IPO準備のリアル
お揃いのTシャツに身を包み、事前に飲み会まで開いて一体感を高めてきたという登壇者たち。ステージ上には和やかな空気が漂うが、実際に5名のプロフェッショナルたちが語った「IPO準備のリアル」は生易しいものではなかった。
主幹事獲得の最前線を走る証券会社の営業トップ、上場審査の要となる公開引受部門、スタートアップ特化型の監査法人トップ、そして3度のIPOを牽引してきた事業会社のCFO。さらに、IPO実務を全方位から知り尽くす渡邉淳氏がファシリテーターとして場を回すなど、IPOを成立させるために不可欠な視点が揃い踏みした。
上場のハードルが上がったと噂される昨今、IPO実務のリアルな肌感覚はどこにあるのか。本セッションでは、それぞれの立場から上場準備の実態が語られた。

登壇者プロフィール(写真左から)
渡邉 淳/公認会計士渡邉淳事務所 代表(ファシリテーター) 公認会計士。監査法人や野村證券引受審査部への出向、IPOコンサル経験を経て、株式会社エランのCFOとしてIPOと東証一部市場変更を牽引。現在は社外役員等、多角的な視点からスタートアップのIPO支援に携わる。
北野 千穂/大和証券株式会社 プライベート・コーポレート部長 プライベート・コーポレート部長として、未上場企業のIPOカバレッジを統括。上場検討の初期段階から経営者と向き合い、主幹事獲得からIPOプロジェクト全体の推進を担う。企業の成長ストーリーに伴走し、未来を創る起業家を最前線で支援している。
鈴木 真一郎/ESネクスト有限責任監査法人 理事長 パートナー 公認会計士。グローバルファームを経て、EY新日本有限責任監査法人でIPO部門責任者を歴任。その後、スタートアップ特化型のESネクスト有限責任監査法人を自ら設立し、代表に就任。
※同法人は10月1日付けで「HLB ESネクスト有限責任監査法人」へ法人名を変更いたしました。
土谷 祐三郎/サイバーソリューションズ株式会社 執行役員ファイナンス管理担当 監査法人、PEファンド等を経て事業会社へ転身。銀座ルノアール、Retty、サイバーソリューションズの3社でCFO・管理部門トップとしてIPOを牽引した。
冨田 典義/株式会社SBI証券 公開引受部長 証券会社での豊富なキャリアに加え、大手コンサルファームでのアドバイザリーや事業会社での実務経験を有する。2023年より現職。主幹事獲得後の取引所審査クリアや、ガバナンス体制構築に向けた公開引受を牽引する。
1.「時価総額100億円未満は上場不可」は本当か?
最初のテーマは、スタートアップ界隈で囁かれる「時価総額100億円の壁」だ。
グロース市場では、上場維持基準が「上場5年経過後に時価総額100億円以上」に見直され、2030年3月以降に適用されます。新規上場時に時価総額100億円以上を一律に求めるものではありません。
「その基準に届かない会社は上場できないという噂があるが、現場の実態はどうなのか」という渡邉氏の問いに対し、プロフェッショナルたちの見解は「単に審査基準が厳格化されたわけではない」という点で一致した。
・「審査厳格化」ではなく、求められる「成長の質」が上がった
監査法人で数多くの起業家と伴走してきた鈴木氏は、健全な変化であると主張する。
「今の起業家たちは、上場後の成長に対する意欲が非常に高いです。かつてのように上場した瞬間にモチベーションが切れ、失速するような時代は終わりました。それを証明するように、100億円規模で上場した企業が、翌年には楽にそれを突破していく事例も多いです」

