人と繋がり、可能性を広げる場

【イベントレポート】「資本コストと株価を意識した経営」CFOが実践すべきPBR向上策とは」

 

PBR向上策の正解はどこにあるのか?東証からの要請を受け、多くの企業が「資本コストや株価を意識した経営」という難題に直面しています。あるプライム上場企業は、取引のある証券会社各社に自社の資本コストを尋ねたところ、「4%から7%まで、全然違う数字が出てきた」といいます。一体、どの数字を信じ、何を基準に経営の舵を切ればよいのか。

この根源的な問いに、理論と実践のプロフェッショナルたちが多角的な視点から切り込むセッションが開催された。本稿では、その白熱した議論を「CAPM理論の限界」「大企業・コングロマリットにおける壁」「小型上場企業の現実」という3つの切り口から、CFOが明日から実践すべきPBR向上策の核心に迫る。

 本記事でレポートするのは、「資本コストと株価を意識した経営、CFOが実践すべきPBR向上策とは」と題された「会計ファイナンス人材カンファレンス2026」におけるセッションのひとつで、それぞれの専門領域から、5名の論客が集結した。

 (写真 左から)

〈Facilitator〉

武地 健太 |レジル株式会社 執行役員CTrO

公認会計士。監査法人、BCGを経てフリー株式会社にCFOとして参画。国内外からの資金調達や経営戦略、CSOとしてM&Aや新規事業開発をリード。 現在はレジル株式会社 執行役員CTrOとして、全社変革を推進。 

〈Speaker〉

◆ 池川 忍 |大和証券株式会社 執行役員 グローバル・インベストメント・バンキング担当

住友銀行を経て大和証券にて15年にわたりIPO業務に従事し、大型グローバル・オファリングからベンチャーIPOまで多数の案件を手掛ける。上場企業の財務戦略やインパクトIPOにも精通し、GSG国内諮問委員会などにも参画。2025年4月より現職。

大庭 崇彦 |Minami Fuji Group 理事長

公認会計士。監査法人で上場会社監査やIPO支援、アジア進出支援に従事。その後、Bridgeを創業し約1,000社のベンチャー支援、約50社の上場支援を実現。2021年に同社をM&Aで譲渡後、Minami Fuji Groupを創業。 

野口 真人 |株式会社プルータス・コンサルティング代表取締役 社長

みずほ銀行(旧富士銀行)、JPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックス証券を経て、2004年に企業価値評価の専門機関である株式会社プルータス・コンサルティングを設立。

廣瀬 研二 |楽天グループ株式会社 エグゼクティブフェロー

銀行での経験を経て、2005年に楽天証券株式会社に入社。楽天グループにおいては、主に財務・経理部門の運営を統括し、グループCFOとして財務基盤の強化や効率的な資本戦略の推進などにも尽力。 

理論のワナ 「CAPMは万能か?」という根源的な問い

 議論の口火を切ったのは、野口氏である。「理論の話は面白くない」と前置きしつつも、実務家が自社の資本コストを算出するための拠り所にする資本資産評価モデル(CAPM)が内包する問題点を、分かりやすい事例とともに次々と明らかにした。

野口氏が投げかけた問いはシンプルである。「CAPMは万能か?」。答えはもちろん「万能ではない」だが、その根拠が重要である。

CAPMが万能ではない3つの理由
①株価と市場指数の相関だけに依存すると、実態と乖離するため
②財務レバレッジや事業構造の違いを十分に反映できないため
③流動性が低い銘柄では、株価が動かずβが過小評価されるため


①株価と市場指数の相関

まず示されたのは、株価の振れ幅(ボラティリティ)が似ている2つの企業の事例である。この場合、両社の算出される資本コストも近いはずだが、真逆になるケースがある。主な原因は、CAPMで株主資本コスト(COE)を計算すると、B社のβ値はゼロもしくはマイナスとなり、リスクフリーレートと同等の0.1%という驚きの結果が出る。「うちの株主資本コストは0.1%です、と開示したらアクティビストから抗議の電話が殺到するでしょうね」と野口氏は指摘する。

 

なぜこのようなことが起きるのか。

原因は、B社の株価が市場全体の動きと無関係あるいは逆の動き(逆相関)することで、計算上のβが極めて低く評価されるためである。市場全体が下がるときに上がる株式銘柄は、ポートフォリオのリスクを打ち消すため、理論上はリスクがゼロに近づく。しかし、これが永続的に続く保証はなく、この計算結果を鵜呑みにするのは危険である。

 ②財務レバレッジや事業構造の違い

次に示したのは、証券会社の比較である。同じ証券業でも、大手は借入を多用して財務レバレッジをかけているのに対し、準大手はほぼ自己資本で経営している。この財務構成の違いを考慮せずにCAPMを適用すると、事業の本質的なリスクを見誤る。実際にレバレッジの影響を補正して計算すると、大和証券や野村證券の資本コストは1%台という、これまた実態とはかけ離れた数字になってしまうのである。

