【イベントレポート】会計ファイナンス人材が事業サイドで活躍するには
「正論を伝えているのに、現場が動いてくれない」。「情報が足りず、右か左かの経営判断が下せない」。監査法人やコンサルファームで専門性を磨き、事業会社のCFOや管理部長に転身した会計ファイナンス人材の多くが、こうした壁にぶつかってしまう。
過去の数字を分析できる優秀なプロフェッショナルが、なぜ事業サイドでは実力を存分に発揮できないのか。この問いを紐解くため、PEファンドの投資家、戦略コンサルタント、起業家、総合ファームの経営者という、立場も背景も異なる5名が顔を揃えた。
彼らが共通して指摘したのは、専門家特有の「優等生マインド」の限界だった。正確性という武器を携えつつ、100%の正解がない事業の世界で成果を出すための思考法に迫る。

登壇者プロフィール(写真左から)
瀬戸山 広樹/ジャフコ グループ株式会社 プリンシパル(ファシリテーター)
公認会計士。EY新日本有限責任監査法人にて監査・IPO支援に従事し、東証への出向を通じて上場審査の最前線も経験。現在はジャフコグループにて、キャピタリストと伴走しながら投資先のバックオフィス構築や上場準備支援を手がける。
神野 美穗/株式会社サイオンアカデミー 代表取締役 公認会計士。「人と違うことをする」を信条に教育系の会社を起業。社外役員等も務めながら、「失敗を恐れず60点でも挑戦する」姿勢を体現し、公認会計士として自身のレアキャラ化も推進している。
鈴木 絢子/株式会社Dears Capital パートナー 公認会計士。監査法人トーマツ、KPMG FASでのM&Aアドバイザリーを経て、より深く経営に携わるべくPEファンドへ参画。現場に常駐し組織を動かす「ボディオン」の投資育成を経験し、現在は日本初の「女性活躍促進ファンド」を掲げるDears Capitalのパートナーとして奮闘している。
豊田 康一郎/株式会社経営共創基盤(IGPI)マネージングディレクター、株式会社IGPIグループ 共同経営者(パートナー) 公認会計士。監査法人でキャリアをスタートさせた後、IGPIへ参画し17年にわたり戦略コンサルや事業再生、M&Aを主導。大手鶏卵会社へのマジョリティ投資・経営再建をはじめ、自らリスクを取って現場を動かす「仮説思考」のプロフェッショナルである。
前川 研吾/RSM汐留パートナーズ株式会社 代表取締役社長CEO 公認会計士。EY新日本有限責任監査法人にてIPO支援業務に従事した後、独立してワンストップファームを創業。公認会計士、税理士をはじめ多様なプロフェッショナルが在籍する数百名規模のファームへと育て上げ、自らも英語やAI・テクノロジーへとスキルの「面積」を拡張し続けている。
1.直面する壁:専門性が生む「部分最適」と、現場を動かす「実行力」の欠如
セッションの皮切りとして、ファシリテーターを務める瀬戸山氏は、VCの立場で投資先のIPO支援などに伴走する中、数多くのCFOや管理部長の横で目撃してきた課題を提示した。
「監査法人などから事業会社へ転職された際、周囲からの初期の期待値と、実際に発揮されるパフォーマンスの間にギャップが生じ、苦しむケースが非常に多いです」
なぜ、専門性を磨いてきた優秀なプロフェッショナルたちが事業の現場で壁にぶつかるのか。登壇者たちの口から、専門家が陥りがちな共通の罠が明かされた。
・100%正しい証拠を待っていたら、競合に負ける
経営共創基盤(以下、IGPI)で数々の事業再生を主導してきた豊田氏は、数字への強さを武器としつつも「マインドセットのアンラーニングが必要だ」と強調する。
「戦略コンサルや事業再生の現場に来た会計ファイナンス人材は、全員が『仮説思考』と『ゼロベース思考』の弱さにぶつかります。監査は硬い証拠を積み上げて100%正しい答えを出す仕事ですが、事業の経営判断は真逆。不完全な情報から『右か左か』を即座に提言しなければならず、証拠を待っていては競合に負けてしまいます。私自身も監査法人からIGPIに移った当初は、議論のスピード感にまったくついていけませんでした」

