上場企業CFOが語る「IRのリアル」:投資家との対話と上場後の経営
上場後、CFOやIR担当者の仕事は本当に大変なだけなのか?株価のジェットコースターに翻弄され、投資家からの厳しい視線に晒される日々……。そんなイメージとは裏腹に、そこには上場企業でしか味わえない強烈な「やりがい」と「面白さ」が存在する。
本セッション「上場企業CFOが語る『IRのリアル』」では、第一線で市場と向き合ってきた5名のプロフェッショナルが登壇。ファシリテーターを務める松下氏が「上場後は大変だという苦労話の時間ではなくて、むしろCFOやIRという仕事のおもしろさとか、やりがいとかも含めて、現場のお話を深堀します」と冒頭で語った。本稿では、投資家との対話で繰り広げられるリアルな攻防と、その先にあるキャリアの醍醐味を、現場の熱量そのままにお届けする。

〈Facilitator〉
松下 剛士|野村證券株式会社 エグゼクティブディレクター
公認会計士。監査法人で7年間会計士として勤務後、野村證券に転職。公開引受部で約15年間IPO支援に従事し、部長職も経験。現在は未上場会社の資金調達支援などを担当。
〈Speaker〉
波多野 佐知子|株式会社じげん 取締役 執行役員
公認会計士。監査法人を経て、ライフネット生命保険のIPO準備を経験。2018年にじげんへ入社し、管理部門を統括。5年前に取締役に就任し、IR業務も引き継ぎ、M&Aを軸とした成長戦略を支える。
藤田 利之|株式会社パワーエックス 執行役 コーポレート領域管掌 CFO
公認会計士。監査法人、ベンチャーCFO、事業再生など多彩な経歴を持ち、レアジョブでCFOとして東証一部上場を実現。50歳を過ぎてパワーエックスに創業期から参画し、2023年12月に自身3度目となるIPOを果たす
堀江 秀治|宝印刷株式会社 執行役員 企業成長支援部 部長
大和証券、東京証券取引所、大手監査法人を経て現職へ。37年のキャリアのうち35年間をIPO支援に捧げ、約250社のIPOをサポート。上場後のIRの悩みにも数多く向き合ってきた、IPOのプロフェッショナル
栁澤 孝旨|株式会社ZOZO 取締役副社長兼CFO
銀行、経営コンサル、証券会社を経て、2006年にZOZOへ。常勤監査役として上場準備を主導し、2007年の上場以降、約20年にわたりCFOとして同社のダイナミックな成長を牽引。
数字の先にあるダイナミズム!CFO・IRが切り拓く会計ファイナンス人材にあたらなキャリア
CFOやIRの仕事は、数字と向き合う地道な業務だけではない。そこには、会社の成長を肌で感じられる、ほかでは得がたい興奮と達成感が存在する。
セッションは、ファシリテーターの松下氏による「IRやCFOを経験し、仕事のやりがいや面白みを感じた瞬間はいつか」という問いかけからスタートした。
ZOZOの栁澤氏は、CFOとしてのキャリアを振り返り、「時価総額は上場初日終値の約350億円から、最上限で1.5兆円まで拡大しました。そのダイナミズムを経験できたのは非常にやりがいがあったし、結果も出た。これはやっぱり上場企業じゃないと経験できない仕事だと思います」と語る。公開時約200億円から始まった企業価値が1.5兆円にまで飛躍するプロセスは、まさに上場後の経営の醍醐味と言えるのだ。
一方、じげんの波多野氏は、会計士からIR担当者へのキャリアチェンジを経て知った仕事の面白さを明かす。。経理業務が「過去の数値や他社事例、開示のひな型などを参考にして正解を探す作業」であるのに対し、IRは「自社のストーリーを投資家にいかに伝えていくか」という、全く異なる発想が求められる仕事だと指摘する。「最初は発想の転換がうまくできませんでしたが、答えのない中で自ら思考を巡らせ、価値を届けていくアプローチは自分の肌に合っていると感じています」と述べた。
IRは資格試験などで体系的に学ぶものではなく、実務を通じて習得していく領域である。一方で、財務諸表や数値を正しく読み解き、事実に基づいて説明する会計スキルは、投資家との期待値コントロールにおいて大きな強みとなる。会計に加えてファイナンスの理解を深める継続的な学びが不可欠だが、会計ファイナンス人材の可能性を広げる新たなキャリアパスとして提示された。
3度のIPOを経験したパワーエックスの藤田氏は、IPO達成の瞬間を「管理部門のメンバー含めて一体感が出て、圧倒的な達成感が得られる。お祭り的なイベント」と表現する。日々の経理業務や決算業務のような区切りのない仕事の中で、IPOは明確なゴールであり、そこで得られるアドレナリンが「もう1回やりたい」というモチベーションに繋がると語った。

