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社会課題×ファイナンス:インパクト志向のキャリアとは?

大手監査法人や外資系証券、大手法律事務所などで高い専門性を築いてきた登壇者たちは、なぜソーシャルセクターやインパクト志向のスタートアップへ飛び込んだのか。本セッションでは、年収減や周囲の反対を乗り越えた背景、そしてその先で得た新たな成長機会やキャリアの広がりについて語られた。

(写真 左から)


〈Facilitator〉

星 直人|株式会社ヘラルボニー 財務戦略顧問、CPAエクセレントパートナーズ株式会社 財務戦略アドバイザー、PIVOT株式会社 社外取締役、コクヨ株式会社 財務戦略アドバイザー
大手証券会社でのM&A業務からスタートアップのCFOを経て、現在は上場企業から非営利組織まで幅広い組織の財務戦略を担う。会計ファイナンス人材の多角的なキャリアパスを自ら体現する存在。

〈Speaker〉

◆五十嵐 剛志|株式会社グロービス KIBOW社会投資ファンド インベストメントプロフェッショナル
公認会計士。会計士としてのキャリアからインパクト投資の世界へ。経済的リターンと社会的リターンの両立を追求する最前線に立つ。

◆岡本 拓也|株式会社LivEQuality大家さん 代表取締役社長
公認会計士。大手監査法人からNPOを経て社会起業家へ転身。困難な状況にある人々の住まいの問題解決に事業として取り組む。

◆玄 唯真|株式会社ヘラルボニー 執行役員CLO
弁護士として金融の最前線で活躍後、ソーシャルセクターの領域へ転身。法務の専門性を軸に、事業成長と社会課題解決の融合に挑む。

◆三浦 美樹|一般社団法人 日本承継寄付協会 代表理事、公益財団法人Will for Japan 代表理事
司法書士として相続の現場に立つ中で社会課題を発見。個人の想いを未来につなぐ「遺贈寄付」の普及に尽力する。

なぜ、その道を選んだのか

セッションは、ファシリテーターの星氏による問いから始まった。
「なぜこのキャリアを選んだのですか?綺麗ごとだけではなく、皆さん何かを捨てていると思う」と投げかけ、華やかなキャリアの裏にある本音を引き出していく。

最初に口火を切ったのは、インパクト投資の最前線に立つ五十嵐氏だ。
「僕はキャリアで全く悩んでないんですよね。気づいたらこの業界にいました」
五十嵐氏は、経済的な豊かさと社会的な豊かさの両立を目指す中で、このキャリアに迷いはなかったと言い切る。会計士として監査法人でのキャリアをスタートさせた後、教育NPOでのプロボノ活動(社会貢献のために無償または低額で行う活動)を通じて、ソーシャルセクターの面白さに気づくと同時に、「会計の限界」にも気づいた。会計というフレームワークでは捉えきれない社会的価値の存在に魅せられ、自然と今の道へ導かれたという。

対照的に、岡本氏の転身は迷いの連続だった。PwCからNPOへの転職では年収が大幅に下がり、周囲から驚きの声もあがった。
それでも「一度きりの人生だからやりたいことをやろう」と決断。
さらに40代半ばで起業へと踏み出したのはコロナ禍がきっかけであり、世の中の混乱を前に「いてもたってもいられない気持ちになった」と振り返った。

弁護士からスタートアップのCLO(最高法務責任者)へ転身した玄氏は、金融の持つ力と、その限界への違和感を口にした。
「社会全体の富を最大化していく」という金融の抽象的な理念に惹かれて弁護士になったものの、目の前のクライアントの巨額の資産が増えていくプロセスを見るうち、「その増えたお金がどこに行っているのかが見えなくなっていた」と振り返る。
この違和感が、より直接的に社会課題と向き合うヘラルボニーへと導いた。プロボノという部分的な関わり方ではなく、自分の時間と人生を賭けてコミットしたいと思い、勢い余って飛び出したと、決断の背景を明かした。

最後に三浦氏は、司法書士として安定したキャリアを築いていた中で起きた意識の変化に触れた。
もともとNPOや社会課題に特段の関心があったわけではなかったが、相続の現場で行き場のない年間約50兆円という巨額の資金が動く現実を前に「課題に気づいてしまった」という。
「課題を知ってしまったら、もうそこから目が背けられなくなった。そうなった時に楽な方に流されないよう、すぐに法人を設立し、自分自身がその課題に向き合い続ける環境をつくった」
そう述べ、自ら法人を設立して遺贈寄付の普及活動へと踏み出していった。

