人と繋がり、可能性を広げる場

公開日:2022/08/02

  • CFO
  • IPO
  • VC・ファンド

公認会計士のキャリアパス、CFOの実態とは【現任CFO×VC対談】

西中孝幸さんの記事

    公認会計士の方のキャリアパスの一つであるCFO。

    前回は、「CFOを目指す会計士なら知っておきたいスタートアップの求人像」というテーマでベンチャーキャピタル(VC)の目線からスタートアップのCFOについてお話しました。

    今回は、アイビーシー株式会社、そして株式会社ジオコードという2社のスタートアップでCFOの職責を担い、それぞれでIPOを果たした経験を持つ公認会計士、吉田知史氏にお話を伺うことにしました。

    これからスタートアップのCFOを目指す皆様にとって参考になる、現場のリアルをお届けできればと思います。

    吉田知史氏のご経歴

    1994年
    等松・トウシュ・ロスコンサルティング株式会社(現:アビームコンサルティング株式会社)入社

    1999年
    公認会計士2次試験合格
    朝日監査法人(現 有限責任あずさ監査法人)入所

    2003年
    公認会計士登録

    2005年
    EYトランザクション・アドバイザリー・サービス株式会社(現 EYストラテジー・アンド・コンサルティング㈱)入社
    (新日本監査法人 (現 EY新日本有限責任監査法人)入所と同日出向)

    2012年
    アイビーシー株式会社 管理部長

    2013年
    アイビーシー株式会社  取締役経営管理部長

    2018年
    株式会社ジオコード 専務取締役CFO(現職)

    スタートアップのCFOとは?具体的な業務内容

    西中孝幸(以下、西中):そもそもスタートアップのCFOがどんな仕事をしているのか、イメージがしづらいという人も多いのではないかと思います。これまでに吉田さんがCFOとして取り組んでこられた業務内容について、具体的に教えていただけますか?

    吉田知史(以下、吉田):以前、西中さんがCPASSの別記事で言及されていたように、スタートアップと一言でいっても成長フェーズに応じてCFOの業務や期待される役割も異なります。

    参考記事:ベンチャーキャピタル(VC)がスタートアップへの投資を決める基準とは

    要するに、まだビジネスモデルが確立していないシードやアーリーの段階なのか、事業戦略がある程度構築され、相応に売上が上がっている段階で上場準備を具体的に開始していくミドルやレイターの段階なのか、ということですね。

    私がこれまでCFOを経験してきた2社は、いずれも後者に当てはまります。それを前提として、お話できればと思います。

    CFOとしての業務内容:入社前に予想していた内容と実態

    吉田:CFOの実態という意味で、よりイメージが伝わりやすいのは前職のアイビーシー株式会社(以下アイビーシー)での経験だと思います。

    監査法人とFAS(ファイナンシャル・アドバイザリー・サービス)での経験を経て、ちょうど43歳のときにアイビーシーに入社したのですが、当時の社内はなかなか大変な状態でした。

    事前に社長からは「上場の直前々期(N-2期)に入っている状態」だと伺っていたわけですが、いざ入社してみると想像もしなかったような課題が山積み状態だったのです。

    具体例を挙げていくと、まず、管理部門には担当者が1名しかおらず、年次決算は行われていたものの、月次決算については概算値集計くらいで、ほぼ手つかずの状態でした。経営データもどこに何があるのか、そもそも何のデータが作成されているのか、詳しい実態を把握できている人が一人もいないという事態に陥っていたのです。

     コーポレート体制に関しても、就業規則など最低限のルールはあるものの、人事評価制度が整っておらず、評価などが属人化している状態でした。そのため、一つずつ細かなルールを策定していく必要がありました。

    このように、手を付けるべき課題は山積みだったわけですが、まずは手伝ってくれる人員を確保しないと始まらないという状態でしたね。

    西中:なるほど。吉田さんが入社される時点では、コーポレート業務におけるマネジメントと上場に向けたプロジェクトマネジメントの業務の2つを想定されていたのではないかと思うのですが、実際は実務者としても関わっていらっしゃったんですね。

