公開日:2023/02/16
No.17 2022年暦年 新規上場市場を振り返って
中村和郎さんの記事
2022年暦年を終えて1年間の新規上場市場について振り返ります。
2022年2月からロシアのウクライナ侵攻の継続、大きな為替変動【米ドル/円 最高値=151.34(2022/10/21)、最安値=113.72(2022/1/24)、平均=131.52】、物価高、そして株式市況の大きな変動と見通しの不透明感の継続【日経平均株価 年初来高値=29,388.16(2022/1/5)、年初来安値=24,681.74(2022/3/9) 】、さらに今後の景気減速懸念が囁かれ現状に至っております。
米国の政策金利が2022年3月の引き上げ開始以降、今年の6月頃まで継続見通しとなっており、14年ぶりの高水準に達しております。日本においては昨年12月に日銀が長期金利の変動許容幅を従来の0.25%から0.5%に拡大し、事実上の利上げを行いました。これは2021年3月に0.2%から0.25%に引き上げて以来です。米国並びに世界各国の政策金利の今後の動向が、景気、株価に大きく影響することでしょう。
日本の株式市場も4月4日に東京証券取引所、名古屋証券取引所において市場区分の再編が行われました。その結果、旧東証第一部及び東証プライムの市場の新規上場社数が3社(旧東証第一部1社、東証プライム2社)となり、2020年6社、2021年6社から半減しているのは、上場基準の見直しによる流通株式時価総額等の基準が高くなり、プライム市場上場へのハードルが上がったためと思われます。
また、2023年3月からはスタートアップにおける新規上場手段の多様化を図る観点から、東証として新規上場プロセスの円滑化やダイレクトリスティングの環境整備など上場制度等の見直しを実施します。具体的には、それまで取締役会設置からの事業継続年数をプライム、スタンダードで3年、グロースで1年としていたものを、a)取締役会を設置してからの事業継続年数としての経過年数を問わない、次に、それまで上場審査の最終期限は定時株主総会の到来(決算の確定)としておりましたが、b)新規上場申請日から1年の間は、改めて新規上場申請を行わず上場審査を継続できるものとなります。さらに、それまでグロースにおいては新規上場時に500単位以上の公募の実施を求められておりましたが、c)ダイレクトリスティングの導入により、時価総額が250億円以上となることが見込まれる場合には、新規上場に際して公募の実施は求めないものとなりました。その他上場制度等の見直しについては2022年12月16日株式会社東京証券取引所公表の「IPOに関する上場制度等の見直しについて」をご確認ください。
そのような環境下でも、新規上場市場は昨年ほどではありませんが、新規上場社数は着実に積み上がっております。2022年暦年で新規上場社数は昨年累計比で34社減少したものの91社となりました。昨年から新規上場社数は減少しておりますが「表1 月次新規上場社数の推移」の合計によると、2017年~2020年それぞれの年の合計と遜色はなく、6年間の合計の中央値が91社です。
本則市場の新規上場社数は減少している一方で、TOKYO PRO MARKET 銘柄の上場社数は増加傾向(「表2 TOKYO PRO MARKET 暦年別上場社数の推移」参照)にあります。年々新たなJ-Adviserが加わることで上場社数を伸ばしていることが要因と思われます。
※出所:公開資料に基づき有限責任パートナーズ綜合監査法人作成
2022年IPO市場の特徴的傾向についてご説明致します。
1.期越え上場企業社数の増加
2022年IPO市場の特徴的傾向その1は、「表3 月次新規上場社数及び期越え社数の状況」の通り、2020年の期越え上場比率は29.0%でしたが、2021年は39.2%、2022年は44.0%と年々期越え上場社数が増加傾向です。期越え上場とは、申請期中に上場せず、申請翌期から株主総会開催日前日までの間に上場する場合のことをいいます。
「表4 2022年 月次直前期別新規上場社数の状況」では青色網掛けの期越えの会社が毎月のように存在することがわかります。特に、4月及び6月は3月直前期の会社が多く期越え上場していることが特徴的傾向となっております。
恐らく、①株式市況が良くないことで計画通りのバリュエーション、調達が可能な時期を見極めていること、②コロナ禍、ロシア・ウクライナ危機等で、事業環境が不透明なため、業績見通しの立案が難しいこと、かつ、慎重な判断を要することが大きな理由と思われます。
従って、これらの理由から申請会社及び主幹事証券会社が慎重に上場時期を見極めたため、期越え上場社数の比率が高いものと推測しております。
2.情報・通信業の新規上場社数の減少
2022年IPO市場の特徴的傾向その2が、情報・通信業の新規上場社数の減少です。