この改革はスタートアップへの締め付けではなく、経営陣の視座を上げさせるためのポジティブな契機だということだ。
SBI証券の冨田氏も、マクロな視点で市場変化の構造を解説する。
「年間130〜140社が上場する『量』の時代は、上場後の成長停滞を招き、海外投資家を遠ざける結果を呼びました。今回の改革は、日本の市場を再生するために避けて通れないメス入れです。審査基準が理不尽に厳しくなったのではなく、市場全体の目線が上がったと捉えるべき。これからは証券会社も発行体も、その目線に合わせた準備が不可欠になります」
ルールが変わったのではなく、市場という評価者のレベルが上がったという分析だ。この議論を受けて、大和証券の北野氏が投資家の視点を代弁する。
「5年で100億円という話が出てから、『証券会社は主幹事を引き受けてくれないのか』という質問をよく受けます。しかし、上場のハードルが上がっている面はあると思いますが、本質的なことは何も変わっていません。投資家が見ているのは昔から一貫して『この会社は上場後に伸びるのか』という一点だけだからです。日経平均最高値の今、投資家にグロース市場へ目を向けてもらうには強い成長ストーリーが不可欠です」
・単なる時価総額ではなく「プロと対話できるスケール」が実務の壁
証券会社や監査法人の責任者が説くマクロな視点に対し、3度のIPOを牽引してきた土谷氏は、事業会社CFOの立場から資本市場のシビアな構造を指摘する。
「論理的には皆さんの言う通りですが、現実には上場後に失速する会社も少なくありません。私がかつてCFOを務めた企業も、コロナ禍で時価総額が下がる苦い経験をしました。ここで直面する最大の課題は、規模が小さいと機関投資家が入れないこと。株主が個人投資家中心になると、安定成長よりもボラティリティが好まれ、株価の動きが論理的ではなくなってしまう。プロと論理的な対話ができる世界に行くには、やはり300億、500億という規模が不可欠です。そう考えると100億円は最低限クリアすべき壁だと痛感しています」

ここまでの議論を聞いた渡邉氏は、「昨今、上場社数が年間60社ほどに減少している」というファクトを引き合いに出し、議論の視点を一段深めた。
「上場社数がこれほど減っているのは、単純に時価総額という『結果のハードル』だけが理由ではないと考えています。管理体制の構築やガバナンス審査、複雑化する会計基準への対応など、上場を目指す企業が『やらなければならない実務プロセス』そのものが急増していることも、社数減少の大きな要因ではないでしょうか」
時価総額という「数字の壁」に、複雑化する上場準備という「実務の壁」が重くのしかかる。渡邉氏のこの問いかけによって、議論はIPO準備プロセスにおける現場のリアルへとシフトしていく。
2.もはや書類づくりだけでは勝てない。激変するIPO実務
かつてのIPO準備といえば、直前期(N-1期)や申請期(N期)には内部統制の構築や膨大な書類作成といった「管理体制の整備」が実務の大きなウエイトを占めていた。しかし登壇者たちが語ったのは、そうした「守り」の実務は当然の前提とした上で、上場直前であってもさらにアグレッシブな成長を追求しなければならないという、IPO実務の実態だ。
・単なる時価総額ではなく「プロと対話できるスケール」が実務の壁
土谷氏は、これまで経験したIPOを比較しながら、上場準備における変化を語る。
「2014年頃は、上場時のバリュエーションをそこまで強く意識していませんでした。しかし最近は、その重要性が信じられないほど高まっています。IPO前に海外へ渡って機関投資家と対話を重ねるなど、走りながら能動的にバリュエーションを上げていく動きが非常に重要になりました。ただ裏を返せば、内部統制などの管理実務の骨組み自体は、本質的には変わっていません。『やるべきことをやる』という点では同じです」
鈴木氏は「ベースの作業は同じでも、CFOに求められる役割そのものが激変している」と、実務現場の“もう一つのリアル”を指摘する。
「今のIPOは、直前期(N-1期)や申請期(N期)であっても、M&Aを仕掛けて成長し続けることが大前提になっています。昔は優秀なCFOが1人いれば、書類を揃えて上場できました。しかし今は、上場前からソーシング、デューデリジェンス、PMI、連結決算を高速で回さなければなりません。M&Aで加わった多様なバックグラウンドを持つメンバーを、組織としてまとめ上げる能力がCFOに強く求められているのです」
・単なる時価総額ではなく「プロと対話できるスケール」が実務の壁
高度化・複雑化する実務環境に対し、SBI証券の冨田氏も、発行体企業側の目線の進化を指摘する。
「会社さん自身が、自分たちの目線を主体的に上げてきていると感じます。ただ単に『形式的に上場したい』という古い感覚ではなく、『上場した瞬間に市場からしっかり評価される会社でありたい』という形へ、経営陣のマインドそのものが大きくシフトしている。これは非常に健全で良い傾向だと思います」
上場社数の減少について、北野氏は上場社数の減少について、企業側の判断という観点から2つの理由を挙げた。
「社数が減っている背景には、私の実感では、大きな理由が2つあります。1つは、グロース市場の評価低迷を避け、期待するバリュエーションに届くまで時期を1四半期や1年後ろにずらす判断をしていること。もう1つは、M&Aなどを実行し、自ら『もっと大きく成長してから市場に出よう』という戦略をとる企業が増えたことです。目先の一年ではなく、M&Aなどを通じて、さらに成長してから上場することを見据えて動いているからこそ、準備期間が長期化しているのです」