逆風下こそ問われるIRの誠実さと信頼回復力
株価が好調なときは、投資家との対話もスムーズに進むかもしれない。しかし、CFOやIRの真価が問われるのは、業績が悪化したり、株価が下落したりといった「逆風」に直面したときだ。
ファシリテーターの松下氏は、株価が下落した局面や決算が市場期待を下回った際に、投資家との対話で何が起きるのかを問いかけた。
藤田氏は、株価下落時に社内から「どうにかしろ」と言われるプレッシャーを明かしつつも、「投資家から1回でも『この人たち、信じられない』と思われると、その失った信頼を取り返すのには何倍もの実績と必要です」と、安易な株価対応のリスクを指摘。
重要なのは、短期的な株価に一喜一憂せず、「中長期的なビジネスの成長性について、丁寧に根気よく話すこと」だと強調する。
この点について、栁澤氏はIRの基本スタンスとして「自社株の『誠実な営業マン』であること」が重要であると説いた。
「業績が悪くなるとIR活動をやめたりする会社もあるが、逆にそういうときもスタンスを変えず、だめなものはどうしてだめだったのか、その先どうなるのかを誠実に対話していくことが一番大事」と述べた。
その姿勢こそが「ZOZOは嘘をつかず、誠実に対応する会社」というブランディングにもつながったという。さらに、投資家や株式市場を重視する考え方を経営陣が理解していることが、IR活動の大きな支えになっていると付け加えた。

続いて、波多野氏は、「M&Aによる非連続な成長は、アナリスト予想や株価に織り込まれにくい」という実感を語る。それでも、上場以来35件ほどのM&Aの実績を踏まえ、「M&Aがいかに当社の成長を作っているのかを投資家に根気強く伝え続けている」と明かす。
一方で、コロナ直後にはのれんの大幅減損により赤字を計上し、「一度投資家の期待値を下回ると、信頼回復は非常に大変」と振り返る。その後は、減損テストの結果をIR資料に盛り込み、いかに減損可能性の低い状態にあるかを、会計士としての知見を活かして説明を重ねてきたという。
波多野氏は、こうした継続的な開示と対話の積み重ねによって「ようやく信頼の回復が少しずつできている」と述べた。
未来を語るために。IR担当者に求められる3つの必須スキル
では、こうした高度な対話が求められるIRのプロフェッショナルになるためには、どのようなスキルが必要なのか?
松下氏は、「IRに関して、上場を見据えている会社の担当者にどのようなアドバイスをしてるのか」と、事業会社とは反対の視点から議論をさらに展開した。
IPO支援のスペシャリストである宝印刷の堀江氏は、IR人材の育成が難しい理由について、「明快なメソッドが確立されているわけではない」と指摘する。
そのうえで、若手IR担当者やチームリーダー手前の実務担当者がまず身につけるべきスキルとして、次の3つを挙げた。
1. 財務会計の理解
財務諸表を読み解き、「過去の業績や財務状態を正しく把握する力」。
2. 管理会計の理解
事業計画、予算、KPIなどの将来に関わる数字を理解し、「推論立てて外の人にわかりやすく説明できる能力」。
3. 高度な開示資料の作成能力
IRは必ず、開示資料に結びつく。だからこそ投資家をはじめ外部の幅広いステークホルダーに対して「会社の情報を誤解なく伝える資料を作成する力」。
IRの仕事には、明確な教科書や決まった育成メソッドがあるわけではない。だからこそ堀江氏は、若手IR担当者がまず磨くべき力として、過去の数字を読み解き、将来の数字を筋道立てて説明し、それを開示資料としてわかりやすく言語化する力が、IR実務の土台になると主張する。マネジメント層に進めば対話力やコミュニケーション力も求められるが、その前提として、この3つの基礎スキルを磨くことの重要性を語った。