彼らの選択は、事前に設計されたものではない。キャリアの途上で出会った違和感や課題意識に向き合い、決断を重ねてきた結果がそこにはあった。

捨てる覚悟と、想定外の報酬

キャリアチェンジという大きな意思決定の後には、必ず「理想と現実のギャップ」が待ち受ける。星氏は、意思決定の「そのあと」にこそリアリティがあると踏み込み、想定以上に良かったこと、そして想定以上に苦しかったことを登壇者たちに問いかけた。

三浦氏は、NPOという非営利の領域に飛び込んだことで得られた価値を紹介した。
「NPOは稼げないイメージがあるし、確かに年収は減るけれど、それと引き換えに得られるものはたくさんあるんです。通常ビジネスでやったらタッチできないところにタッチできることは、非営利の大きな魅力です」
お金では買えないつながりの価値を、三浦氏は強調した。
一方で、この業界にリスクを取って飛び込んでくる人が圧倒的に少ないという現実の困難さも吐露した。課題に対する応援者は増えても、共に走る仲間が足りない。
これは、ソーシャルセクター全体が抱える構造的な課題といえる。

玄氏は、スタートアップの慢性的な人材不足が逆にポジティブな想定外を生んだと明かす。法務責任者として入社したものの、実際の法務業務は2〜3割程度で、社長と共に商談に出たり、事業戦略に関与したりと、専門領域を超えた役割を担うことで自身のマインドセットも大きく変化したという。

この話を受け、ファシリテーターの星氏も自身の経験を重ねた。
今の仕事をしていて一番良かったと思う瞬間は、子どもから「パパはめちゃくちゃいい仕事してるよ」と言われたことだったという。
「私が今まで色々なM&Aをやってきて、多くの人から凄いねって言われたことの数百倍嬉しいことです。やっぱり自分の大事な家族、子どもたちに自分のやってる仕事を認めてもらえる良さというのはあると思います」
と振り返り、キャリアにおける感情報酬の重要性を示した。
また、スタートアップで自身の専門外の業務をこなす中で「苦しみながら自分が成長して、今の自分がある」と語り、専門性の枠を超え、試行錯誤する経験こそが非現金報酬の本質だとまとめた。

岡本氏は、より厳しい現実を明かした。最初の2年間はPwCを辞めたのが正解だったのか、自問自答を繰り返したという。社会課題を解決しながら事業を伸ばすという、難易度の高いチャレンジの中で、チームマネジメントに苦しみ、うまくいかないことばかりで自分の実力不足を痛感したと振り返る。

「人生とは選ぶということではなく、捨てるということ。選ばなかったもう一方の道も、おそらく正解だったと思う。それとのデッドヒートを繰り広げながらやっていた」

選ばなかったキャリアに対する迷いを抱えながらも、描いたビジョンが仲間と共に実現していくプロセスに、今では何事にも代えがたい喜びを感じていると充実感をにじませた。

五十嵐氏は、キャリアの選択によって後悔のない人生を歩めていることが最大のポジティブな点だと言い切る。
「孫に誇れる仕事をしたい」という彼の軸は、現在の仕事によって満たされている。
しかし、社会性と経済性の両立を目指すインパクト投資は、ある種理想論であって、なかなか現実にするのは難しいと、その困難さを認める。だが、彼は続ける。
「本当に、本当に難しいです。だからこそめちゃくちゃおもしろい」
困難さの中にこそ、挑戦する価値と面白さがあるのだと訴えた。

年収減は損失か、それとも投資か

セッションは、キャリアにおける現実的なテーマである「お金」へと切り込んでいく。
三浦氏が投げかけた「なぜソーシャルセクターの人が来ないのか、本当にお金だけが理由なのか」という問いをきっかけに議論が深まっていった。

玄氏は、転職によって年収が大幅に下がったという現実を認めつつも、生涯収入という長期的な視点では、むしろ伸びしろを感じていると語る。
「将来的な期待感は、実はものすごく上がっているんじゃないかという確信は持っています」
プロフェッショナルファームに残れば、ある程度キャリアの到達点は見えてくる。一方、スタートアップでは、未知の出会いや機会によって将来の可能性が無限に広がっていく。
それは、短期的な損益、つまりPLではなく、長期的な資産形成としてのBS、あるいは将来価値を見積もるDCFでキャリアを捉える視点だ。