 

株式の流動性

そして、最も多くの企業に当てはまるかもしれないのが株式の流動性である。

野口氏は、ある企業のチャートを示した。株価は非常に安定しており、β値は極めて低く計算される。しかし、その内実を見ると、利益は激しくブレているハイリスクな企業であった。なぜ株価が安定しているのかといえば、答えは「1日の出来高が90万円程度」と、ほとんど取引されていないからである。


「市場から見られていない会社なので、株価も動かない。こういう会社を計算式通りにCAPMで計算したら、とんでもなく低い資本コストが出てしまうのです」

この指摘は、多くのCFOが抱える悩みの核心を突いている。計算式に当てはめるだけでは、自社の本当の価値やリスクは見えてこないのである。

池川氏は、CAPM理論の実務上の位置づけについて、「CAPM理論は万能かというと、結論としては万能ではない」と指摘した。証券会社の実務の立場から見ると、理論的に算出されるCAPMの数値と、実際に投資家が要求するハードルレートには乖離があるという。

「我々が知りたいのは、投資家が何%のハードルレートを要求しているのかということです」と述べ、投資家ごとに要求リターンが異なる以上、証券会社が推計する数値にもずれが生じると説明した。
また、CAPMを実務に適用する際には、業界平均β値の活用、リスクプレミアム・流動性プレミアム・小型株プレミアムの加味、β値が不安定な場合のROEによる補完など、さまざまな変動要因も考慮する必要がある。

一方で、実務において重要なのは数値そのものの精緻化だけではないと強調した。「実務において我々がやっているのは、投資家との対話の一つの出発点とすることです」と述べ、CAPMに基づく理論値を一定程度補正したうえで開示し、IRの場で機関投資家との対話を通じてフィードバックを得ることが重要であるとした。

「投資家が本当に重視するのは、経営者が資本コストを意識して経営の意思決定プロセスに組み込んでいるかどうかです」

資本コストの開示やCAPMの活用は、単なる計算手法ではなく、経営者の質や経営の質を投資家が見極めるための材料となる。そのため、CAPMや資本コストの考え方を投資家との対話のツール、共通言語として活用していくことが重要であると説いた。

コングロマリットの苦闘 赤字8,000億円を乗り越えた「対話」と「規律」


理論の限界が示された後、議論は巨大コングロマリットの実践へと移る。解説したのは、2018年から2026年3月まで楽天グループ株式会社のCFOを務めた廣瀬氏である。モバイル事業の巨額投資により、7期連続の赤字、有利子負債は5倍以上に膨れ上がり、市場からは「流動性リスク」を突きつけられた激動の8年間を、当事者として生々しく語った。

「PBRというお題をいただいて、ちょっと勘弁してくれよと思いながら(笑)」と廣瀬氏は切り出す。在任中にPBRは1.3倍から2倍弱へと上昇したものの、計算式の分子である株価の上昇が主要因ではなく、その背景には分母となる1株当たり純資産(BPS)の減少があった。

赤字が続き、純資産が毀損していく中で、いかにして市場の信頼を繋ぎ止め、企業の根源的価値を理解してもらうか。その壮絶な戦いの記録は、すべての経営者やCFOにとって示唆に富むものであった。

廣瀬氏が実践したPBR向上、すなわち企業価値向上策は、3つの柱で構成されている。

PBR、企業価値向上の3つの柱
①内部管理の高度化
②外部ストーリーの改革
③財務の規律

①内部管理の高度化

かつての楽天グループでは「インターネット企業だからアセットライト、PLだけ見たらいい」という発想が強かったという。廣瀬氏はまず、この意識改革に着手した。事業別のBS(バランスシート)を作成し、ROIC(投下資本利益率)経営を導入。アセットアロケーション、キャピタルアロケーション、有限のリソースをどう配分するかに関して社内に理解させ、資本コストを意識させた。この積み重ねで、全社としてしっかり戦略的事業にリソースをアロケートすることを意識したという。

外部ストーリーの改革

自己資本が減る中で、投資家に何を伝えるのか。廣瀬氏が打ち出したのが「メンバーシップ・バリュー」という独自の概念である。これは楽天エコシステム(経済圏)に内包される価値を可視化する試みであり、「赤字のコングロマリット」という見え方を、「エコシステム価値を持つ企業」へと転換し、顧客が経済圏の中を回遊することで生じるLTV(ライフタイム・バリュー)の最大化こそが真の価値とした。