    吉田:当時のアイビーシーは従業員数30名弱の小さな会社でしたから、CFOといっても幅広い業務を行うことになるだろうとは予想していました。

    とはいえ、正直なところ、管理部にはもっと人がいると思っていましたし、コーポレート体制ももう少し整備されているんじゃないかと考えていました。今思えば、甘い期待だったなと思います。

    そんな状況下とはいえ、社長の方針としては「できれば2年、遅くとも3年以内には上場を果たしたい」ということでしたし、私としても上場できる旬のタイミングを逃すべきではないと思っていました。

    そこからはもう、てんやわんやです。証券会社に提出するための事業計画を作るにしても、過去に作成されていた事業計画が「気合と根性を言語化しました」といった感じだったため、一切参考にできませんでした。そのため、事業計画のロジック作りから、一つ一つ着手していきました。経営データの探索や収集から始める必要があったため、とても一人で対処できる作業量ではないと判断した私は、社内の他部署を見て回ることにしました。そうして、若手の人材を1か月お借りできるように他部署と交渉するところからスタートしたわけです。

     その他、たとえば会社の事業展開の兼ね合いで、急遽、英語の契約書を作成する必要が出てくるなど、イレギュラーな業務も多々発生しました。毎週のように予測できない論点が発生しては都度対処するという状態だったので、入社して数か月間は帰宅が0時を回るのが常でしたね。

    西中:経営データがどこにあるかもわからない状態からの事業計画作成とは、本当に大変でしたね。

    吉田:初期の事業計画はある程度大胆に、けれど必要とされる要素はしっかりと入れ込んで、根拠の部分を押さえるという点を重視してまとめました。

     幸いなことに、他部署から無事人材をお借りできたので本当にありがたかったです。その方にデータ収集をお任せできたので、会社のビジネスモデルを自分なりに整理しながら、どうにか1か月で作成できました。

    事例を挙げ始めると本当にきりがないんですが、コーポレート体制や人員体制がそれだけ整っていない状態からでも3年7か月で東証マザーズ上場を果たせたというのは、自分の中でも大きな経験だったと思います。

    公認会計士からCFOになるために求められるスキルとは

    西中:吉田さんはこれまで、公認会計士としての知見はもちろんのこと、監査法人やFASでの経験を活かして、CFOの業務をしてこられたのではないかと思います。今までのご経験の中で、特に役立ったと思われるものは何でしょうか?

    吉田:そうですね。正直なところを言うと、全ての経験が今の自分の役に立っているように思います。ムダなことなんて何もないんですよね。

     たとえば、私はもともと実家が町工場でしたし、大学も工学部出身です。ものづくりが身近な環境で生まれ育ったので、細かなパーツを組み合わせて最終形に仕上げていくという発想になじみがありました。そういった一見関係のないようなものづくりの発想も、今の業務に役立っていると感じます。

     また、監査法人では大手メガバンクグループの監査を担当していた経験が非常に大きかったですね。メガバンクには非常に優秀な方が多く、会計基準として明確に記載されている点については全く質問されることがありませんでした。その反面、会計基準があいまいな部分に関しては、幾度となく質問を受けました。独自の解釈が加えられた質問も多かったため、そういった内容に対して、論点を的確にまとめ、こちらの回答の根拠を論理的に説明する必要がありました。

     明文化されていないルールに関して議論するわけですから、それこそ様々な会計基準の背景にある思想や思考を駆使しなければ、論理的な説明はできません。今思うと、テキスト通りの会計知識ではなく、現場に合わせた解釈の部分にまで体感で理解が及んだのは、銀行監査の経験あってこそだと思います。

    西中:会計の勉強というと、どうしてもインプット重視になるかと思いますが、実務をやっていくと必ず、そういった議論の余地がある解釈の部分も出てきますよね。吉田さんは銀行監査のご経験からそういった部分を学ばれたんですね。

    吉田:そうですね。その後転職したFASでは、M&Aのプロジェクトごとに毎回チームメンバーが変わる中で、いかにスピーディな組織管理を行い、業務を遂行するかという点でマネジメント力が非常に鍛えられました。プロジェクトマネージャーという立場だったので、企業の財務デューデリジェンスの過程で経営リスクを発見する嗅覚も磨かれましたし、交渉力や幅広い契約書の知識も磨かれたと思います。

    そういった経験が全て、後のCFO業務に活かされているので、繰り返しになりますがどんな経験も無駄はないと改めて思います。

    西中:深いですね。そういえば、CFOの業務の中で特に公認会計士としての強みが活かされている部分はありますか?

