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会計ファイナンス人材はAIとどう向き合うか?

AIに仕事が奪われる、という得体の知れない恐怖が管理部門や士業の周辺を騒がせている。

多くの実務家が将来への不安を抱く過渡期だが、求められているのは、作業の効率化だけではない。必要なのは、知識や計算そのものの価値がリセットされるゲームチェンジの全貌を見据え、自らの立ち位置を再定義する圧倒的な視座である。 

異なるアプローチでAI実装を主導するプロフェッショナルたちが集結し、組織のリアルな危機感と「人間に残された聖域」の価値を激論した本セッション。

過去の数字を処理する役割から脱却し、次世代の会計ファイナンス人材は何を武器に戦うべきか。AI時代を生き抜く生存戦略の核心を紐解く。 

登壇者プロフィール(写真左から)

尾下大介/CrossOver法律事務所 代表弁護士・ニューヨーク州弁護士・公認会計士 会計士としてキャリアを歩み始めた後、弁護士へ転身し国内外のM&Aを主導。6年半前に現事務所を設立し、「専門知識の受け渡しを超える」人間にしかできない組織づくりを実践。

小澤隆生/Boost Capital株式会社 代表取締役 ヤフーやソフトバンクグループでAIを大規模に活用した経験を持ち、現在はAIフル活用のファンドとコンサルファームを主導。会計知識とAIを掛け合わせた人材を高く評価し、専門職から経営人材への飛躍を後押しする。 

齋藤雅司/有限責任監査法人トーマツ パートナー 新卒で入社後、海外事務所への赴任などを経てIT監査を基軸にキャリアを歩む。現在はクラウドやAIなどデジタル領域の保証やガバナンス構築を主導し、大組織における専門人材のリスキリングやリソースシフトを牽引。 

山田典正/アンパサンド税理士法人 税理士 税理士業界一筋でキャリアを積み、中小零細から年商数百億円規模の上場企業まで幅広く顧問を担う。会計をコミュニケーションツールと捉え、AIを駆使しながら独自の色を出す少数精鋭での高付加価値コンサルを実践。 

山本健太郎/株式会社SoVa代表取締役・公認会計士 大学在学中に公認会計士試験に合格し、資格スクール講師やベンチャーCFOを経て起業。属人的な職人芸を言語化してAIを掛け合わせた「会計事務所版ユニクロ」を目指し、最高かつ最大のサービス展開を実践。 

1.「知識量と処理速度」という古い武器を捨てよ

「AIが指数関数的に進化するのに対し、人間は線形的にしか能力を構築できない。この時間軸のギャップの中で、いかに人間にしかできない価値を高めていくか」

ファシリテーターを務める尾下氏のこの問いから、議論が始まった。知識の優位性がリセットされる可能性がある今後、会計ファイナンス人材はどこに自らの足場を築くべきなのか。ベンチャーからビッグファームまで、それぞれの立場から導き出された最適解を追う。

〇「会計事務所版ユニクロ」で、5年後の荒波を制す(山本氏) 

会計事務所を経営する山本氏は、自社におけるAI活用の思想を「効率化」と「拡張化」の2軸に分けて定義する。 

「人間が1時間かけて80点のものを作る業務を5分に短縮するのが効率化。一方、人間には80点しか出せない成果物を、AIによって95点へ引き上げるのが拡張化です。このうち、まずは効率化を極限まで突き詰めるため、 私たちは試算表や申告書に関わる業務を40工程に細かく切り、AIに置き換えるための要件定義を気合いでやり続けてきました」

開業3年で顧問先1,200社、スタッフ100名規模へと急拡大に成功したのは、属人化しやすく職人芸だった士業の世界をテクノロジーで徹底的に仕組み化してきたからだ。

「私たちが作ろうとしているのは、いわば会計事務所版ユニクロです。『この値段でこの品質なら素晴らしい』と誰もが納得するサービスを作り、日本で一番多くの方に使っていただく。効率化を進めながらも、あえて2年で80人もの仲間を増やしているのは、AIで生み出した余力をシェア拡大に注ぎ込み、外資のメガプラットフォームに市場を奪われる前に大勝負を仕掛けて勝ち切りたいからです 」

〇小規模だからこそ1割の顧客に深く刺す(山田氏)

山本氏のスケール戦略に対し、中小企業向けのコンサルティングを主戦場にする山田氏は、10数名という小規模組織だからこそ、AIを駆使して個の能力を極限まで引き上げている。 

「うちは規模のスケールを目指していません。ただ、スタッフが積み上げてくれたデータを元に、クラウドを使って99%完成された連結決算書類を一瞬で作ったり、ミーティングの音声データから高度な賃金規定の改定提案を自動生成したりしています。AIがあるからこそ、小規模な事務所でも低コストで付加価値の高いコンサルティングを柔軟に提供できる。世の中の1割の顧客に深く刺さればいいんです」