さらに藤田氏は、より実践的な視点から「投資家が何をしたいかを理解すること」の重要性を説いた。多くの投資家の目的は「目標株価を作ること」であり、そのための簡単なプロジェクション(業績予測)を自ら作りたいと考えるからだ。
したがって、IR担当者の役割は「相手が作りたいモデルに必要な材料を、開示できる範囲でどう提供していくか。栁澤さんの言葉をお借りすると、自社株の営業マンとして、相手が欲しているものをベースに営業していくこと」だと語った。それは特殊なスキルというよりは、相手の立場を理解し、コミュニケーションを取るという、営業の基本に他ならない。
個性的な経営者とのコミュニケーションで意識すべきことは?
上場企業のCFOは、投資家だけでなく、強力なリーダーシップを持つ創業者やCEOとも向き合わなければならない。
ファシリテーターの松下氏は「そのような上場後の経営者とのコミュニケーション、例えば投資家から受けたフィードバックをどのように伝えたのか、意識したのか」と問いかけた。
ZOZOの栁澤氏は、創業者の前澤友作氏について「ああ見えて数字にものすごい強い人だった」と振り返る。そのため、CFOとしてブレーキをかけたのはキャリアの中で2回ほどしかなかったと言う。一方で、「海外のラージミーティングにトップが急遽参加できなくなるハプニングがあり、それ以来、IRは僕がやることにした」という当時の裏話も披露。経営者との間合いを測り、役割分担を明確にすることが重要であると強調した。
対照的に、じげんの波多野氏は、CEOである平尾丈氏にIRの場へ積極的に出てもらうようにしていると語る。「毎回ではないですが、重要なタイミングでは実際に出ていただいて、自らの言葉で語っていただく。そうすることで一緒に悩みを共有し、ディスカッションしやすくなる」とその狙いを説明。さらに、事業側の役員にもIRに参加してもらうことで、投資家から事業がどう見られているかを肌で感じさせ、役員の育成にも繋げていると述べた。

未来のCFO・IRプロフェッショナルへ伝える4つのアクションプラン
セッションの最後に、登壇者からこれから経営や会計ファイナンスのプロを目指す方々へ、熱いメッセージが送られた。
1. 事業の現場を知る
堀江氏は「その会社の売上を作ってる部門のマネージメント層と必ず面談したほうがいい」とアドバイス。売上が生まれる現場の雰囲気を感じることが、会社を正しく理解する上で不可欠であるとアドバイスを伝えた。
2. 自分の言葉で会社を語る2. 管理会計の理解
波多野氏は「重要なのは、自分がその会社のことをどれだけ自分の言葉で語れるか」だと強調。深い事業理解こそが、説得力のあるIRの源泉となると説いた。
3. 高度な開示資料の作成能力
藤田氏は、会計や法務といった「基軸があるもの」と、人事などの「柔らかいもの」の両輪をどう回すかに悩んだ経験を共有。まずは自分の基軸を固め、そこから他領域の専門知識と掛け合わせてキャリアを広げていくことの重要性を語った。
藤田氏は、会計や法務といった「基軸があるもの」と、人事などの「柔らかいもの」の両輪をどう回すかに悩んだ経験を共有。まずは自分の基軸を固め、そこから他領域の専門知識と掛け合わせてキャリアを広げていくことの重要性を語った。
4. 事業への興味を持ち続ける
栁澤氏は、AI時代にはエンジニアリング、事業、ファイナンスが融合していくと予測。「唯一そこに残るのは事業。事業というものに興味を持っていただくのが非常に大事」と、全てのビジネスパーソンに通じる普遍的なメッセージで締めくくった。
今回のセッションは、CFOやIRという仕事が、単なる数字の番人ではなく、会社の未来を創り、その価値を社会に伝えるダイナミックな役割であることを浮き彫りにした。
セッションは、ファシリテーターの松下氏による「今日語られた現場のリアルな対話が、皆さんの次なる一歩を踏み出すヒントになれば嬉しい」という言葉と、会場からの大きな拍手とともに幕を閉じた。
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