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【イベントレポート】スポーツ×ビジネス 会計ファイナンスの可能性

「スポーツは純粋な心で行うもの、お金の話をするな」などと言われたのは、もう過去のこと。いくらスタジアムが感動に包まれようとも、経営と数字をつなぐ専門家がビジネスの土台を整えなければ、競技の存続は難しい。勝てる選手が育たず、次の熱狂も生まれないのだ。 

『スポーツ×ビジネス 会計ファイナンスの可能性』と題した本講演に集結したのは、かつて競技の第一線でしのぎを削り、独自のキャリアを切り拓いてきた元アスリートたち 。彼らが語ったのは根性論ではなく、クラブのM&Aやサラリーキャップ、連盟の赤字決算といったシビアなファイナンスの現実だった。

会計ファイナンス人材には、世界中を巻き込むスポーツの熱狂を裏から支え、持続させていくポテンシャルがある。現場のリアルな課題と、数字が切り開く未来の可能性に迫る。

(写真 左から)
奥村 武博/株式会社スポカチ 代表取締役 元プロ野球選手(阪神タイガース)。引退後に公認会計士試験に合格。アスリートのキャリア支援のほか、障害者スポーツなど公益スポーツのガバナンス改革に広く携わり、会計や財務の知見を活かしてスポーツ界を支える。

岩崎 恭子/公益財団法人日本水泳連盟 理事 バルセロナ五輪競泳女子200m平泳ぎ金メダリスト。引退後は解説者等として活動。現在は日本水泳連盟や日本ゴルフ協会の理事を務め、公益法人の立場から持続可能なスポーツ振興と組織のマインド転換、構造改革に携わる。

岡田 優介/株式会社東京ダイム 代表取締役 元プロバスケットボール選手であり、現役中に公認会計士試験に合格。引退後は3人制バスケ「3×3」のチーム経営やBリーグ理事を歴任し、理事会を通じて、選手目線と経営目線の双方のバランスを保った上でBリーグへ提言を行っている。

鈴木 啓太/AuB株式会社 代表取締役 元サッカー日本代表。浦和レッズ等で活躍し、2015年に現役引退。同年、アスリートの腸内細菌研究を基盤とした事業を展開する同社を設立。ヘルスケアや教育領域との掛け算により、スポーツビジネスの新たな市場価値を創出する。

播戸 竜二/株式会社MR12 代表取締役 元サッカー日本代表。現役時代からマネジメント会社を設立し、引退後はJリーグ特任理事等を歴任。現在は5部リーグからJリーグ参入を目指すIKOMA FC奈良の社長を務め、地域に愛される土台作りと長期的な投資戦略の構築に挑む。

1.Bリーグの躍進とJリーグが直面する二極化の波

ファシリテーターを務める奥村氏の進行で、ディスカッションはまず、世界的な盛り上がりを見せた「FIFAワールドカップ2026」の話題からスタートした。解説者として現地に赴き、試合の熱狂を肌で感じてきた播戸氏は、「世界中から人々が集まり、あれだけ盛り上がっているのは素晴らしいイベント」と現地の興奮を振り返る。この一過性の熱狂をいかに国内スポーツ市場の持続的な成長に繋げるかが、日本の長年の課題だ。

鈴木氏は、2017年にアメリカでメジャーリーグサッカー(MLS)を観戦した際の衝撃を引き合いに出し、アメリカ型エンターテイメントの本質を語った。

「ヨーロッパのスタジアムとは作りが全く違いました。観客を楽しませ、高い対価を支払える層から確実に収益を上げるという、収益設計が徹底されていたのです。アメリカのプロ野球(MLB)では一部の球団による年俸高騰が構造的な課題となっていますが、MLSは厳格なコストコントロールによってリーグ全体を持続的に成長させるモデルを持っています。ファンの熱狂を確実にビジネスへと換算する仕組みが構築されているのです」 

このアメリカ型の先進的なリーグモデルを貪欲に取り込み、急成長を遂げているのがバスケットボールの「Bリーグ」だ。Bリーグ理事も務める岡田優介氏は、開幕から10年で売上規模が平均7〜8倍に成長した背景にある、リアルな資本の動きを明かす。

「大きな変化として、ここ5年でクラブのオーナー企業が半分以上入れ替わっています。これは企業部活の延長ではなく、純粋な投資対象として魅力的に映っている証拠です。Bリーグは立ち上げ当初からJリーグのフォーマットを参考に、全クラブの決算情報を透明性高く一括公表しています。ネットで検索すれば誰もが同じ科目で比較できる状態になっており、そこではスポンサー収入が30〜40%、チケット収入が30%超、グッズやスクールがそれぞれ10%程度というのが、目指すべき健全な売上構成のバランスになります 」

さらにBリーグの成長を加速させているのがアリーナビジネスだ。天候に左右されない屋内競技の強みを活かし、全国で建設ラッシュが起きている。新しいトップリーグ「B.PREMIER」への参入には、5,000人以上収容のアリーナ確保などの厳しいライセンス要件があり、これが行政や民間投資を巻き込む強力な呼び水となっている。

