経理DXの成果測定と成長企業の管理部門改革(FP&A組織の在り方) 〜経理DXは効率化で終わらない。管理部門に求められる役割とは~
本セッションは、単なる効率化論ではなかった。DXを入れるか、AIを使うか、といった表層の話ではなく、その先で誰が何を変えるのか、そして会計ファイナンス人材は何を武器に経営と向き合うのかを問う場だった。AIや環境変化が進む中で、会計ファイナンス人材は何を手放し、何を握り直すべきなのか。その核心を、会場の熱気とともに紐解く。

(写真左から)
〈Facilitator〉
◆岩橋 宏幸 |ユニヴィスグループ 大阪支社長 兼 名古屋支社長
公認会計士。IPO支援やM&A後のPMI、経理体制整備、管理会計構築などを中心に支援。上場企業による地方企業・工場の買収後に、決算が締まらない、原価計算が整っていない、予算管理ができていないといった課題に対し、DXを活用しながら経理体制を整え、経営に資する会計データの整備と経営管理の高度化に取り組む。
〈Speaker〉
◆飯塚 幸子 |株式会社ラウレア 代表取締役
公認会計士。東京大学理学部化学科卒業後、化学メーカー勤務を経て公認会計士へ転身。専門学校で連結会計を教え、その後は連結会計システムの会社で約12年経験を積み、2012年に独立して株式会社ラウレアを設立。30年にわたり連結決算に携わり、連結決算アウトソーシングや業務改善、システム導入支援を行う。
◆太田 剛志 |メリービズ株式会社 取締役
経理業務のオンラインアウトソーシングと経理DX支援を行うメリービズ株式会社の取締役。社員約100名に加え、日本全国の経理・簿記資格保有者を中心としたリモートワーカー約2,000名と連携し、企業の経理運営とDX推進を支援する。
◆松本 めぐみ |Star Compass株式会社 代表取締役
工業高等専門学校で電気電子を学び、半導体エンジニアを経験した異色の経歴を持つ。結婚を機に、夫が2代目社長を務める秩父の自動車部品製造会社に入り、初めて経理と経営に向き合う。会計を現場に伝える難しさに直面し、その中で「風船会計メソッド」を生み出す。会計を絵と道具でわかりやすく伝え、経営管理に使える手法を発信する。
◆三浦 未恵 |総合メディカルグループ株式会社 取締役 CFO
P&Gで17年間ファイナンス領域に従事し、特にFP&Aを軸にキャリアを積む。その後ジョンソン・エンド・ジョンソン、資生堂ジャパンでCFOを歴任。現在は総合メディカルグループ株式会社の取締役CFOとして、PEファンド傘下で企業価値向上に取り組むほか、アイスタイルの社外取締役も務める。
経理DXの出発点は、ツールではなく変革目的の明確化
議論は、ファシリテーターの岩橋氏が「経理DX支援は、どんな依頼が多いのか」と太田氏に質問を投げかけるところから始まった。
累計1,000社以上の支援実績を持つ太田氏は、メリービズに寄せられる相談を大きく3つに分類する。
1つ目は、経理人材の不足や退職に伴う、切迫した人手不足の問題である。
2つ目は、月次業務は何とか回っているものの、DXやFP&Aに着手する余力やノウハウがないという課題。
3つ目は、M&AやIPO準備などを機に、管理部門全体の体制を見直す必要が生じるケースだ。
2つ目に挙がった「月次業務は何とか回っているが、今後DXを活用していきたい」という相談に対し、岩橋氏が「まずどこから支援を始めるのか」と投げかけると、太田氏は「どうしたいかによる」と答えた。
会社の規模や置かれた状況が異なれば、DXの意味も変わる。10万人規模の企業と10人の会社では、取り組むべきことはまったく異なる。だからこそ、最初に必要なのは現在地の確認だ。何をやりたいのか、どこを目指すべきなのか。太田氏は、こうした課題整理から支援を始めるという。
これに対し松本氏は、自身の現場経験を引き合いに、DXは現場任せにせず、経営側が覚悟を持って進める必要があると強調した。秩父の製造業の現場では、支払い台帳をノートで管理し、勘定科目の印鑑を押し、シャープペンシルで記入するところから経理改革が始まったという。松本氏は、DXを進めるには、社長や役員がコミットし、現場に入り込んで泥臭く改善を進めることが不可欠だと語った。任せるDXではなく、背中で見せるDXである。
さらに、岩橋氏から大企業におけるDXの現状を問われた三浦氏は、調剤薬局800店舗を展開する自社の実情や医療業界全体の遅れを挙げつつ、核心を突いた。
「DXは、Xが先。何をトランスフォームしたいのかが決まらないまま、DXやAIというバズワードを言っているだけでは、ただ仕事をしている気になっているだけです」
※ここでいうXとは、トランスフォーメーション、つまり「何を変革するのか」を指す。
三浦氏は、何を変えたいのかが定まらないまま、DXやAIという言葉だけが独り歩きする状況に警鐘を鳴らした。重要なのは、まず経営陣が何を変えたいのかを明確にし、その後に初めてツールの議論が来る。順番を間違えれば、DXは成果を生む取り組みではなく、前に進んでいるという感覚を得るための活動にすり替わってしまう。
