会計士・税理士のキャリア動向2026:独立・転職・副業の実情 ~AI時代に問われる、自らの介在価値と高い視座~
独立、転職、副業。会計ファイナンス人材にとって、これらはもはや一部の限られた人だけが選ぶ道ではなく、現実的な選択肢となりつつある。背景にあるのは、AIの進化に伴う定型作業の自動化と、それに伴う実務環境の激変だ。その渦中で、プロフェッショナルは自身の価値をどう再定義すべきか。「会計ファイナンス人材カンファレンス2026」において本セッションが満員となった事実は、参加者のキャリアに対する強い関心を象徴していた。
無資格からの叩き上げ、閉塞感の打破、30代後半での独立、28歳での起業――。 異なる歩みで独立を果たした登壇者たちの経験から浮かび上がったのは、安易な独立への警鐘と、AI時代に求められる高い視座であった。

■ 登壇者プロフィール
〈Facilitator〉
中園 隼人 氏 | CPAキャリアサポート株式会社 代表取締役 / CPAエクセレントパートナーズ株式会社 執行役員 新卒以来、長年にわたり会計士・税理士・経理人材のキャリア支援に従事。労働市場の構造変化と現場のリアルを冷静に見つめる専門家として、フラットな視点でセッションを進行する。
〈Speaker〉
葛西 一成 氏 | 株式会社IS経理事務所 代表取締役 士業資格に頼らず、事業会社での経理部長経験と「システム導入」の実力で独立。上場企業のテスト管理支援やシステム導入アドバイザーとして活躍する。
白井 敬祐 氏 | 白井敬祐公認会計士事務所 代表社員 公認会計士。複数の監査法人、事業会社経理を経て、副業のYouTuber活動を機に独立。AIを活用した上場企業向け業務改善コンサルティングを手掛ける。
土屋 裕之 氏 | 土屋裕之公認会計士事務所 代表 公認会計士。監査法人に12年、上場企業の経理部長としてIFRS対応や税務実務を7年経験し、30代後半で独立。実務家コミュニティ「ファイナンス交流会」も主宰。
宮崎 良一 氏 | ブリッジコンサルティンググループ株式会社 代表取締役CEO 公認会計士。監査法人トーマツを経て28歳で創業。単なる士業事務所にとどまらない総合経営支援ファームとして、東証グロース上場へと成長させる。
1.計画された成功ではない。積み上げた経験から生まれた独立の実情
20年以上にわたり会計ファイナンス人材のキャリア支援に従事してきた中園の分析によれば、会計士・税理士の転職市場は依然として圧倒的な売り手市場が続いており、昨今のAI台頭を経ても求人ニーズが衰えることはないという。
特に近年は、コロナ禍によるリモートワークの定着や、業務を支えるクラウドツールなどの普及を背景に独立志向が高まり、コンサルティングファームやVC、PEファンド、税理士法人、M&A関連など、将来の独立につながる経験が得られる求人へ人気が集中している。
しかし、実際に独立を果たした登壇者たちの歩みを紐解くと、最初から周到に独立を計画していたわけではないという実態が浮かび上がった。
・資格の有無ではなく、「現場で磨いた強み」が依頼を呼び込む
「実は私、会計士や税理士の資格は持っていません」と明かす葛西氏は、事業会社で会計システムの導入を複数回牽引してきた現場叩き上げの実務家だ。
「いろいろと失敗を重ねながら実務で培った経験が、そのまま確固たる強みになりました。会計システムの導入で繋がったベンダーや企業から直接お声がけをいただくようになり、『この強みがあれば独立できる』と手応えを得たんです」

資格という看板ではなく、現場で磨き上げた確かな実績と相手からの信頼こそが案件を呼び込む最大の武器になる。葛西氏の体験は、プロとしての提供価値の本質を物語っている。
そして「目の前の仕事で成果と信頼を積み上げた結果、独立の道が開けた」というプロセスは、続く土屋氏の歩みとも重なっていた。
・ 監査12年+事業会社7年。「遅すぎる」という固定観念の打破