〇AIの独壇場だからこそ跳ね上がる「対面コミュニケーション」の価値(小澤氏) 

この両極端なアプローチに対し、山本氏の企業へ実際に投資を行っている小澤氏は、投資家としての客観的な見立てを語る。 

「ルールに従って処理を行う会計や士業の領域は、AIが最も得意とする主戦場です。エクセルや電卓とは異なり、AIは自ら思考して最適解を導き出すため、情報量や正確性で人間が勝つことは不可能です。しかし、システムが高度化するほど、皮肉にも人と人との対面コミュニケーションの価値は跳ね上がります。会計ファイナンス人材にとっても、対人スキルこそが最大の差別化要素になる。高い専門性を持ち、AIを使いこなし、かつ顧客と深い信頼を築ける人材が現れれば、その市場価値は計り知れません 」

〇6,000人のプロフェッショナルが直面する、リアルな危機感(齋藤氏) 

企業が驚異的なスピードでAIを実装していく中、その企業に会計監査、アドバイザリー業務を提供する6,000人ものプロフェッショナルを抱えるトーマツの齋藤氏は、ビッグファームとしての切実な危機感を率直に明かした。  

「急速にシンギュラリティが到来し、リスキリングが追いつかず大部分の人間が社会的に無用になってしまうのではないか……。この変化のスピードに大組織としてどう適応していくのかが、今まさに直面している最大の課題です 」

そこでトーマツは、既存の会計監査スキルを「AIやクラウドの安全性を保証・管理する領域」へとシフトさせる人材開発に着手。あわせてグローバル共通の変革プログラムを本格始動させ、大組織の構造を次の時代へ向けてアップデートしようとしている。ただ危機感を持つ段階は終わった。自らの戦場を定義し直した者だけが、このゲームチェンジを勝ち切ることができるのだ。 

2.AIを凌駕する「人間にしかできないメタスキル」をハックせよ

では、この非連続なAI時代において、専門職は個人として「人間にしかできない能力」をどう高めていくべきか。セッション後半は、より切実な個人の生存戦略へと踏み込んでいく。そこで語られたのは、人間の強みに焦点を当てたサバイバル術だった。 

〇他人の行動変容を起こす「泥臭い人間関係の調整力」(齋藤氏) 

齋藤氏が、AIとの絶対的な差別化要素として提示したのは、3つのメタスキルだ。1つ目は自ら仮説を決める「問題提起力」、2つ目はAIの嘘を見抜く「アウトプットの評価力」。最も重要なのが3つ目の「人を巻き込む力」である。

「AIはもっともらしい最適解を出してくれますが、それだけで人を巻き込み、他人の行動変容を起こすことはできません。監査の現場でも、答えそのものより、『言うタイミング、順番、相手』だったり、今までのクライアントとのやりとりを踏まえて、他の報告事項と絡めて、説明をする等が成否を分けます。この人に影響を与える力という、もっとも非テクノロジーな領域こそが、人間にしか持てないメタスキルです」

〇1,200社を率いるために必要な「過去のプライドを捨てる勇気」(山本氏)

 AI活用を前提とした組織作りを推進する山本氏が強調するのは、「過去の経験をリセットする」というマインドセットだ。 

「『これまで培った経験があるから、やり方を変えたくない 』という執着が一番危険です。過去の経験を一度謙虚にリセットし、新しいテクノロジーを掛け合わせる勇気を持てるか。実は弊社の開発チームの主要メンバー6人のうち5人は、未経験からプログラミングを学んだ公認会計士です。会計のドメインを深く理解している彼らがエンジニアリングを習得した瞬間、その市場価値は爆発的に跳ね上がったのです。一見、過去のキャリアを捨てるように見えて、実は掛け算によって圧倒的なレア人材へと変身を遂げています 」

〇「なぜ」を5回繰り返し、やるべきでないことを定義する(山田氏) 

山田氏が提示するのは、AIを最高の壁打ち相手として使い倒すための「目的志向」だ。 

「『なぜこの作業をして、なぜこの数値を出すのか』。最低でも5回は『なぜ』を繰り返し、本質を突き詰めなければなりません。ラテラル、ロジカル、そしてクリティカルに問い直す思考のプロセスは骨が折れますが、その葛藤にこそ人間の価値があります。だからこそ、当社の今年のテーマは『やめることを定義する』です。徹底的な目的志向を持ち、そこから逆算して『何を捨てるべきか』を判断できる能力こそが、いま最も求められています」

〇社内研修はすぐ陳腐化する。最先端の現場へ飛び込め(小澤氏)