支援側の視点から現状整理の大切さを語る太田氏、経営層自身が現場に関わる重要性を伝える松本氏、そして変革目的の明確化を訴える三浦氏。アプローチはそれぞれ異なるものの、いずれも「単にツールを導入するだけでは成果につながらない」という共通の現実解を示していた。
連結決算に残る手作業と、標準化の必要性
続いて話題は、グループ全体の連結決算におけるDXへと移った。連結の専門家である飯塚氏は、現状について「なかなか進んでいない」と率直に述べた。昔の手作業の時代から比べれば進展したものの、いまだにエクセルに頼った業務が多く残っているという。
飯塚氏が特に課題として挙げたのは、連結システム導入後もなお残る手入力の多さだった。「連結会計システムを入れていても、各社からのデータ入力が手作業のまま残っているケースは多い。M&Aが起きれば、会計システムもバラバラになり、さらに複雑化する」
飯塚氏はこうした実態を踏まえ、単にシステム導入をしただけではDXとは言えないと指摘する。
岩橋氏の「できることから1個ずつやっていけばいいのか」という問いに対し、飯塚氏は業務の標準化と仕組み化の重要性を強調した。
「ほんの数分で終わる手入力でも、自分がやれば早いからで済ませないこと。自分がいなくても、誰がやっても間違えない状態に変えていくことが重要」
大掛かりなツールを入れることよりも、誰でも回せるオペレーションを地道につくり上げること。飯塚氏の発言は、連結という複雑な業務領域でこそ、そうした地道な標準化が不可欠であることを物語っていた。

この論点を受けて、三浦氏はM&Aが進む薬局業界の現場を紹介した。業界全体では約6万店の薬局が存在し、再編が進んでいるという。
しかし買収先の現場には、紙で経理を回し、1分で終わるからこのままでいいと考える文化が残っていることも多い。そこに優秀な経理人材が入り、個人のスキルで何とか業務を回している状態について、三浦氏は「それではサステナブルではない」と指摘する。
単にシステムを導入する以前の問題として、個人の経験や手作業に依存した運用から、継続可能な仕組みに変えていけるかどうかが重要になる。
ここで見えてきたのは、DXが単にシステムを入れることではなく、手作業に頼ってきた業務のあり方そのものを変えていくプロセスだということだ。そして次に議論となったのは、そうして整えた数字を、いかに現場に届く言葉で伝えていくかという点だ。
数字を現場で使える言葉に変える
経営に使える数字を作ったとしても、それが現場に届かなければ意味がない。
岩橋氏は「DXでタイムリーに数字を作れるようになっても、それを現場に落とし込み、実際の行動につなげることはとても難しい。僕自身、メンバーに数字を見せても思うように伝わらない悩みがある」と実体験を交えて現場に数字を届ける難しさを強調した。
記事や本で語られる、数字に基づく経営はいざ現場で実践しようとすると壁に当たる。DXによって生まれた数字を、どうやって現場を動かす力に変えていくのか。議論はここから、より実践的な数字の届け方へと深まっていった。
松本氏は現場と数字の間に生じるギャップを指摘した。経理部や経営企画が一生懸命に作った数字も、現場から見れば「背景も意図も分からない数字が降ってきた」ように受け止められてしまうことがある。
この壁を突破する方法として、松本氏は自身が考案した風船会計メソッドを挙げた。会社の収益構造やお金の流れを、誰にでも分かる絵で見せることで、専門知識のない現場でも全体像を直感的に把握できるようになるという。
「とにかく簡単に誰でも分かるようにする。そのうえで、論理的に腹落ちさせることが重要」
難しい会計用語で説明するのではなく、現場の人が感覚的にも論理的にも納得できる形まで噛み砕いて渡すこと。それこそが、数字で現場を動かすための前提になる。
岩橋氏が、メンバーに数字を見せてもついてこないと打ち明けたように、数字を作る力と、それを浸透させる力は別のスキルである。
これを受けて太田氏は成長企業ならではの課題を指摘した。ベンチャーやスタートアップでは、各部署が全力で事業に挑む一方で、共通の数字や時間軸で会話ができていないケースが多いという。
その結果、「これはやっていいのか」「経営陣は何を考えているのか」といった確認コストが増え、組織全体のチャレンジのスピードが落ちてしまう。だからこそ太田氏は「重要な数字を見るべき人が互いに情報を共有し、キーマン同士の認識がつながっている状態を作ることが重要」と説いた。

こうした「現場への落とし込み」の難しさは、グループ経営やM&Aを重ねる企業において、さらに大きくなる。
飯塚氏は、連結会計の現場で直面する壁を語った。
子会社の規模も文化もバラバラな中、すべてを同じシステムで統一するのは現実的ではない。結果として連結システムは入れたものの、子会社ごとの単体業務は標準化されず、連結プロセスとも十分につながっていないという状態が生まれがちである。