積み上げ思考を土台としつつ、限られた情報でスピード感を持って判断を下す仮説思考を掛け合わせる。思考の幅を広げてこそ、経営の意思決定に真にコミットできるのだ。
・原因分析は得意だが、「生き物」である組織を動かし切れない
PEファンドの最前線で投資先のバリューアップに携わる鈴木氏は、仮説を立てた後の実行フェーズにおける2つの大きな課題を挙げる。
「会計ファイナンス人材は、原因の分析や改善提案をレポートにまとめるのが非常に得意ですし、私も監査法人やFAS時代はそれが自身の役割だと考えていました。ですが、綺麗にまとめた提案であっても、ビジネスの構造や組織内の感情、人間関係を踏まえた上で現場に落とし込み、最後までやり切る実行力が伴わなければ成果にはつながりません。そして、その実行は1人の力では限界があり、他部署を含めた周囲を動かすための信頼関係の構築が不可欠になります。これらも事業会社に飛び込んだプロが直面する大きな壁だと感じています」
現場の状況や人間関係を丁寧に理解し、地道に信頼を築く。そうした取り組みを重ねることで、提案は具体的な成果として実を結ぶのだ。
・資格の範囲に閉じこもり「部分最適」に陥る罠
続いて、数百名規模のプロフェッショナルファームを率いる前川氏は、強固な専門性そのものが生み出す「思考の檻」に警鐘を鳴らす。
「公認会計士や税理士などの資格は強力な武器ですが、皮肉にもその資格の範囲内に自分の可能性を閉じこめてしまう罠があります。自分の領域だけに囚われると、数字の裏側にある『なぜこの取引が生じているのか』『どういう経営戦略なのか』という上流のビジネスを見に行くアンテナが弱くなり、結果として全体最適ではなく、狭い『部分最適』の仕事しかできなくなってしまうのです」
専門性の鎧が、かえってビジネス全体を見渡す視野を奪ってしまう。自分の領域の殻に閉じこもらず、数字の背景にある経営文脈へ踏み込むしなやかさが求められる。
・「財務会計」のプロでも、事業計画は作ったことがない
最後に、社外役員として多くの人材を見届けてきた神野氏は、周囲からの「過剰な期待」と「本人の実務経験」のギャップを指摘する。
「周りの経営陣は『会計士なら事業計画なんて簡単に作れるだろう』という先入観で仕事を振ってきます。しかし現実には、過去の数字をまとめる『財務会計』のプロであっても、未来の数字を描く『事業計画』はキャリアの中で一度も作ったことがない人が大半です。ここで知ったかぶりをして抱え込んでしまうか、プライドを捨てて素直に挑戦できるかで命運が分かれます」

過去の数字を正確に整理・検証する仕事と、不確実な未来を設計する仕事は必要とされる視点や思考のベクトルが大きく異なる。やったことがない自分を認め、プライドを捨てて周囲に教えを乞いながら泥臭く食らいつけるかどうかが、事業会社で会計ファイナンス人材が活躍できるか否かの真の分岐点となる。
2.「積み上げ思考」からの脱却と、打席に立ち続ける「60点の勇気」
では、これらの構造的な壁をどう乗り越えるべきなのか。ファシリテーターの瀬戸山氏が投げかけた「職人気質の積み上げ思考から、どうやって仮説思考へ頭を切り替えるべきか」という問いに対し、事業サイドで突き抜けるための具体的なマインド転換が語られた。
・「尻上がり」の積み上げ思考に、「垂直立ち上げ(仮説志向)」を掛け合わせる
豊田氏は、プロフェッショナルが成果を出すための思考プロセスを、仕事の進め方の「角度」になぞらえて解説する。
「証拠を一つひとつ集めていく『積み上げ思考』は、時間をかけて準備を重ねた最後に成果物が仕上がる『尻上がり』のイメージです。もちろんその正確性は重要ですが、事業サイドの意思決定には、まず仮説を置く『垂直立ち上げ』のスピード感が求められます。最初の3日間で『買収先のシナジーはここにあるはず』と大括りの仮説を宣言し、それを裏付けるためにリサーチを走らせる。最初は抵抗があるでしょうが、まずは『仮説が立っていない状態のほうが気持ち悪い』と感じるまで脳を慣れさせることが第一歩です」
ファシリテーターの瀬戸山氏が「ミクロな積み上げの正確性と、マクロに俯瞰して仮説を立てるバランスの両立ですね」と応じると、豊田氏も深く頷いた。強固な「積み上げ思考」を捨てるのではなく、そこに「垂直立ち上げ(仮説思考)」を掛け合わせること。そのハイブリッドな思考こそが、激変する事業環境で意思決定を導く強力な武器になる。
・理系研究者のように、失敗して軌道修正すればいい
この豊田氏の指摘に対し、ワンストップファームを率いる前川氏は自身の経営スタイルを振り返り、実体験に基づいた「試行錯誤」の重要性を語る。
「最初から綺麗な仮説思考ができていたわけではありません。私自身もバイオ系の研究者のように色々なアクションをやってみて、失敗しては軌道修正を重ねることで組織を大きくしてきました」
ファシリテーターの瀬戸山氏も「私自身も『まずは打席に立って、滑って(失敗して)ナンボ』という意識で仕事をしています。会社の命を奪うような致命傷にならない限り、失敗して先に進むほうが圧倒的にハイスピードで経験値が貯まるからです」と呼応する。
完璧な仮説にこだわり立ち止まるくらいなら、致命傷を避けつつ打席に立ち続ける方が、結果として早く正解へたどり着くのだ。