現代のIPO準備は、ハイレベルな書類作成だけで完結するものではない。盤石な「守り」の構築を大前提とした上で、 走りながらM&Aで経営エンジンを組み替え、投資家との対話を同時並行で行う、極めて動的なプロセスへと進化している。
ここまでの議論をサポートしていた渡邉氏は、IPOの全方位を知るスペシャリストとしての実感を込め、独自の総括を述べた。
「無理に早く上場して、その後に成長が止まって失速してしまうくらいなら、ある程度会社を大きく育ててから上場しましょうという今の潮流は、本当に市場の目線が上がっている証拠であり、非常にポジティブな変化だと思います」
3.「上場後に証券会社が消える」真因と、成否を分ける経営者の器
議論が中盤に差し掛かると、事業会社を代表して土谷氏から、壇上の証券会社陣へ「本音」がストレートに投げかけられた。
「準備過程では『おんぶにだっこ』と言えるほど手厚く並走してくれるのに、上場を果たした瞬間、証券会社がスーッといなくなってしまう感覚があります(会場笑)。企業が上場後に最も苦労するIRや時価総額向上の相談が、途端にしづらくなる。これはIPOエコシステムにおける、本質的な課題ではないでしょうか」
・「見捨てたのではない」。流動性の低下と組織引き継ぎの壁
壇上の大手証券2社へ向けられたこの鋭い切り込みに対し、両者はビジネスモデルの構造的なジレンマを含めた本音で応じた。
大和証券の北野氏は、上場後の市場環境と証券会社のビジネスのジレンマをこう明かす。 「決して意図的に手を引いているわけではありません。ただ、株価が低迷し、流動性が低い状態が続くと、証券会社としてご提案できる資本市場での施策が限られることがあります。決して手を引いているわけではなく、その中でどのような支援ができるかを考えていく必要があります。見捨てているのではなく、ご提案できることが限られてしまうジレンマがあることは、ご理解いただけると嬉しいです」
続くSBI証券の冨田氏も、組織の内情を率直に語った。「IPOを支援する公開引受部門から、上場後の企業担当部門へバトンタッチする際、どうしても担当者が変わってしまいます。準備期に何年もかけて培った密な信頼関係を、新しい担当者とゼロから作り直すには時間がかかる。その結果『急に相談相手が消えた』と感じさせてしまう。我々も、そう思われないような引き継ぎや組織体制のあり方を痛感しています」
両者の回答は、証券会社のビジネスの構造的な限界を包み隠さず伝える誠実なものだった。
これを受けた渡邉氏は、「証券会社が離れざるを得ないタイミングがあるからこそ、逆にIRアドバイザーや会計士など、上場後を外部からサポートするビジネスが生まれている。誰かが困っているからダメという単純な話ではなく、業界全体で支え合うフィールドが広がっている」と議論を着地させ、会場の会計ファイナンス人材に新たなキャリアの可能性を示した。
・「上場後に証券会社が離れる」構造的なジレンマと真実
議論はここから、IPOの成否を分ける「経営者の器」へと移っていく。
上場できる経営者の条件について、SBI証券の冨田氏は「予実管理」と「誠実さ」を挙げる。 「上場できる経営者は、自社の成長をコントロールできます。一方、上場できない経営者は独裁的になり、部下の耳の痛い話を聞かなくなる。結果、歯止めが効かなくなります。だからこそ、嘘をつかない誠実さが決定的な差になる。あとは正直、運もありますね(笑)」