    吉田:私自身が過去に経験しているからというのもありますが、上場前後問わず監査法人とやり取りする際には、公認会計士同士の共通言語や共通認識があるからこそ、非常にスムーズに進みやすいですね。

     たとえば会計基準において解釈の余地があるライセンス契約の収益認識などに関しても、会計基準やその解釈を踏まえた上で整理した論点を書面にまとめ、監査法人のパートナーと事前に協議をすませておけば、当日の監査でもめることはありません。

    公認会計士として判断に迷うようなポイントはできる限り早めに洗い出し、監査法人と事前にしっかり協議しておきさえすれば、あまり前例がないような会計処理でも公正かつ妥当な処理と認められます。

    一般的ではない会計処理を必要に応じて選択・適用し、その妥当性や公正性を論理立てて説明することで、事前に監査法人の合意を得ておくという一連の進め方の部分は、まさに公認会計士としての腕の見せ所だと思いますね。

    西中:吉田さんのお話を伺っていると、本当に全ての経験が現在のスキルにつながっているんだなあと言うのがよくわかります。これまでのご経験を振り返って、CFOに特に必須と思われるスキルは何だと思われますか?

    吉田:以前に「CFOの履歴書」という書籍でも書かせて頂いたことなのですが、CFOには次の5つのスキルが必要だと私は考えています。

    ①知力・体力・時の運
    ②コミュニケーション能力
    ③コンタクト・フリーな人的ネットワーク
    ④ビジネスリスク把握のための嗅覚
    ⑤自分自身の原理原則を持つ

    あと付け加えるなら、精神的なタフさも必須でしょう。

    西中:これまでの吉田さんのお話を伺っていると、どれも納得のスキルばかりですね。

    スタートアップにおけるCFOの役割とは:上場前と上場後の違いを比べてみる

    西中:吉田さんは今までスタートアップ2社がそれぞれ未上場の段階からCFOとして働かれているわけですよね。そして上場を果たしたあとも、それぞれの会社でCFOの職務を果たしてこられたかと思います。それぞれの会社の上場前と後とを比べて、業務内容や役割に変化はありましたか?

    吉田:「企業価値に貢献する」というCFOの役割自体は、上場前も上場後も変わりません。業務内容の変化としては、会社の体制にもよりますが、上場後にIRが新しく加わるくらいでしょうか。

     上場前と上場後で大きな変化があるのは、どちらかといえば会社組織のマネジメントの方だと思います。

    上場前のスタートアップというのは、社長がリーダーシップを取り、全員が上場という同じ方向を向いている状態です。そういう意味では足並みが揃っているので、CFOとしてサポートしやすいともいえます。

    逆に、上場を果たした後はどうしても一定期間、組織全体がエネルギー低下に陥りやすい傾向があります。また、営業としても、これまで以上に予算達成に向けて力を尽くす必要があります。要するに、組織として未上場とは比べものにならないプレッシャーを感じてしまう部分があるわけです。そんな状況下で、CFOは未上場時と比べて、これまで以上に社内の調整役としての機能が求められると感じます。

     CFOとして企業価値を高めていくためには、攻めと守りの両面が必要です。

    攻めの部分でいえば、たとえば新規案件を獲得するための営業支援を行ったり、金融機関や大手企業などとのアライアンスの話を進めたりといった行動をしています。

    守りでいえば、ファイナンスはもちろんのこと、コンプライアンスについても上場後さらに気を配るようになりました。「企業は社会の公器」とよく言われますが、そういった公としての意識付けが会社全体に浸透していない状態は、非常にリスクを伴います。インサイダー取引やレピュテーションリスクなど、想定される様々なコンプライアンスの危機に対して最後の防衛線になるのがCFOだと思うのです。

     最近だと、企業に対するサイバー攻撃などのリスクも高まっています。なにかトラブルが起きたら、即座に状況を把握し、対策を練り、プレスリリースを打って顧客に伝えるといった一連の対応を全て早期に行わなければ、ますます被害が拡大するばかりです。