一方、日本のプロスポーツ界を牽引してきたJリーグは、いま大きな構造的過渡期に直面している。鈴木氏は、自身の古巣である浦和レッズのシビアなファクトを提示した。

「私が現役だった2000年代中頃、埼玉スタジアムでの平均観客動員数は4万5,000人〜4万8,000人(収容率約80%)を誇っていました。しかし現在は3万3,000〜3万5,000人程度まで落ち込み、6万人収容のスタジアムの約半分が空いている状態です。だからこそ、今あえて違う場所に3万人規模のサッカー専用スタジアムを新設しようという話が出ています」

議論は「何がファンを遠ざけているのか」という原因の深掘りへと進んだ。その背景として挙げられたのが、若手の海外流出に伴う国内のスター不在や、それに拍車をかけるメディア露出の偏りだ。岩崎恭子氏からは「マスコミは大谷翔平選手ばかりでなく、海外で活躍する日本のサッカー選手も報道すべき」と報道姿勢へ疑問を呈した。

しかし、鈴木氏は人気の問題だけに留まらず、さらに踏み込んだ経営の構造的な格差を指摘する。クラブの意思決定スピードの差が、決定的な格差を生んでいるというのだ。 

「楽天の三木谷氏がオーナーのヴィッセル神戸や、サイバーエージェントの藤田氏がオーナーのFC町田ゼルビアのようなビッグクラブは、選手獲得の投資判断が非常に早いです。移籍市場が開いている短い期間に『この選手、4億円。了解』と即決できる。意思決定に時間をかけて選手を逃してしまう従来のクラブ運営とは、投資判断と資金投下の スピード感が段違いです」

巨額マネーが動くJ1の最前線とは対照的に、現在5部リーグに所属する株式会社IKOMA FC 奈良の社長として経営に挑む播戸氏は、長期スパンでの組織作りの重要性を説く。

「僕たちのクラブには、まだスタジアムも専用練習場もありません。当然、チケット収入もまだ入らない完全な投資段階です。まずは地道な地域活動と、LINE公式アカウントやYouTube配信といったデジタル投資を組み合わせ、地域に愛される土台を築きながら、応援してくださるファンやサポーターという仲間を一人ずつ増やしているフェーズです。ここからJFL、J3、J2、J1、そして世界へと駆け上がるために、数字の管理と思い切った投資の判断軸をどう持つか、本当に長いスパンで挑んでいます」

2.アマチュア界を悩ませる慢性赤字と、オリンピックの商業ロジック

プロスポーツが商業化を前提にビジネスをスケールさせる一方、アマチュアスポーツを統括する公益財団法人は、また違った深刻な財務危機に瀕している。日本水泳連盟の理事を務める岩崎氏は、その内情を率直に告白した。

「日本水泳連盟の決算は、いま毎年のように赤字が続いています。このままだと組織が回っていかないし、選手たちの強化費も捻出できません。これまでと同じように、ただ『競技運営だけをしていればいい』という古いマインドの時代は、もう通用しません」

アマチュア競技団体の主な収入源は、法人スポンサーのほか、選手が支払う組織への登録料や大会ごとのエントリー料だ。プロの世界とは違い、選手自身が1種目あたり3,000円〜5,000円の参加費を払って試合に出場するという構造が一般的となっている。

ファシリテーターの奥村氏は、「日本ではオリンピックでメダルを取ることが第一義であるため、商業化をすること自体がどこかネガティブに捉えられてしまう空気感が根深い」と、商業化への足枷を指摘する。結果として、日本の多くの競技会は「ただ淡々と試合を消化する場」に留まり、観客を巻き込んで収益を生み出すエンタメ性が欠如しているのが現状だ。

この閉塞感に対し、岩崎氏は、商業化を推し進めるアメリカの事例を提示した。

「例えばアメリカのオリンピック選考会では、会場にセラピー犬を配備して選手や観客の緊張を和らげるなど、会場に行くと楽しい空間がトータルでデザインされているのです。このように競技の枠を超えたエンターテインメントとして徹底的に作り込まれているからこそ、チケットが発売と同時に即ソールドアウトするほどの人気を誇り、周辺で様々なビジネスが生まれる好循環に繋がっているのです。  

そもそもオリンピック自体が、1984年のロサンゼルス大会を機に完全な商業化へと舵を切っています。莫大な放映権料を支払うアメリカのテレビ局の都合(現地のゴールデンタイム)に合わせ、東京五輪(東京2020大会)で競泳の決勝が日本時間の午前中に設定されたのもその象徴的な事例です。その商業的な仕組みを徹底的に見習い、日本も自ら強化費を稼ぎ出す構造へと転換しなければ、世界の成長スピードには追いつけないのです」

さらに水泳界は、学校現場におけるプールの老朽化や温暖化による熱中症リスク(暑すぎてプールに入れない)、教員の負担増に伴い、10年ほど前から学校での水泳授業が減少・消滅し、競技人口の裾野が狭まるという危機にも直面している。前途は多難だ。

