、1998年の金融不安に拍車が掛かっていた背景があります。
日本長期信用銀行は後に、投資ファンド・リップルウッドに売却され、2000年に新生銀行として再スタートし、2004年2月に再上場(IPO)を果たしております。日本債券信用銀行は、同様に、ソフトバンク、オリックス等の投資グループに売却され、2001年にあおぞら銀行として再スタートし、その後、ソフトバンクから投資ファンドサーベラスに売却され、2006年11月に再上場(IPO)を果たしております。
長期信用銀行のもう一行、日本興業銀行は、後に第一勧業銀行、富士銀行と合併し、みずほ銀行となりました。
当時はこのような金融不安が円安をもたらしましたが、明らかに今回とは背景が異なり、本来円安ならば、製造業を中心とした輸出産業が海外に輸出し、外貨を稼ぐことで為替がバランスされるはずですが、長年の海外工場移転により、外貨を稼ぐことができなくなっている日本の現状があると思われます。
このような環境下でも、2022年上半期の新規上場社数は昨年の上半期比で16社減少したものの37社となっております。昨年から新規上場社数は減少しておりますが「表1 月次新規上場社数の推移」の過年度の上半期計によると、2017年~2020年の上半期計と遜色はなく、年間で90社前後の新規上場社数が見込める水準であります。
昨年及び今年の特徴その1は、「表2 月次新規上場社数及び期越社数の状況」の通り、2020年上半期の期越上場比率は35.3%でしたが、2021年上半期は58.5%、2022年上半期は59.5%と半数以上の企業が期越上場となっていることです。期越上場とは、申請期中に上場せず、申請翌期から株主総会開催日前日までの間に上場する場合のことです。
恐らくですが、①株式市況が良くないことで計画通りのバリュエーション、調達が可能な時期を見極めていること、②コロナ禍、ロシア・ウクライナ危機等で、事業環境が不透明なため、業績見通しの立案が難しいこと、かつ、慎重な判断を要することが大きな理由と思われます。
従って、この2年間は例年より、申請会社及び主幹事が慎重に上場時期を見極めたため、期越え上場銘柄の比率が高くなっているものと推測しております。
今年の特徴その2が、情報・通信業の新規上場社数の減少です。
昨年まで米国株中心に情報・通信系のアップル、マイクロソフト、エヌディビア等ハイテク株が大きく上昇しておりましたが、2022年に入ってから、FRBのインフレ抑制のための利上げに対する株式市場に対する価格調整で、情報・通信系セクターの株価は大きく下落しました。日本国内においても同様で情報・通信系セクターは昨年よりバリュエーションが低く設定され、頭打ち状態であることが、新規上場社数減少の要因のひとつと考えられます。
「表3 新規上場会社 業種別の状況」の通り、2022年は脱コロナで人的サービスが動き始め、サービス業が37.8%に拡大、一方、情報・通信業は27.0%と大幅に減少しております。
今年の特徴その3が、時価総額や調達額の大きな企業のIPOが存在しないことです。「表4 新規上場会社 時価総額の分布状況」の通り、2021年は時価総額500億円以上の企業が11社上場しましたが、2022年上半期は全くありません。2021年の時価総額の中央値は約81億円であるのに対して、2022年上半期は約55億円と大幅に下がったことが今年の特徴です。株式市場が不透明であることから情報・通信系を中心としたバリュエーションが上がらず、ファンド系、子会社上場の大型銘柄が上場を見送っていることが大きな要因のひとつと思われます。
「表5 新規上場会社 資金調達額の分布状況」の通り、2021年は100億円以上調達した企業が14社ありましたが、2022年上半期は全くありません。資金調達額の中央値も2021年は約20億円弱であるのに対して、2022年上半期は約9.5億円と半分の調達しかできていないのが現状です。これも、時価総額同様に大型案件が上場を見送ったことが大きな要因でしょう。
しかし、そんな新規上場市場の中でも、市場から大きく評価されている銘柄がいくつかあります。個別銘柄を検証すると、市場から評価される企業の特徴が見えてきます。
「表6 2022年上半期 時価総額UP率ランキング」をご覧ください。このような株式市況でもランキング上位の企業は大きく時価総額を上げているのです。上場時の公開価格のバリュエーションが安い云々ではなく、予想を遥かに超えた投資家からの評価を得ていると言えるのです。言い換えれば、需要(投資家の購入希望)に対して、供給(公開株式数)が追い付かないから、株価が上昇していることになります。それが上場後も継続しているから、株価は上昇し続けたことになります。
