公開日:2023/01/24
M&A実務における資本金の額
大久保隆史さんの記事
はじめに
株式会社における資本金の額は、過去には最低1,000万円と旧商法で定められていました。しかし、2006年会社法改正により、会社設立時の資本金の最低金額に関する定めが撤廃され、現在は資本金1円でも株式会社を設立できます(定款認証や登録免許税などの費用支払は必要)。
その他、会社法学習者であればご存じのように、旧商法・会社法ともに、資本金5億円以上の会社(または負債が200億円以上の会社)は「大会社」と位置付けられ、会計監査人設置義務を負います。
実務では会社法以外にも税法を始めとする他の法律や行政制度が、資本金の額に関係してきます。特に、LBOスキームにおいて、SPCの資本金や、SPCと投資先会社と合併後の資本金の額をいくらにするかは、各種法律や許認可などによる影響を検討した上で決定します。本日は、資本金の額が与える影響について解説します。
税法における資本金1億円以下の中小企業者
税法では、資本金1億円以下などの要件に該当する会社を中小企業者とし、税制上のさまざまな優遇措置を受けることができます。したがって、まずは資本金1億円以下とすることが一般的な選択肢として考えられます。
各種優遇措置のうち、投資やM&A時に影響の大きい項目は以下の2点です。
① 事業税の外形標準課税の非適用
資本金の額が1億円超の法人は、事業税の外形標準課税が適用され、付加価値割などの計算を行ったうえでの税務申告が必要です。資本金1億円以下の法人には適用がありません。
なお、外形標準課税の適用有無により、法定実効税率が異なってきますので、留意が必要です。
② 税務上の繰越欠損金控除に係る制限
資本金の額が1億円超の法人は、課税所得の計算において繰越欠損金を控除する際、繰越控除前の所得の金額に対して50%しか繰越欠損金を控除できません(平成30年4月1日以降開始事業年度)。一方で、資本金1億円以下の法人には全額の繰り越しが認められ、大きな優遇となっています。
M&Aなどで資本金1億円超の会社の財務モデルを作成する際は、必ず留意が必要です。
LBOスキームにおけるコミットメントライン
先日の「LBOとは」では触れませんでしたが、LBOローン活用時は、LBOローン以外の債務併存(LBOローン融資銀行以外からの借入など)が制限されるため、同じ銀行からコミットメントラインを設定することがあります。
コミットメントラインは、銀行が融資顧客に対して一定期間にわたり貸出極度額を設定し、極度額の範囲であれば何度でも資金の借入・返済ができる融資形態です。
コミットメントラインを設定すると、コミットメントフィー(一般に極度額の0.5%/年)が発生しますが一時的な運転資金増加による資金繰りも、一時的な借入により、乗り切ることができます。これにより一時的な要因で返済不能となるリスクも軽減されます。
コミットメントライン契約は「特定融資枠契約に関する法律」の適用対象企業である必要があり、原則、資本金の額が3億円超であることが必要です。したがって、PEファンドからの資本供出額が3億円以下の投資案件では、LBOスキームは採用しうるものの、コミットメントラインは活用できないことになります(その場合は、コミットメントラインではなく、銀行が期間を確約しない当座貸越のスキームが採用されます)。
しかし、資本金3億円超のままでは、前述の税法上の中小企業者としての優遇措置を受けられず、後述の下請法の規制も影響するため、対応が必要です。対応は、単純に資本金の額を減少させる減資手続きをとることです。コミットメントライン契約締結時点において、資本金の額が3億円超であればよいので、その後決算期末前に減資をしても影響は生じません。
下請代金支払遅延等防止法
下請法(下請代金支払遅延等防止法)は、親事業者による下請事業者に対する優越的地位の濫用行為を取り締まるために制定された法律です。
主に、発注者側企業(親事業者)の資本金の額が、1千万円超と3億円超で、規制対象となる取引相手先(下請事業者)の範囲が異なってきます。
自社の資本金が1千万円超であれば、資本金1千万円以下の下請事業者に対する発注取引が規制対象です。
自社の資本金が3億円超であれば、資本金3億円以下の下請事業者に対する発注取引が規制対象となり、大幅に規制対象範囲が広がってしまいます。
下請法での禁止行為は、例えば、「下請代金を納品から60日を超えて支払うこと」や「120日を超える長期の手形(繊維業の場合は90日)を交付すること」が含まれます。これらは、たとえ下請事業者と合意していても、下請法に違反することとなりますので、資本金額を1千万円や3億円を超えて変更する場合には、下請事業者との取引条件を洗い出し、潜在的な下請け法違反の有無を確認する必要があります。
中小企業庁の定める「中小企業」
中小企業庁は、中小企業の育成および発展を図ることを目的とした官庁であり、「事業再構築補助金」などの補助金を始めとする中小企業向けの行政を行っています。
中小企業庁の所管対象となる「中小企業」は中小企業基本法によって定められ、資本金の額又は常時使用する従業員の人数により判定しますが、業種によって基準が異なります。業種により利用可能な補助金が異なりますので、対象となる会社がどのような補助金を受けられるのかを調べることが必要です。
資本金の額または従業員数のいずれかの基準を満たせばよいため、比較的充足は容易ですが、従業員数は短期的に変更できません。従業員数で充足しない場合には、資本金の額を変更して条件を充足する余地があります。
業種分類 |
中小企業基本法の定義 |
---|---|
製造業その他 |
資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人 |
卸売業 |
資本金の額又は出資の総額が1億円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人 |
小売業 |
資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が50人以下の会社及び個人 |
サービス業 |
資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人 |
出所:https://www.chusho.meti.go.jp/soshiki/teigi.html
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この記事を書いた人
アトム・アドバイザリー(株)代表取締役 大久保 隆史(公認会計士)
投資ファンド2社、投資銀行、監査法人での約20年の経験を基に、2020年10月独立。
投資ファンド2社での11年の経験は、ソーシングから投資実行、投資後の成長支援、新たな資本政策実行まで一連の投資プロセスに至る。また、複数の投資先で取締役としての経営参画実績・常駐経験を有する。
現在は投資ファンド、コンサルティング会社、事業会社を顧客として投資及びM&Aに関するアドバイザリー(デュー・ディリジェンス含む)と、企業価値向上支援を提供。複数の企業で顧問・アドバイザーに就任。愛知県名古屋市出身、東京大学経済学部卒業。
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