こうしたプロとアマの構造の違いを踏まえ、奥村氏は財務の専門家として、数字のプロにしか見えない「適用される会計基準の違い 」という重要なインサイトを補足した。

「プロのクラブは企業会計をベースにした株式会社形態ですが、アマチュアの連盟や協会は公益法人会計という全く別のルールで動いています。国や自治体からの助成金が大きな割合を占めるため、特有の非課税・課税売上の按分など、消費税の計算ひとつとっても非常に複雑で高度な税務論点が存在します。スポーツビジネスを裏側から支え、組織を健全に変革していくという意味で、私たち会計ファイナンス人材がプロフェッショナルとして活躍できるフィールドは、この公益法人の領域にも無数に広がっているのです」

3.会計ルールで暴走を止める。サラリーキャップという最大の組織ハック

セッション終盤、クラブ経営に挑む播戸氏から、岡田氏と奥村氏へ向けて、実務の核心を突く問いが投げかけられた。「スポーツ業界の会計や財務は、常に予算がギリギリの超薄氷を踏むような状態に見えます。不確実性が高い世界で、『攻めの投資』と『守りのガバナンス』のバランスについて、お二人はどう考えていますか?」

この問いに対し、岡田氏はBリーグが意図的に設計した仕組みを解説した。

「Bリーグがなぜここまでビジネスとして上手くいっているかというと、リーグの座組み自体に企業が参入したくなる『うまみ』を設計したからです。かつてのバスケット界は2つのリーグ(bjリーグとNBL)に分裂し、お互いを信用できずに機能不全に陥っていました。それを一度更地にして一本化し、一つの強固な構造を作ったのが始まりです。

セッション終盤、クラブ経営に挑む播戸氏から、岡田氏と奥村氏へ向けて、実務の核心を突く問いが投げかけられた。「スポーツ業界の会計や財務は、常に予算がギリギリの超薄氷を踏むような状態に見えます。不確実性が高い世界で、『攻めの投資』と『守りのガバナンス』のバランスについて、お二人はどう考えていますか?」

この問いに対し、岡田氏はBリーグが意図的に設計した仕組みを解説した。

「Bリーグがなぜここまでビジネスとして上手くいっているかというと、リーグの座組み自体に企業が参入したくなる『うまみ』を設計したからです。かつてのバスケット界は2つのリーグ(bjリーグとNBL)に分裂し、お互いを信用できずに機能不全に陥っていました。それを一度更地にして一本化し、一つの強固な構造を作ったのが始まりです

その上で、リーグとしてサラリーキャップ(総年俸上限)のルールを敷きました。これがなければ、各クラブはお金を選手獲得の費用に使い果たし、組織の基盤が崩れてしまいます。上限を決めたことで、余った原資を優秀なスタッフの採用や、社長人材の確保、長期的な設備投資といった『組織を強くするための攻めの投資』に強制的に回せるようになりました」

Bリーグは現在、国内にNBAレベルの圧倒的な競技環境を整備しようとしている。厳しい財務・入場者数ライセンスをクリアしたクラブだけがトップリーグに残れる仕組みによって、選手の待遇も自然と向上。ヨーロッパなどの海外へ安易に人材が流出するのを防ぎながら、企業にとっても魅力的な投資先としての地位を確立している。

攻めの投資を可能にするための、戦略的な「守り(ルール設計)」。この財務的なコントロールの仕組みが、スポーツビジネスを持続的な成長軌道に乗せるための鍵なのだ。

数字の規律とパッションが交錯する場所

ワールドカップの圧倒的な熱狂から、Jリーグの過渡期、Bリーグの仕組み化、そして水泳連盟に代表されるアマチュア界の赤字脱却まで、多岐にわたる議論が交わされた本セッション。共通して見えてきたのは、変革期を迎えた日本のスポーツ界が、戦略を数字面から操る会計ファイナンス人材を強く求めているということだ。

最後に播戸氏が残した言葉が、このセッションの本質を物語っている。

「今は投資段階なので、会計のプロから見れば『それはアカン 』と言われるような判断もあるかもしれません。しかし、収支を管理しながらも、一見すると非合理な先行投資に踏み切ることが、スポーツを、そして地域を元気にするクラブ作りに繋がると信じています」

現役を引退したトップアスリートたちが、マネジメントの修羅場で、カネと組織の壁にぶつかりながら戦っている。しかし、彼らの持つ圧倒的な熱量を、持続可能な稼ぐ仕組みへと昇華させるためのピースが、まだまだ不足している。

「閉鎖的で儲からない」という偏見をなくせば、そこにはまだ圧倒的な成長の余地を残したフロンティアが広がっている。会計ファイナンス人材の武器である財務ロジックと仕組み化の力こそが、日本のスポーツビジネスに成長エンジンを組み込み、世界を揺るがす次の熱狂を生み出す突破口となるのだ。

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