この「耳の痛い話を聞けるか」という点に、大和証券の北野氏も深く頷く。準備が佳境に入ると、証券会社は嫌われ役となって厳しい指摘をしなければならないからだ。「優れた経営者は、一晩経つと『会社を強くするために必要なのか』と正面から向き合ってくれます。プレッシャーから逃げずにやり切った経営者は、見違えるほど頼もしく変化します」
これに共感を示したのが土谷氏だ。 「最初は『田舎から出てきたお兄ちゃん』のようだった社長が、上場時には驚くほど洗練された経営論を語り出す。CFOの役割は、そうした社長を孤立させないことです。証券会社や監査法人とスクラムを組み、『社長、それは違います』と言えるチームを作れれば、周りから応援されるようになりIPOに近づきます」
前向きなストーリーでまとまりかけた会場だったが、ここで渡邉氏がさらに一歩踏み込んだ本質的な問いを投げかける。
「綺麗にまとまりましたが、実感としては、プレッシャーの中で成長できない経営者のほうが多数派ではないでしょうか。過去の成功体験やプライドに縛られ、経営者の壁によって会社の成長まで止まってしまうケースを数多く見てきました。エゴを捨てて自分の殻を破れるか。これこそが、IPOの成否を分けるもう一つのリアルです」

4.噂話に惑わされるな。自分を鍛え上げる最高のフィールドへ
セッションの締めくくりとして、登壇者たちからIPO業務の魅力と次世代へのエールが送られた。
まず口火を切ったのは、SBI証券の冨田氏だ。泥臭い実務の先にあるプロとしての成長をこう語る。 「机上の論理だけでなく、キーパーソンに働きかけて組織を動かしていく。そのプロセスを通じて全方位の知識が身につき、プロとして圧倒的に成長できるフィールドです」
続いて、事業会社CFOの立場から土谷氏が、管理部門としてのやりがいを強調する。 「IPOは管理部門が主役になれる場所です。普通なら後回しにされる社内改革を一気に断行し、組織をダイナミックに変えていける。お祭りのようなやりがいがここにはあります」
監査法人の鈴木氏も、「成長」と「手応え」の観点からこう呼応する。「高い視座を持つ経営者や優秀なメンバーとワンチームで戦うのは最高にエキサイティングです。求められるスキルの質が上がる今こそ、自分を鍛える絶好のチャンスと言えます」
大和証券の北野氏は、主幹事として伴走する醍醐味をこう表現した。 「5年後、10年後に『生活の当たり前』になるような偉大な企業の、最初の産声に立ち会える。未来を作る側に回れること以上のワクワクはありません」
最後に、渡邉氏が自身のキャリアを振り返り、力強くセッションを締めくくった。
「約20年前、自分の成長に繋がり、かつ会社の急成長に関われるということでIPOというフィールドに飛び込んだ自分の決断は100%正しかったと確信しています。事業会社、証券会社、監査法人、コンサル……立場は違えど、IPOという山を登るフィールドは多様に用意されている。噂話に惑わされず、ぜひこの舞台へ飛び込んできてください」
アーカイブ動画を無料公開中!
「会計ファイナンス人材Conference2026」のセッションアーカイブ動画を、CPAラーニングで公開しています。
「実際のセッションの様子を見たい!」「もっと詳しく知りたい!」
そんな方は、ぜひ下記のボタンからご視聴ください!
※アーカイブ動画の視聴には、CPAラーニングの会員登録が必要です。
CFO LEADERS SUMMIT2026開催決定!

詳細・お申し込みは下記よりご覧ください!
https://cpass-net.jp/cfo-leaders-summit/?utm_source=cpass&utm_medium=report&utm_campaign=20261115_cfosummit
新着記事
2026/10/30
2026/10/16
2026/10/10
2026/10/10
新着記事をもっと見る