(「表6 新規上場企業 業種別の状況」参照)
2021年まで米国株中心に情報・通信系のアップル、マイクロソフト等ハイテク企業の株価が大きく上昇しておりましたが、2022年に入ってから、FRBのインフレ抑制のための利上げに対する影響で、景気がスローダウンし、広告収入等が減少しました。株式市場においても、情報・通信系セクターの株価は大きく下落傾向にあります。日本国内においても同様で情報・通信系セクターは昨年よりバリュエーションが低く設定され、頭打ち状態であることから新規上場を見送ったことが要因のひとつと考えられます。
「表6 新規上場会社 業種別の状況」の通り、2022年は脱コロナで人的サービスが動き始め、サービス業が33.0%に拡大、一方、情報・通信業は35.2%に減少しております。
一方、「表7 新規上場中止企業一覧」によると、2022年は新型コロナウィルス オミクロン株の世界的感染拡大、ウクライナ情勢の影響等地政学的リスクの高まり、金利上昇懸念等、株式市場の動向も含め見極めが必要であったことから、9件8社が上場中止を余儀なくされ、AnyMind Group㈱のみは3/11及び12/12の2回中止となりました。2021年の中止は5社でしたから増加傾向です。
中止企業の中で、㈱トリプルアイズ以外は大株主が親会社もしくはファンドが大半で売出比率の高い銘柄となっております。そこで、上場推進するか、中止するかギリギリの選択を迫られていたことが想像できます。8社中5社は時価総額100億円以上で比較的規模の大きなIPO銘柄で、同様に、8社中5社は情報・通信業の会社です。
つまり、裏を返せば、情報・通信業は子会社上場・ファンド系の有望案件が多く、これらが上場を見送った可能性が高く、公表もされず、上場を延期した企業も水面下で存在するものと思われます。
3.中小監査法人の監査契約及び中小証券会社の主幹事契約の広がり
IPO目指す企業に対して大手監査法人が監査契約を締結しない監査難民問題を受けて、2022年の大手監査法人のシェアは低下傾向です。
「表8 新規上場会社 監査法人別の状況(2021年及び2022年)」をご覧ください。中小監査法人の金融商品取引法監査契約の顔ぶれも広がりつつあります。監査契約監査法人数は2021年も2022年も18社で横ばいですが、顔ぶれが変わっており、契約監査法人は広がりつつあります。
また、「表4 2022年 月次直前期別新規上場社数の状況」と「表5 2021年 月次直前期別新規上場社数の状況」を比較してご覧ください。2021年から2022年にかけて、直前期が毎月のように広がっていること、同様に、3月直前決算期のシェアが2021年35.2%⇒2022年28.6%に減少傾向から、監査法人と監査契約を締結するために、決算期変更を行った結果だと推察されます。
監査法人の監査契約と同様に、最近ではIPO予定会社が主幹事証券と契約することが難しくなりつつあり、主幹事証券会社難民も増えております。
「表9 新規上場会社 主幹事証券会社別の状況(2021年及び2022年)」をご覧ください。大手証券会社の主幹事シェアは揺るぎないですが、主幹事証券会社を拝命している証券会社の数は2021年10社⇒2022年12社と拡大しております。
監査法人、証券会社いずれの場合も、IPOに携わる人員が増えておらず、リソースが限られていることが要因です。監査法人にしても、証券会社にしても、手間暇がかかる割には上場会社に比較して、収益が低いIPO業務を拡大はしないためです。難しく経験が必要な業務ですが、そのような理由から専門家が育ちにくい業務環境にあるため課題は多いのが現状です。
4.株式市況低迷による時価総額及び調達額の小型化
2022年の特徴的傾向その3が、時価総額や調達額の大きな企業のIPOが少ないことです。「表10 新規上場会社 時価総額の分布状況」の通り、2021年は時価総額500億円以上の企業が11社上場しましたが、2022年は3社のみです。2021年の時価総額の中央値は約81億円であるのに対して、2022年は約58億円と大幅に下がったことが今年の特徴です。株式市場が不透明であることから情報・通信系を中心としたバリュエーションが上がらず、ファンド系、子会社上場の大型銘柄が上場を見送っていることが大きな要因の一つと思われます。
上場時の調達金額に着目しても、「表11 新規上場会社 資金調達額の分布状況」の通り、2021年は100億円以上調達した企業が14社ありましたが、2022年は3社のみです。資金調達額の中央値も2021年は約19億円であるのに対して、2022年は約11億円と2021年の56%程度しか調達できていないのが現状です。これも、時価総額同様に大型銘柄が上場を見送ったことが大きな要因でしょう。
しかし、そのような新規上場市場の中でも、市場から大きく評価されている銘柄がいくつかあります。個別銘柄を検証すると、市場から評価される企業の特徴が見えてきます。