さらにそこには、人間関係の壁も立ちはだかる。
「M&Aで加わった子会社には、どうしても気を使ってしまう。相手のやり方を尊重するあまり、トップダウンで変革を進めづらく、手作業をなくす改革もゆっくり進めざるを得ないことがある」
しかし、そうした遠慮を続けていれば、気づいた時には時代に乗り遅れてしまう。飯塚氏は、どこかで勇気を持って切り込んでいく必要があると強調した。
数字はただ可視化するだけでは意味をなさない。現場が理解できる形に噛み砕かれ、キーマン間で共有されて初めて、組織を動かす力になる。
では、そうした数字と現場をつなぐ役割を担うべき管理部門とはどのような存在なのか。議論は、FP&A(財務分析・経営企画)の本来の役割へと進んでいった。
FP&A組織が担う、事業理解と経営支援の役割
議論がFP&Aの役割に移る中で、三浦氏はこれまで出た数々の課題に対する一つの解を提示した。
「さまざまな課題に対する一つの解が、FP&A組織のあり方だと思っています」
三浦氏が強調したのは、日本企業の収益性や生産性を引き上げ、企業価値を高めていくには、管理会計をベースに経営を支える「羅針盤」としての機能が不可欠だという点だ。そのためには、会計やファイナンスの知識に加えて、事業への深い理解が欠かせない。
三浦氏のFP&Aチームでは、メンバーに対して最初の3カ月、徹底的な事業理解を求めるという。
「席を事業部の中に置き、事業部長の横に座り、現場にも一緒に足を運ぶ。数字の背後で何が起きているのかを理解して初めて、事業部長とパートナーとして対等に議論できるようになるのです」

これに対し、ファシリテーターの岩橋氏も、オンラインの数字だけ見ていても現場の実態は分からず、そこまで踏み込まなければ本質的な経営支援は難しいと応じた。
数字を集め、報告するだけでは、事業部の意思決定を動かすことはできない。数字の背景にある現場の動きや顧客接点を理解し、事業部長と同じ目線で課題を捉えてこそ、FP&Aは経営の羅針盤として機能する。DXや業務効率化によって生まれた時間を、いかに事業理解と対話に振り向けられるか。それが、これからの会計人材に求められる役割なのだろう。
管理部門が企業価値向上に果たす役割
セッションの終盤、登壇者たちから参加者へ送られたのは、管理部門・会計ファイナンス人材の存在意義を問い直し、背中を押すメッセージだった。
太田氏は、管理部門の役割を「警備(リスク管理)」「建設(仕組み作り)」「情報サービス(情報の流通・カウンセリング)」の3つに整理したうえで、
「管理部門は裏方に見えがちだが、会社を守り、攻めるための武器を作ってきた尊い仕事。自分たちの仕事に誇りを持ってほしい」と呼びかけた。
一方で飯塚氏は、管理部門がその役割を果たすためには、業務のあり方そのものを見直す必要があると指摘した。月次決算や連結数値の集計といったルーティン業務を抱え込むだけでは、経営への提案や事業理解に十分な時間を割くことはできない。アウトソーシングやツールを活用し、定型業務を効率化することで、会計人材はより付加価値の高い領域へ踏み出せるようになる。
松本氏も「世の中で組織を一丸にできるのは会計しかない」と応える。社長が夢や理念を語るだけでなく、現場が同じ数字を見て、こう改善したいと動き出す。その総和こそが、会社の企業価値や国力を引き上げていくのだという。
この数字の力を実地で体感してきたのが三浦氏だ。資生堂ジャパンのCFO時代、松本氏の「風船会計」を現場の美容部員へ浸透させ、経営の意図が現場に一気に伝わった経験を振り返った。
「経理やFP&Aは、企業価値向上のど真ん中にいる。自分たちが収益性を変えるんだというマインドセットを持つだけで、会社は変わる」
最後に、ファシリテーターの岩橋氏は若手人材に向けて、現実的かつ力強いメッセージでセッションを締めくくった。
「DXやAIが進めば、数字を作るだけの業務は確実に人手がいらなくなる。大切なのは、数字を使って経営を語れるかどうか。僕自身も経営をガンガンやっているように見えて、裏ではどこまで攻めたら終わるかを数字で見ている」
システム導入や作業の効率化、すなわちDXはそれ自体がゴールではない。定型業務から解放された時間を、事業を理解すること、現場と対話すること、経営に問いを投げかけることにどう使うのか。そこにこそ、これからの会計人材の価値が問われる。
数字を作るだけなら、いずれ多くの業務はテクノロジーに置き換わっていく。だからこそ、数字をどう読み、どう伝え、どう経営の意思決定につなげるのかが重要になる。管理部門はもはや裏方ではなく、企業価値向上の一端を担う存在だ。
会計人材が自らの役割をどう捉え直すのか。登壇者たちの言葉は、参加者にその問いを残しながら、セッションは幕を閉じた。
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