ここまでの議論を受け、ファシリテーターの尾下氏が個人の変革を後押しする視点を投げかけた。「未知のテクノロジーに長期の時間軸で向き合うとき、必要なのは熱量や希望です。そして、人間に影響を与えるのは、やはり人間でしかない。だからこそ、同じ熱量を持つ人たちと一緒にチャレンジできる環境に身を置くことが、最良の打ち手になります」 

このスタンスに、小澤氏も独自の切り口で同意する。

「社内で研修プログラムを作っている瞬間から、その知識は陳腐化していきます。安全な社内研修にとどまるのではなく、最先端のAI現場へ自ら飛び込み、揉まれることが一番の近道かもしれません 。みなさん、自分を会計ファイナンス人材という狭い枠で閉じないでください。AIがあるからこそ、自分の枠を超えられるんです」 

3.逆風の今こそチャンス。AI時代に求められる「専門性の掛け算」

熱い議論が交わされたセッションも、いよいよ終わりの時間を迎える。最後に尾下氏から投げかけられたのは、会場に集まった会計ファイナンス人材へのアドバイスだった。 

〇ゲームチェンジの今こそ、プロの原点に立ち返り大振りする(山本氏)

「事実と解釈を分ける」という考えを持つ山本氏は、ゲームチェンジを恐れるのではなく、みずから仕掛けて楽しむ姿勢を強調する。

「AIによって会計業務が変わるのは揺るぎない事実ですが、それをポジティブに解釈するかネガティブに解釈するかは自分で選択できます。せっかくなら、メイドインジャパンのアカウンティングファームから新しい世界を作りたい。だからこそ私は、AI時代に大きな賭けに出るのが一番面白いとポジティブに解釈しました。 過去の常識がリセットされる今こそ、プロとして本当は何がしたいのかという原点に立ち返って挑戦できる最高の時期です。AI時代において、実は一番非テクノロジカルなことを考えることこそが最も重要なのです」

〇AIすら悩む時代。悩み、迷い、考える先に自分らしさがある(山田氏) 

山田氏がテクノロジーの進化の先に見据えるのは、人間らしい非ロジカルの世界だ。

「今のAIはエージェント化して劇的に進化していますが、その挙動を見ると『これで合っているかな』と、実はAI自身も悩んで迷っているんです。人も同じで、辛くても悩んで迷って考え抜く先にしか、本当の成長はありません。 AIが導き出すのは、あくまで中央値の答えです。人はそこに、自分らしさや独自の価値観、あるいは好き嫌いといった非ロジカルでアート的な要素を掛け合わせることができる。そこに真の価値が生まれます。たどり着くまでは辛い道ですが、きっとAIが隣で寄り添ってくれるはずです」

〇ブラックボックス化する世界で、新たな説明責任を担う(齋藤氏) 

齋藤氏が語る生存戦略は、専門職のアイデンティティである説明責任(アカウンタビリティ)の再定義だ。 

「経営において会計数値がベースであることは普遍です。デジタルやAIによってプロセスがブラックボックス化すればするほど、その領域に対する説明責任の必要性は飛躍的に高まります。AIを使ってビジネスを広げるだけでなく、AIが導き出した結果の妥当性やシステムの安全性に対して監査や保証を行うという新しいポジションを築くことで、会計ファイナンス人材の強みが発揮され、そしてその人材の価値はさらに高まるはずです」

〇人間に残された最後の仕事は「意思決定と実行」である(小澤氏) 

そして小澤氏は、淡々と数字を説明するだけの「説明役」からの脱却を強く促した。 

「経営者が心の中で求めているのは、過去の数値を淡々と説明するだけの面白くない専門家ではありません。経営に真剣に向き合い、トップをやる気にさせるコミュニケーション力です。愛嬌や人を笑わせる力が重要だとする論文すらあるほどです。アドバイスや計算といった業務はAIに任せればいい。人間にとって最後に残された仕事は、『自らが意思決定をし、実行すること』。つまり、経営人材を目指すことです。専門知識とAIという最強の武器を掛け合わせた皆さんには、向こう10年、間違いなく輝かしい未来が待っています 」

専門性の殻を破り、時代の「波」を乗りこなせ

テクノロジーが急速に進化し、従来の業務のあり方が大きな転換期を迎えている現在。セッションを通じて示されたのは、AIを恐れるのではなく、自らの可能性を非連続に拡張するためのテコとして使いこなす攻めの姿勢だった。

知識や処理能力の優位性がリセットされる過渡期は、見方を変えれば、専門職が本来果たすべき価値(意思決定・人間関係・ビジョンの提示)へ立ち返る絶好の機会でもある。過去の延長線上に留まることなく、ゲームチェンジを自ら楽しみながら新たな掛け算に挑む姿勢が、これからの10年を切り拓く大きな推進力となるはずだ。

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