「表14 2022年暦年 時価総額UP率ランキング(2022/12/30終値ベース)」をご覧ください。このような株式市況でもランキング上位の企業は大きく時価総額を上げているのです。上場時の公開価格のバリュエーションが安い云々ではなく、予想を遥かに超えた投資家からの評価を得ております。言い換えれば、需要(投資家の購入希望)に対して、供給(公開株式数)が追い付かないから、株価が上昇していることになります。それが上場後も継続している企業です。
「表12 2022年 新規上場会社 時価総額UP率の分布状況(12/30終値ベース)」をご覧ください。因みに、2022/12/30現在の株価において、公開価格を上回っていた企業数は57社、下回っていた企業は34社です。中央値は公開価格に対して17.2%upの結果です。決して公開価格が安すぎるとは言えない結果かと思います。
「表13 2022年 新規上場会社 初値時価総額UP率の分布状況(12/30終値ベース)」をご覧ください。さらに、初値を上回っていた企業数は32社、下回っていた企業は59社です。中央値は初値に対して12.0%downの結果でした。
「表14 2022年暦年 時価総額UP率ランキング(2022/12/30終値ベース)」ベスト3の企業で検証しますと、
1位は㈱M&A総合研究所で、DX・AI技術を活用したM&A仲介事業の会社です。AIマッチングアルゴリズムにより、人間では困難なマッチング・スピードで他社と差別化しております。そのため、スピードマッチング、異業種マッチング、債務超過企業のマッチング等、同業他社の仲介業者ではできない案件の成約を実現しているとのことです。
2位は㈱サンウェルズで、パーキンソン病専門の有料老人ホーム運営企業で、単なる老人ホームではなく、難病であるパーキンソン病に特化し、医療保険と障害者総合支援の保険サービスを提供するなど、独自のビジネスモデルが高く評価されております。
3位は㈱イーディーピーですが、単結晶ダイヤモンドとその関連素材の製造・販売・開発を手掛ける会社で、天然では得られない高純度で大型のダイヤモンドを単結晶で量産できる技術を実用化した独自性、差別化ができる企業です。宝飾用、工業用として世界各地に輸出されております。高い成長性、高付加価値製品のため利益率も高く、生産能力が拡大すれば、さらなる成長が見込める企業かと思います。
ご紹介した3社はいずれも、ビジネスモデルの独自性・差別化ができていること、高い成長性と収益力がある点が共通していると考えられます。
新規上場のグロース市場の根本思想である高い成長可能性において、ビジネスモデルの独自性から他社と差別化ができているため、投資家は競争力優位(業界における位置付けにおいて優位)であると判断しているように思われます。従って、ビジネスモデルの独自性は、将来の業績予想の裏付けの重要な要素の一つになっていることでしょう。
株式市場が低迷している中、米国市場が下落すると日本の時価総額上位企業も同様に下落する傾向にあります。一方、IPO企業は独自の優位性で業績を伸ばしているため、一部のIPO企業の株価は上昇しております。
このように、経営のやり方次第では株式市況に左右されることなく、時価総額が上昇するケースもあります。皆さんも、ビジネスモデルの観点から、担当企業とじっくり話し合ってみてはいかがでしょうか?
以下2022年暦年のデータを記載しますのでご覧ください。
再掲
再掲
再掲
再掲
この記事を書いた人
有限責任パートナーズ綜合監査法人は、2013年に設立された法人です。私達はこれまで会社法監査などの法定監査を中心に行って参りました。今後は、昨今の株式上場(IPO)のニーズを踏まえ、経済社会を支える一員として、上場企業監査及び上場準備監査(IPO監査)を行って参ります。
以下、執筆者略歴
1988年に日興證券株式会社(現SMBC日興証券株式会社)入社
1999年2月より公開引受部にて、IPO予定会社の上場までのコンサルティング、主に内部管理体制整備、取引所審査対応、資本政策策定等に関するIPO全般のアドバイス業務を提供
2007年9月 第四公開引受課長
2009年3月 副部長、同年9月、副部長兼大阪公開業務課長(現 大阪公開引受課長)東海・北陸・近畿地区の公開引受業務を担当
2015年9月より企業公開・投資銀行本部 担当部長として、本部内のIPO業務に関する戦略立案及び支援業務を担当
2017年4月 三井住友銀行 成長事業開発部 上席推進役 ベンチャー企業及びIPO予定企業の支援業務
2021年1月 SMBC日興証券株式会社を退社
2021年2月 パートナーズSG監査法人(現有限責任パートナーズ綜合監査法人) IPO戦略室長に就任
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