    コンプライアンスに関する事件が万が一起こった場合、真っ先に責任を取るのは企業の守りを担うCFOの役割だと私は考えます。だからこそ必要以上にリスクを恐れるというのではなく、CFOとしてしっかりと日頃から対策を考え、アクションを起こしていくべきだと思うのです。

    西中:以前から、吉田さんは企業価値に貢献するというCFOのスタンスを大切にされている方だと思っていましたが、こうしてお話を伺うと、そのミッションに対して本当に真摯に向き合っていらっしゃることが伝わってきます。

    公認会計士から見たCFOというキャリアの魅力とは

    西中:公認会計士にとってのキャリアを考えたときの率直な疑問なんですが、たとえば監査法人でパートナー職につけば年収1500万から2000万程度の収入は通常保証されるのではないかと思います。それに比べると、スタートアップのCFOという道を選ぶと、年収がある程度下がるリスクがある上に、業務の負担も大きくなる場合が大半ではないでしょうか。

    恐らく吉田さんも同じような状況にあったと思うのですが、それでもスタートアップのCFOというキャリアを選ばれたのはなぜでしょうか?

    吉田:監査法人やFASというのは、ある意味、黒子的なポジションなんですね。それが悪いと言いたいわけではないのですが、どうしてもクライアントありきの業務ですから、受動的な動きにならざるをえない部分があります。

    その点、スタートアップのCFOであれば、自分から主体的に動くことができます。あとは、会社がどんどん変化していくそのダイナミズムを内側から体感できる点も魅力でした。特にスタートアップは経営がうまく行っていれば加速度的に成長していきますから、「組織は生き物」という言葉の意味を肌で感じることができました。

    報酬面については、確かにアイビーシーに転職した際には大幅に年収が減ったものの、ストックオプションなどの見返りもあるのでそこまで問題視はしていませんでしたね。ただ子どもが小さい中で、家族が理解を示してくれたのは本当にありがたかったと思っています。

    西中:ありがとうございます。確かに、スタートアップの内側にいるからこそ、組織の成長をより身近に感じられるというのはありますよね。では最後に、これからスタートアップのCFOをキャリア選択の視野に入れている公認会計士の方たちに向けて、メッセージなどあればお願いできますか。

    吉田:この記事を読んでおられる方は、おそらく社会人経験をすでに積んでこられた上で、公認会計士の資格を目指している方が多いのではないかと思います。もしかすると、私と同じようにある程度の年齢になってから公認会計士にチャレンジされている方もいるのかもしれません。

    皆さん人それぞれ今いらっしゃる環境は違うかと思いますが、まずは自分から業務の範囲を狭めずに、様々なことにチャレンジして、積極的に吸収していく姿勢を大事にされるといいかと思います。今自分が置かれている環境で幅広い経験を積み、常にベストパフォーマンスを目指していくことで、将来的なキャリアパスも拓けていきます。

    今もし小さな会社にいるのだとしたら、組織全体を見回し、先輩の仕事を間近で見れるチャンスだと考えましょう。顧客との距離も近い小規模な会社だからこそ経験できることもたくさんあります。

     そして、そういったすべての経験があなたの視野を広げてくれるでしょうし、何一つ無駄になることはありません。

    今回お話した内容が少しでも、公認会計士の皆さんのキャリア選択の参考になればうれしいです。

    西中:スタートアップがチャレンジを続けていくための「守り」を担い、企業価値をさらに高めていくための「攻め」の部分までサポートしていくCFOの在り方を私もあらためて学ばせて頂きました。吉田さん、本当にありがとうございました!

    この記事を書いた人

    新卒でJAFCOに入社。VC投資、ファンドレイズ、M&A、投資先支援といった幅広い業務を経験。

    2014年より、シード・アーリステージを中心に30社以上の投資先支援担当として、事業開発、業務提携などに貢献。

    2017年から、採用支援に携わり、これまでにエグゼクティブクラスを中心に面談を実施。投資先のコアメンバー採用において多数の採用支援実績あり。

    https://note.com/vc_jafco/

    新着記事

    LBOとは

    2023/01/10

    LBOとは
    モヤカチ

    2021/07/05

    モヤカチ
    問題解決

    2021/07/05

    問題解決
    PEとVCの違い

    2021/05/10

    PEとVCの違い

    新着記事をもっと見る