「マーケットだけではなくて、ステークホルダー、取引金融機関、さらには従業員、市場の店舗さんも含めて、不安を持たれないようにしっかりとコミュニケーションをとることが大事と思って取り組んでおりました」
と廣瀬氏は力を込めた。

③財務の規律

ストーリーだけでは市場の不安は払拭できない。特に2022年から2023年にかけては、「事業としてちゃんと継続できるんですか、お金は回りますか」というゴーイングコンサーンへの懸念がピークに達した。

これに対し、楽天はハイイールド債の発行を含むあらゆる調達手段を駆使した。さらに、キャッシュ・コンバージョン・サイクルの改善に全社で取り組み、約2,000億円もの内部資金を捻出することに成功した。これによりリファイナンスリスクを完全に払拭し、市場の信頼を回復。格付けも改善し、国内社債市場への復帰を果たした。

「EPS(1株当たり純利益)が下がってPBRが上がるということは、会計的な自己資本が減っても、企業の価値としてきちんと理解をしていただくという形ができていると思っております」という廣瀬氏の言葉で締めくくられた。

池川氏は、直近の資本市場で起きているのは、短期的に事業再編し、短期的に赤字が懸念されるため、中長期目線で経営をしようとすると、上場廃止という選択肢がよく出るという。

そのなかで、「過去の8,000億円を超える累積赤字や、5.5兆にもおよぶ借入など、会社としても厳しい状況に置かれながらも、投資家や金融機関もよく支えた」
こうした、市場の多くの会社とは異なるアプローチをとる楽天を「資本市場、株式市場だけじゃなくて借入市場もフル活用して、この危機を乗り越えられた。三木谷さんの強烈なリーダーシップもあったと思いますが、これを裏側で支えてきたCFOの力量っていうのはものすごく大きい」と賞賛した。

CFO経験のある武地氏からも廣瀬氏へ質問が飛んだ。

「CFOとして、どのように周りの事業責任者と協力するのか、説得していくのか」

廣瀬氏の答えは、シンプルであった。「ある程度、時間をかけてコミュニケーションしてきました」。この言葉の裏には、深いメッセージが込められていた。

2018年頃から、事業別バランスシートを各事業に示し、資本を意識した経営への理解を得るために時間をかけて進めてきたという。予算策定へ段階的に組み入れ、2025年分あたりまで反映。事業ポートフォリオを見る際は、資本をどのくらい使ったか、赤字額、累積投資の回収時期などを確認してきた。そして、2024年頃からは、キャッシュコンバージョンサイクルの短縮にも取り組み始め、単なる資金の貸し借り競争にならないよう配慮してきたという。こうした、関係者とのコミュニケーションの積み重ねが企業の土台を作り、価値を生み出す源泉となっているのである。

中小上場企業の現実 「優良企業」ではなく「優良銘柄」を目指せ!

楽天のようなダイナミックな経営が展開される一方で、日本の資本市場には全く異なる現実が存在する。セッションの後半では、大庭氏が地方の中小上場企業が直面する厳しい実態を明らかにした。

「1日の平均売買代金が90万円。こういう会社さんがメインでございます」。
これは、さきほど議論されていた、利益が大きくブレる会社がなぜ株価が安定しているのかといえば、ほとんど取引されていないからという、「流動性」がない特徴にピタリと当てはまる。

大庭氏が関わる地方の企業の多くは、機関投資家から見向きもされず、たとえ業績が倍になっても株価が全く動かない、という現実に苦しんでいる。海外の機関投資家が市場を動かす中、NVIDIAのような大型株に資金が集中し、小型株はそもそも投資の選択肢にすら入らないのである。

そのための具体的な施策として、大庭氏は「飛び道具」と表現しつつも、個人株主に焦点を当て、株主優待や配当金によって個人株主層を厚くし、売買高を創出する必要性を説く。これが、機関投資家が参入するための最低限の土台となるのである。

池川氏は、発想の転換を促す。
「優良企業を目指すんじゃなくて、『優良銘柄』になりましょうという話です」。

「優良企業」であることと、投資対象として魅力的な「優良銘柄」であることは、必ずしもイコールではない。優良銘柄になるためにまず必要なのは「流動性」、つまり取引の厚みである。池川氏は「1日平均1億円の出来高」を一つの目安として提示する。


しかし、より根深い問題はガバナンスにある。大庭氏は「地方の上場会社を見ていて思うのは、創業家が株価向上の恩恵を総取りしている状況が非常に色濃く出ている」と指摘する。これでは、経営を担う次世代の人材に株価を上げるインセンティブが働かない。

ここで強力な処方箋として提示されたのが、インセンティブプランの設計である。特に議論を呼んだのが、通称「踏み絵オプション」と呼ばれるペナルティ要素を持たせたものだ。これは、将来株価が一定以上下落した場合、当初の高い価格で株式を買い取らなければならないという、罰則的な側面を持つものである。