因みに、2022年上半期の6/30現在の株価において、公開価格を上回っていた企業数は19社、下回っていた企業は18社です。中央値は公開価格に対して1.1%upの結果です。決して公開価格が安すぎるとは言えない結果です。さらに、6/30現在の株価において、初値を上回っていた企業数は8社、下回っていた企業は29社です。中央値は初値に対して16.2%downの結果でした。
「表6 2022年上半期 時価総額UP率ランキング」ベスト5のうち、時価総額規模が小さくて受給バランスだけで時価総額が上昇している要因を排除するために、時価総額が100億円以上の銘柄で検証しますと、1位のANYCOLOR㈱は、Vtuberグループ「にじさんじ」の運営を手掛けている企業で、Live Streaming、ライブイベント、プロモーション、コマースのビジネスから成り立っております。売上高成長率、営業利益率が高いこと、IPOでは初のVtuberビジネス上場ということから、他社との差別化された独自性が高く評価された結果と言えるでしょう。
次に、3位の㈱イーディーピーですが、単結晶ダイヤモンドとその関連素材の製造・販売・開発を手掛ける会社で、天然では得られない高純度で大型のダイヤモンドを単結晶で量産できる技術を実用化した独自性、差別化ができる企業です。宝飾用、工業用として世界各地に輸出されております。高い成長性、高付加価値製品のため利益率も高く、生産能力が拡大すれば、さらなる成長が見込める企業です。
3社目が5位の㈱M&A総合研究所で、DX・AI技術を活用したM&A仲介事業の会社です。AIマッチングアルゴリズムにより、人間では困難なマッチング・スピードで他社と差別化しております。そのため、スピードマッチング、異業種マッチング、債務超過企業のマッチング等、同業他社の仲介業者ではできない案件の成約を実現しております。
ご紹介した3社は、ビジネスモデルの独自性・差別化ができていること、高い成長性と収益力がある点が共通しております。
新規上場のグロース市場の根本思想である高い成長可能性において、ビジネスモデルの独自性から他社と差別化ができているため、投資家は競争力優位(業界における位置付けにおいて優位)であると判断しているように思われます。従って、ビジネスモデルの優位性は、将来の業績予想の裏付けの重要な要素のひとつになっていることでしょう。実績の成長力と会社公表の業績予想だけでは、真の会社の成長力を予想するのは難しいですが、差別化された優位性のあるビジネスモデルの裏付けがあれば、数年先に高成長を予想して、多くの投資家が投資しても不思議はありません。
皆さんも、IPOを目指す企業の経営者に、ビジネスモデルの差別化を行い、優位性を確保することが重要であることを説明するひとつの材料としてご案内してみてはいかがでしょうか?
以下2022年上半期までのデータを記載しますのでご覧ください。
この記事を書いた人
有限責任パートナーズ綜合監査法人は、2013年に設立された法人です。私達はこれまで会社法監査などの法定監査を中心に行って参りました。今後は、昨今の株式上場(IPO)のニーズを踏まえ、経済社会を支える一員として、上場企業監査及び上場準備監査(IPO監査)を行って参ります。
以下、執筆者略歴
1988年に日興證券株式会社(現SMBC日興証券株式会社)入社
1999年2月より公開引受部にて、IPO予定会社の上場までのコンサルティング、主に内部管理体制整備、取引所審査対応、資本政策策定等に関するIPO全般のアドバイス業務を提供
2007年9月 第四公開引受課長
2009年3月 副部長、同年9月、副部長兼大阪公開業務課長(現 大阪公開引受課長)東海・北陸・近畿地区の公開引受業務を担当
2015年9月より企業公開・投資銀行本部 担当部長として、本部内のIPO業務に関する戦略立案及び支援業務を担当
2017年4月 三井住友銀行 成長事業開発部 上席推進役 ベンチャー企業及びIPO予定企業の支援業務
2021年1月 SMBC日興証券株式会社を退社
2021年2月 パートナーズSG監査法人(現有限責任パートナーズ綜合監査法人) IPO戦略室長に就任
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