この議論に、岡本氏は金融用語の例えで会場を引き付けた。著名なインパクト投資家から言われた「人生はコールオプションである」という言葉だ。
「リスクを取ることによるコストは限定されている。しかしリターンは無限大です」
失うもの、つまりコストは限定される一方、得られるリターンは無限大であるという金融オプションの概念を人生に当てはめた考えだ。
この世界には、金銭的なリターンだけではない、仲間や自己実現といった多様なリターンが存在する。
彼の言葉は、リスクを恐れる心に、ファイナンスの論理をもって勇気を与えるものだった。

一方で三浦氏は、そもそも「ソーシャルセクターやインパクト投資の業界に入ると年収が下がる」といった状態自体を変える必要があると指摘し、「我々の世代でそれを変えていこうと思っています」と力強く宣言した。
社会課題解決が、自己犠牲ではなく、正当に報われる魅力的なキャリアになること。
それこそが、インパクト志向のキャリアが次に目指すべき姿なのだろう。

これらの議論を受け、星氏は「報酬は現金報酬だけではない、このキャリアを選んでいなければ素晴らしい仲間にも出会えていなかった。投資があるから大きなリターンがある。そこもファイナンスの本質で、ファイナンスとキャリアはとても似ていると思う」と述べ、短期的な収入の減少を単なる損失ではなく、将来の大きなリターンを得るための投資と捉える。
個人のキャリア選択から業界全体の構造変化に至るまで、ファイナンスの思考法こそが、インパクト志向のキャリアを切り拓く強力な武器になることを印象付けた。

辞めた後こそ、古巣との本当の関係が始まる

キャリアチェンジは、過去との断絶を意味するのだろうか。セッションの終盤、登壇者たちの口から語られたのは、むしろその逆のストーリーだった。
古巣との関係は、辞めた後も途切れるどころか、より深く、新たな形で共鳴し始めているというのだ。

玄氏は、古巣である西村あさひ法律事務所が、ヘラルボニーのアートアワードのパートナー企業になっている事例を挙げた。
岡本氏も、PwCの財団の評議員を務めるなど、今でも強い繋がりを持っていると語る。かつて雲の上の存在だったPwCジャパンの元代表が、今では彼の事業を応援してくれているという。「古巣に応援してもらえることは本当にありがたいこと」だと、その感謝を述べた。

星氏もまた、新卒で入社したモルガン・スタンレーのアクセラレータープログラムに関わったり、三菱UFJモルガン・スタンレー証券がヘラルボニーのアートを社食に導入してくれたりと、古巣との関係が新たな価値を生んでいることを明かした。
「点と点が、さらにつながっていくところもあると思います」
彼のこの言葉は、キャリアが点ではなく線であり、一見バラバラに見える経験が、後になって有機的に結びついていくことを示唆している。

どこかで本気で積み重ねた経験は、そう簡単には消えない。辞めたあとも、そこで築いた信頼やつながりが、思わぬ形で次の挑戦を支えてくれることがある。キャリアチェンジは、過去を捨てることではなく、これまでの経験を別の場所で活かし直すことなのかもしれない。

何を捨て、何を得るキャリアを選ぶのか?

セッションの最後に、登壇者たちは会場の参加者へ熱いメッセージを送った。

五十嵐氏は「社会課題解決はとても難しい。だからこそ本当におもしろい」と、目の前にある魅力的なキャリアに対して後悔のない選択を促した。

岡本氏は、人生100年時代という長い時間軸の中で、「若いうちに自分自身でリスクを取ってチャレンジすることは、その後の人生を豊かにする可能性が高まる」と会計バックグラウンドを持つ人材への強い期待を語った。

玄氏は、難解な公認会計士試験をクリアしてきたマインドセットがあれば、同じく難解な社会課題解決とビジネスの両立というパズルも楽しめるはずだと、会場の参加者を鼓舞した。

そして三浦氏は、社会課題解決をビジネスにする領域が「社会が変わっていく最前線の景色を見ることができる」「合理的ではない判断ができる世界」であると、その醍醐味を情熱的に語った。

彼らの言葉は、単なるアドバイスではない。自らがリスクを取り、迷いながらも、後悔のない人生を歩んでいるという確信に裏打ちされたものであった。

あなたは、何を捨て、何を得るキャリアを選ぶのか?

その問いの答えは、誰かが教えてくれるものではない。自らの心に問いかけ、一歩を踏み出す勇気の中にしか、見出すことはできないのだ。

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