・失敗したら上司の責任。80点ではなく60点で食らいつけ
社外役員や経営者として現場を見届けてきた神野氏は、完璧主義の呪縛に苦しむ専門職へ向けて、組織の構造と挑戦のハードルを明示する。
「失敗が許されないというプレッシャーに縛られていると、新しい一歩が踏み出せなくなります。しかし、5回行動して1つでも成功すれば大きな価値を生むことは多々あります。そもそも、未経験の仕事を任されて仮に失敗したとしても、それは『見極めて仕事を振った上司の責任』です。組織にはカバーし合える仕組みや仲間がいるのですから、1人で抱え込む必要はありません。初めから80点の完成度を目指すのではなく、まずは『60点』でも全力で未知の領域に食らいつく姿勢こそが、自分を爆発的に成長させるのです」
リスクを個人で背負い込み、100%の準備を待っていては何も始まらない。上司や組織のカバーを信頼し、60点の完成度でも泥臭く打席に立ち続けること。その腹をくくった者だけが、専門職の枠を破り、事業を動かす真の当事者へと脱皮できるのだ。
3.現場を動かす「商売人魂」と、キャリアの「面積」を広げるサバイバル戦略
仮説を立て、60点でも飛び込んだ後、事業をドライブさせるために必要なものは何か。瀬戸山氏からの「組織を動かしてハードルを越えた好事例はあるか」という問いに対し、現場の泥をかぶってきた者ならではの答えが返ってきた。
・「士業は商売人魂が足りない」を覆す、自ら動く背中
PEファンドの最前線で投資先のバリューアップを手がけてきた鈴木氏は、現場の信頼を勝ち取るための覚悟と、修羅場を越える「引き出し」の重要性を語る。
「尊敬するCFOから言われて胸に刺さっているのが『士業は商売人魂が足りない。事業をやりたいなら商売人魂を持て』という言葉です。誰も動いてくれないと嘆く前に、地味で泥臭い実務を自分が圧倒的な覚悟でやり遂げる。その背中を見せて成果を出して初めて、現場は『この人は口だけじゃない』と信頼し、周囲を巻き込んだモメンタムが生まれます。 猛暑・冷害による在庫滞留やコスト高騰、コロナ禍が直撃した家電ECの修羅場でも、生き残るCFOは圧倒的な『引き出し』と覚悟を持っていました。その引き出しの源泉は、監査法人時代から未経験の仕事にも積極的に手を挙げ、仕事の量と幅を自ら広げてきた過去の蓄積にあります」

分析や提案にとどまらず、自ら手を動かして成果を出す「商売人」へ。泥臭い実務を通じて事業部門のメンバーや現場の社員からの信頼を勝ち取り、「この人と一緒に動こう」と仲間を巻き込んでいくこと。そして若いうちから知見の引き出しを増やしておくことが、修羅場を突破する強力な武器となる。
・スペシャリストの柱を持ちながら、スキルの「面積」を増やせ
ワンストップファームを率いる前川氏は、事業会社で活躍し続けるためのスキルセットを「面積」という言葉で表現する。
「事業会社に放り込まれると、自分の専門性など事業のほんの一部でしかない現実を突きつけられます。だからこそ『スペシャリストでありながら、ゼネラリストのマインドを持つこと』が重要です。 会計ファイナンスという強固な1本の柱があるからこそ、そこに安住せず、ITや英語、AIなどビジネスパーソンとしてのスキルの面積を拡張していく。私自身も30歳を過ぎてから必死で英語を学び、現在はAIやテクノロジー領域を積極的に伸ばしています。新しい領域を学び続ける姿勢そのものが、直面する課題を解決する鍵になります」