「本気で経営にコミットしない役員は、受けるか受けないかで分かる」と大庭氏は語る。実際に導入した企業では、数名が購入しなかったという。これは、経営陣の覚悟を問い、株価への当事者意識を植え付ける、まさに「踏み絵」なのである。

廣瀬氏は、「楽天も元々はバランスシートを気にしたことがない会社だった」と振り返る。意識が変わる大きなきっかけは、やはり「モバイル事業への参入」という巨大な設備投資であった。「資本がない、どうする」という切実な状況が、会社全体の意識をバランスシート経営、資本コスト経営へと向かわせたのである。

一方、野口氏は「オーナーがいて、かつその人が株価をどう上げるかをずっと見ている会社は強い」という仮説を提示した。ソフトバンクの幹部が語った「うちに一番怖いアクティビストがいますから。『孫』っていう人です」というエピソードを引用し、トップの株価に対する執念が、企業をPBR向上の道へと突き動かす強力なエンジンになることを示唆した。


楽天のダイナミックな財務戦略とは対照的な、地道で、時には痛みを伴う改革。しかし、これこそが市場から忘れられた中小上場企業が再び輝くための、現実的な第一歩なのかもしれない。

おわりに:資本効率経営時代にCFOが果たすべき役割

理論の限界、コングロマリットの死闘、そして中小上場企業の現実。様々な角度から語られた議論は、池川氏による市場環境の変化の指摘によって締めくくられた。

「昔の2000年代初頭は売上至上主義で、株価は他人が決めるという意識が強かった。それが今、資本効率経営へと大きく変わった。与えられた資本に対してどれくらいの利益があるか、クオリティをどう追求していくかという大きな転換点を迎えています」

この言葉が示すように、企業経営は売上規模の拡大を追う時代から、資本をいかに効率的に活用し、持続的な企業価値向上につなげるかが問われる時代へと移行している。PBR向上は、単なる株式市場向けのテーマではない。経営者やCFOが、自社の資本コスト、収益性、成長戦略、そして投資家との対話のあり方を総合的に見直すための重要な経営課題である。

その出発点となるのは、自社の資本コストを正しく捉える姿勢である。CAPMによる計算値は一定の参考にはなるものの、それを唯一の正解とすべきではない。逆相関、財務レバレッジ、流動性といった理論上・実務上の限界を理解したうえで、投資家との対話を通じて、自社が向き合うべきハードルレートを継続的に調整していく必要がある。資本コストは机上で一度算出して終わるものではなく、市場との対話の中で磨き込まれていく経営指標なのである。

同時に、企業は社内外に対して一貫した企業価値のストーリーを語る必要がある。会計上の数字が厳しい局面であっても、自社の根源的な価値は何かを定義し、それを分かりやすい指標や言葉で可視化することが重要である。そのストーリーが社内に共有されて初めて、ROICやCCC改善といった具体的なアクションへとつながっていく。対外的にも、短期的な業績説明にとどまらず、中長期でどのように企業価値を高めていくのかを粘り強く伝え続けることが求められる。

さらに、PBR向上を実現するためには、経営陣自身が株価に対する当事者意識を持つことが不可欠である。特にオーナーシップと経営が分離しつつある企業では、経営陣が株価向上の成果を享受し、同時に株価下落の痛みも共有するインセンティブ設計が重要となる。「株価は市場が決めるもの」という他人事意識から脱却し、株価を経営の結果として真正面から受け止める姿勢が、資本効率経営を実効性あるものにしていく。

資本コスト経営に、唯一絶対の経営策はない。しかし、理論を理解し、自社の置かれた状況を正確に把握し、経営トップが株価に対する強烈な執念を持つことで、PBR向上という目的地へ着実に近づくことはできる。今回の議論は、CFOが単なる財務管理の責任者ではなく、企業価値向上を牽引する経営の中核であることを改めて示すものとなった。

アーカイブ動画を無料公開中!

「会計ファイナンス人材Conference2026」のセッションアーカイブ動画を、CPAラーニングで公開しています。
「実際のセッションの様子を見たい!」「もっと詳しく知りたい!」

そんな方は、ぜひ下記のボタンからご視聴ください!

CFO LEADERS SUMMIT2026開催決定!

詳細・お申し込みは下記よりご覧ください!
https://cpass-net.jp/cfo-leaders-summit/?utm_source=cpass&utm_medium=report&utm_campaign=20261115_cfosummit 

新着記事

LBOとは

2023/01/10

LBOとは
モヤカチ

2021/07/05

モヤカチ
問題解決

2021/07/05

問題解決
PEとVCの違い

2021/05/10

PEとVCの違い

新着記事をもっと見る