「独立は大体30歳前後でするもの。30代半ばの自分には遅いと思い込んでいました」
そう語る土屋氏は、監査法人で12年、事業会社の経理部長として7年の経験を積んだ実務家だ。転機となったのは、二つの現場で磨き抜いた知見が結実した瞬間だった。
「キャリアを重ねるなかで、監査の知見と事業会社側での幅広い実務経験を掛け合わせれば何でもできるという手応えが得られました。営業面の不安を払拭するため、実務家コミュニティ『ファイナンス交流会』を立ち上げて外との繋がりを作ったんです。自ら足を動かし、人と交わる中で『動けば必ず機会は生まれる』と確信に変わりました 」
年齢という固定観念を捨て、監査と事業会社での実務経験を熟成させて独立に至った土屋氏。対して、組織内で直面した「キャリアの行き詰まり」から全く別のアプローチで道を切り拓いたのが白井氏だ。
・キャリアの行き詰まりと「子会社の経理課長で終わる危機感」からの行動
数々の転職を経て大手ホールディングスに在籍していた白井氏は、会計士10年目で閉塞感を抱いていた。英語が話せない中で重ねる転職は単なる逃げにしかならず、「このままでは子会社の経理課長で人生が終わってしまう」という危機感があったという。
「恵まれた環境ではありましたが、さらなる収入とキャリアを求めるなら独立しかない。そこで在職中に、黒いお面をかぶったYouTuberとして副業を開始しました。本業後の深夜に動画編集を重ね、発信を続けた結果、SNS経由で講義や案件の依頼が殺到。飛び込み営業をすることなく、独立直後から案件が舞い込む土台を作り上げたんです」
組織内での行き詰まりに対し、安易な転職を繰り返すのではなく、副業という実験場で自らの市場価値を証明して独立を引き寄せたのだ。

・リスクと環境を客観視した、若き日の勝負
唯一、最初から独立を意識していた宮崎氏は、「20代のうちにチャンスが来たら勝負に出る」と大まかな方針を立てていた。そしてリーマンショック後の環境変化を機に28歳で創業を果たし、現在は東証グロース上場企業の経営者として走り続けている。
「当時は独身で、元々貧乏育ちゆえに『最悪お金がなくなっても生きていける』という自信がありました。リスクが少ない時期だったからこそ、思い切って勝負をかけられたんです」
野心を持ちつつも、自身の置かれた環境やリスク許容量を冷静に見極めて一歩を踏み出す。宮崎氏の決断は、プロとしての冷静なリスク管理と覚悟を物語っている。
一連の議論を受け、中園は市場の認識とプロの実態にあるギャップを指摘した。
「市場では『楽になりたい』『自由になりたい』と、自分自身にベクトルが向いた計画的な独立志向が増加しています。しかし、今日登壇された方々に共通していたのは、独立する前から仕事を頼んでくれる顧客が存在していた点です。自分本位な動機ではなく、目の前の顧客や現場に向き合ってきた結果として独立があるのが、リアルな実態なのです 」
2.AIの活用と、その先にあるプロフェッショナルの価値
第1章で示された「目の前の現場で実力を磨く」ことの重要性。しかし今、その実務の現場を大きく変容させているのが、AIをはじめとするテクノロジーの進化だ。
ツールによって個人でも高い生産性を発揮できるようになり、独立や多様な働き方が強力に後押しされる一方、議論は「AIをいかに実務で使いこなし、その先でプロフェッショナルとして人間ならではの価値をどう構築するか」という本質的なテーマへと深まっていった。
・AIを使いこなし生産性を高める一方、求められるのは「提案力」と「信頼関係」
「AIについては1時間語れます」と切り出した白井氏は、最新AIの検証のために1日で10万円使うこともあるというハードユーザーだ。現在はROI計算やWBS作成、提案書の叩き台づくりなどをAIに委ね、自身は司令塔に専念。本来4〜5人規模のチームで対応する上場企業の業務改善コンサルティングを、たった1人で推進する圧倒的な生産性を実現している。その一方で、単なる自動化の先にある人間の役割をこう強調する。