専門性という1本の柱に甘んじることなく、隣接する領域へと学びの面積を広げていくこと。強固な専門性と柔軟な拡張性を併せ持つハイブリッドな人材こそが、激変する現場で価値を発揮し続けられる。
・人と違うことをして、自分の価値を「レアキャラ化」する
教育系企業を起業し社外役員も務める神野氏は、競争を避けて独自のポジションを確立するサバイバル戦略を提示する。 「ライバルが多い激しいレッドオーシャンで戦い続けるのは過酷です。私は誰もいない海でお魚取り放題を狙う『ブルーオーシャン戦略』で自分をレアキャラ化することを意識しています。
自分独自の強みを見つけるには『ある朝、言葉も通じない見知らぬ異国で目が覚めたら、どうやって生き残るか?』と問いかけてみることです。私自身は『教えること』が好きだったので教育系の会社を立ち上げました。ちなみに最近は筋トレに励み『懸垂と倒立ができる会計士』を目指しています。『そんな変わった士業がいるのか』と一瞬で覚えてもらえることこそが、事業の世界で生き残る強力な武器になります」
人と同じ領域で正解を競い合うのではなく、独自の強みや掛け合わせによって「代えの利かないレアな存在」になること。「覚えてもらえる」ための差別化と個性の発揮が、レッドオーシャンの消耗戦を抜け出す最強の武器となる。
4.明日からできるプロアクティブ・アクション:身近な大局観の鍛え方
セッションの締めくくりとして、ファシリテーターの瀬戸山氏から「明日からすぐに実践できる具体的なアクションプラン」が求められ、プロフェッショナルたちから日常を最高の教科書に変えるための知恵が提示された。
・日常を仮説検証の教材に変える
豊田氏は、仮説思考を日常で鍛える方法として「電車内の広告を見て企業の強みを考察する」「会議前に相手の悩みの仮説を3つ用意する」といったトレーニングを推奨する。瀬戸山氏も、社長への「1分間エレベーターピッチ」の考案や自社の意思決定プロセスの追体験を挙げ、日常の風景や目の前の事例から自ら仮説を立て、外れた原因を振り返るサイクルを回すことの重要性を強調した。
・「プランB」を用意し、行動量を増やす
挑戦への心理的ハードルを下げる工夫として、神野氏は「常にプランAとプランBを用意し、1つがダメでも次を試す仕組みを作ること」を提案する。鈴木氏も自身のキャリアを振り返り、「不安に捉われず、自分の興味に忠実にまず『やってみる』姿勢が結果に繋がる」と強調。60点の完成度でも泥臭く挑戦を重ねることが、修羅場を乗り越える「知見の引き出し」になると説いた。
・多様な人と会い、現在地を再定義する
前川氏は、社外の様々な世代・業種のプロフェッショナルと積極的に対話することを呼びかける。専門性の枠に閉じこもらず、多様な視点に触れて自分を客観視することで、自らの強みを再定義し、唯一無二のポジションを見つけ出せるという。
専門性の殻を破り、経営者としての「当事者」へ
公認会計士をはじめとする会計ファイナンス人材は、職人気質のミクロな積み上げ思考という、他にはない強力な武器をすでに持っている。
しかし、事業会社という荒波で突き抜けるためには、その専門性という鎧に囚われず、マクロに俯瞰して未来を創る「商売人魂」と「ゼネラリストの視点」を掛け合わせることが不可欠だ。「100%の正確性」という心地よいプライドを捨て、60点でも泥臭く仮説をぶつけ、自ら動いて現場を巻き込んでいくこと。
専門性に基づく正確な分析や数字の管理は、企業にとって不可欠な土台である。しかし、そこから事業を力強く推進するリーダーへと飛躍するためには、もう一歩踏み込む覚悟が必要だ。自らの手でリスクを取り、仮説を検証し、変化に適応しながら事業を泥臭くドライブさせる実行者を求めているのだ。自分を信じてアクションを起こした者だけが、部分最適の殻を破り、未来のビジネスを牽引する真のリーダーになれるのだ。
アーカイブ動画を無料公開中!
「会計ファイナンス人材Conference2026」のセッションアーカイブ動画を、CPAラーニングで公開しています。
「実際のセッションの様子を見たい!」「もっと詳しく知りたい!」
そんな方は、ぜひ下記のボタンからご視聴ください!
CFO LEADERS SUMMIT2026開催決定!

詳細・お申し込みは下記よりご覧ください!
https://cpass-net.jp/cfo-leaders-summit/?utm_source=cpass&utm_medium=report&utm_campaign=20261115_cfosummit
新着記事
2026/09/04
2026/08/21
2026/08/21
2026/08/07
新着記事をもっと見る