「AIは非常に優秀ですが、ハルシネーション(AIが事実と異なる誤情報を出力する現象 )が含まれるリスクを排除できません。全体の50%はAIで効率化できても、残りの50%はプロとしての専門知識でファクトチェックを行い、品質を保証する必要があります。そして何より、どれほど綺麗な資料を作ってもそれだけで契約や支援が成り立つわけではありません。クライアントのCFOと毎週膝を突き合わせて深い議論を交わし、経営に近い視座から手厚くサポートする伴走力があれば、プロとしての仕事が成立するのです 」
ツールを極限まで使いこなすからこそ見えてくる、人間の思考力と信頼関係の重み。この実感のこもった言葉は、AI時代のプロフェッショナル像を力強く提示している。
・事務作業はAIへ。自分にしかできないコア業務に集中する
葛西氏もまた、1人で現場を回すプロの視点から、AI活用のリアルな現在地を明かす。
「決算短信のチェックや日常の事務作業の一部は、すでにAIで代替できるレベルに来ています。私自身も独立して1人で業務を行っていますが、ツールをうまく組み合わせることで、1人でも『自分にしかできないコア業務』に注力できるようになっているんです」
単なる作業の省力化にとどまらず、浮いた時間で自らの本質的な価値を研ぎ澄ます。泥臭い現場を知る葛西氏の言葉は、テクノロジーをどう武器にすべきかを示している。
・プロンプトで出せる答えに価値はない
ツールによる効率化でコア業務に注力できるからこそ、問われるのはプロとしての真の思考力だ。土屋氏は、AI利用に対する視点をこう提示する。
「プロンプトを入れたら即座にできてしまう仕事なら、会社は自分たちでやればいい。AIに作らせたプレゼン資料をそのまま出してもクライアントには響きません。最終的に相手に届き、伝わる形にどう『料理』できるかが重要です」
さらに、会計基準が曖昧な現場を引き合いに出し、プロの介在価値をこう力説した。
「白黒はっきりしないグレーゾーンにおいて、AIに聞いても答えは出てこない。そうした局面で、監査法人にも納得してもらえる論理を組み立て、どう自分で判断を下せるか。その判断力こそがプロに求められる本質です」

・ツールに使われるのではなく、経営者目線で「視座」を上げる
土屋氏が示した「判断力」を、さらに経営の視点へと引き上げたのが宮崎氏だ。
「AIブームは一段落し、いかに実務と噛み合わせるかのフェーズに来ている」と語る宮崎氏は、自らをツールの「使い手」と位置づける。その上で、AI時代にプロとして差がつくポイントをこう切り出した。
「作業や分析がAIに置き換わる中、勝負を分けるのはスキルの差ではなく『経営に近い目線で仕事をしてきたか』です。20代でも経営者目線で課題を探せる人は伸びますが、30年実務をやっても指示待ちの人は通用しない。プロとして勝ち残るためには、現場の違和感から経営上の論点を拾い上げ、意思決定を支える視座の高さが求められます」
AIが進歩するほど、実務の熟練度以上に「視座の高さ」が問われる。各者のAI活用術を聞いた中園は、これからのプロフェッショナルが背負う学習の重みをこう整理した。
「会計や税務といった専門知識をアップデートし続けるだけでも大変な中で、さらにAIという新しい技術も学び続けなければならない。これからのプロは、まさに『二層の学び』を継続していく大変さと背中合わせなのだと実感しました」
3.副業はスキルと体力の総力戦である
AIを活用して個人の生産性が飛躍的に高まったことで、会社員でありながら外部の事業にプロとして関与するハードルは確実に下がっている。独立のリスクを取る前の「実戦の場」として、あるいは自らの市場価値を測る試金石として――。議論は、会社員がプロとして外部に関与する「副業」のリアリティへと展開していった。
・ 社内にノウハウのない専門領域のスポット対応と、現場の「余白」作り
事業会社での実務経験が豊富な葛西氏は、「国際税務のように社内で経験者が少ない領域では、スポットで専門的なアドバイスを得たいというニーズが非常に強い」と指摘する。土屋氏も、中堅・スタートアップ企業などにおいて「常時1人を雇用するより、必要なタイミングでスペシャリストに関わってもらう方が現実的な場合がある」と語った。
また白井氏は、経理現場の切実な裏側を明かした。「現場は日々の業務に追われ、AIツールを与えられても使い方を考える時間すらない企業が多い。だからこそ業務委託や外部人材を活用して現場に『余白』を作らなければ、業務改革もAI活用も進まない」と述べ、副業人材は企業が変化に向き合うための時間を創出する役割も担うと示唆した。
・ 副業の現実は「圧倒的な体力」と「目的の厳選」が不可欠
一方で、白井氏は副業のリアルな苦労を明かす。「本業を終えた夜中に副業として動画編集などをこなす生活は、体力がないと無理。私は副業を始める前に、まず筋トレとランニングで体力づくりから始めました」と振り返った。
また、副業支援プラットフォームを手掛ける宮崎氏は、副業の動機を「お金のためか、経験のためか」に整理した上で構造的な課題を口にした。「企業側は未経験者に仕事を依頼しづらいものです。結果として企業側のニーズは即戦力の経験者(報酬目的の人材)と合致しやすいというジレンマがあります。副業は単なるスキルの切り売りではなく、限られたリソースの中でプロとして価値を発揮できるかが問われる場なのです」と厳しさを示した。

企業が副業人材に求めるのは、単なる人手不足の穴埋めではなく「事業を加速させる即戦力」だ。中園は、個人側の期待と市場のギャップにこう警鐘を鳴らす。
「キャリア相談でも『副業で未経験の分野に挑戦したい』という方は多いのですが、企業側はお金を払う以上、即戦力を求めているのが現実です。体力的コストも含め、目的と自分のリソースを厳しく見極めないと、会計ファイナンス領域での副業は甘くないのだと感じます」
4.どの山を登るか、自らのゴールを見据える
セッションの終盤、登壇者たちは自らの経験を踏まえ、未来のキャリアを模索する会計ファイナンス人材へ向けてメッセージを送った。
・最終ゴールから逆算して行動する(葛西氏)
「年収や目先の働き方に振り回されると失敗しやすいです。最終的な目的を視野に入れた上で、戦略的に経験を積んでいくことがキャリアの迷走を防ぐ鍵になります」
・「今が一番若い」。思い立ったら今すぐ行動する(白井氏)
「私も英語やAIの勉強をしてますが、何を始めるにしても『今』がベストタイミング。明日やろうではなく、思い立ったら即行動することを続けてきた結果が今に繋がっています」
・日々の業務で「顧客目線」を徹底する(土屋氏)
「独立の時期に正解・不正解はありません。日々の業務に対し、相手が何を求め、どう満足してもらえるかを徹底的に考えて全力を尽くすこと。その顧客目線の姿勢こそが、将来どんな道を選んでも通用するプロとしての土台になります」
・プロフェッショナルとして「どの山を登るか」を決める(宮崎氏)
「組織でのキャリアアップ、転職、副業、独立。これらはすべて手段に過ぎません。重要なのは、自分がプロフェッショナルとして『どの山を登るのか』という目的を定めること。登るべき山さえ決まれば、時代の変化に揺らぐことなく走り続けられます」
5.「正解を出す作業員」から、意思決定を支える「当事者」へ
AIの台頭によって実務環境が激変する中、プロフェッショナルの価値を分けるのは「資格の有無」や「働き方の形式」ではない。 問われているのは、経営者と同じ視座に立って課題に向き合い、不確実な局面で意思決定を支える当事者意識だ。
「楽になりたい」「スキルを得たい」といった自分本位な期待から脱却し、登るべき「山」を定めて目の前の顧客に向き合うこと。専門性とテクノロジーの双方をアップデートし続ける姿勢が、時代の波に揺らぐことのない、独自の介在価値へと繋がっていく。
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