【イベントレポート】「サーベイ」から紐解く会計ファイナンス人材の可能性
今の会社で評価されている。待遇にも不満はない。だが、10年後に自分がどうなっているかは、全く見えないーー。
公認会計士や経理担当者が陥りがちなこの「無意識の停滞」を浮き彫りにしたデータがある。計662人の当事者の声を分析した「会計ファイナンス人材サーベイ2026」だ。全20にも及ぶ講演が行われたカンファレンスで、当日会場で配布されたこのサーベイを読み解く本セッションは、他とはひと味違うアプローチで大きな注目を集めていた。
満足と不安が共存するこの状態から抜け出し、自らの可能性を解き放つ(=Unlockする)ためには何が必要か。監査法人、税理士、事業会社、そしてキャリア支援のトップランナーたちが、データから見えてくる現実と生存戦略を徹底議論した。
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登壇者プロフィール
眞山 徳人/CPAエクセレントパートナーズ株式会社 コンテンツマネジメント部 部長 公認会計士。公認会計士試験合格後、大手監査法人での監査・コンサルティング業務を経て独立。現在は同社にて「CPAラーニング」をはじめとする教育コンテンツのプロデュースを統括する。
武田 雄治/武田公認会計士事務所 代表 公認会計士。大手監査法人から上場企業へ転職後、決算早期化の仕組み化を武器に2005年に独立。以来21年間にわたり、実務家目線にこだわった決算・開示コンサルティングを一貫して手がけ、数多くの企業を支援する。
田原 広一/株式会社SoLabo 代表取締役・税理士 資格スクールの税理士講座講師を経て起業。現在は創業11期目を迎える株式会社と税理士法人の双方を経営し、会計・財務の実践的知見とマーケティングを掛け合わせた、独自の起業・資金調達支援を行っている。
森本 千賀子/株式会社morich 代表取締役 兼 All Rounder Agent リクルートにて25年間人材紹介の第一線で活躍後、独立。CXOクラスや社外取締役などハイクラス人材のキャリア支援を手がけ、自身も約20社の顧問や社外役員を兼ねる。
山口 健志/PwC Japan有限責任監査法人 執行役副代表 1999年の入所から約27年間、一貫して同法人でキャリアを歩む。現在は監査法人の経営に携わる立場から、多様なキャリアを展開する会計士人材の育成や、業界全体の持続的発展に向けて尽力している。
1.ルーティンに留まるな。期待値を超える者が感謝される
セッションは、サーベイに掲載されたとあるデータの分析から始まった。
今回の調査は「公認会計士・論文式試験合格者編(以下、公認会計士編)」と「経理人材編」の2つに分かれているが、いずれの対象者においても、約4割が「現状には満足だが、10年先のビジョンは不明確」という状態にあることが判明したのだ。
それを受け、ファシリテーターを務めた眞山は「現状への満足度が高い一方で、未来への不透明感や自信のなさも抱えている。その鍵を外し、可能性を広げていくこと、すなわちUnlockが本日のテーマです」と議論を導いた。


〇職種の問題ではない。感謝の本質は「期待値」の超え方にあり
では、キャリアの停滞をUnlockするための第一歩とは何か。
最初の具体的な論点となったのは、日々のやりがいに迫る「業務を通じて周囲から感謝されていると感じるか」という問いだ。回答者の多くが20代である公認会計士編のデータでは 「あまりそう思わない」という否定派がわずかに多数を占める結果が出た。
これに対し、監査法人で長年キャリアを重ねてきた山口氏は、構造的な理由を指摘する。
「監査という性質上、独立性を保つ必要があるため、クライアントとの関係性には一定の節度が求められます。特に若手のうちは上司の指示による定型的なチェック作業が多く、直接対話する機会は限られがちです。しかし年次が上がり、新しい会計処理やシステム導入などのフェーズで専門家としての助言ができるようになれば、感謝される場面も確実に増えていきます。若いうちから業務上必要な範囲で、いかに自らクライアントと適切な接点を持てるかが重要です」

この視点に対し、かつて上場準備の過程で監査法人を利用した経験を持つ田原氏が、事業会社側のリアルな本音を被せる。
「自社のレベルが低かったこともありますが、監査法人から『ここがダメです』と形式的な指摘リストを渡されただけの時は、正直不親切だと感じました。一方、『こんなアプローチなら改善できますよ』と期待を超える提案をしてくれた時は、心から感謝しました。感謝されるかどうかは、職種の問題ではありません。相手の期待を超えられるかどうかの差です」
ここで、数多くの企業内研修を手がけ人材育成の現場を知る眞山が、サーベイで年代が上がるほど感謝の実感が高まるデータに触れつつ、若手へ向けて効果的な補助線を引いた。
「若手の頃は、顧客との接点や直接ご相談をいただく機会が少ないのは事実です。だからこそ、早い段階から能動的なコミュニケーションをどれだけ意識できるかが鍵になります。自ら働きかけることで、今向き合っている業務の捉え方そのものが『思った以上に価値のある仕事だ』と、前向きに変化していくはずです」


〇「金融庁の都合」で仕事をしない。経理がこだわるべき真の価値
一方、スキルアップを実感できていない経理人材がいることについて、20年以上にわたり企業の決算インフラ構築を支援してきた武田氏は厳しく本質を指摘する
「ルーティンをこなしているだけなら、成長実感を得られないのは当然です。今、サステナビリティ情報の開示など、会計を取り巻く環境は数十年で最大の変革期を迎えています。これは金融庁が勝手に決めたわけではなく、投資家や経営者が求めているからに他なりません。指示通りに動くのではなく、彼らの期待を超える情報を提供することこそが経理の本分。会計基準の習得にとどまらず、AIなどのツールを駆使してルーティンからいち早く脱却し、本来注力すべきディスクロージャー(情報開示)にエネルギーを注ぐべきです 」

ハイクラス人材のキャリア支援を行う森本氏もこれに同調する。
「新卒時の経理配属を、本意ではない『不運』と捉えてしまう人も少なくありません。しかし将来、事業部門への異動や起業など次のステージへ進んだ際、ビジネスの根幹である会計の基礎を身に付けていることは、他者と差別化できる圧倒的な強みになります。その大きなアドバンテージにこそ、もっと目を向けるべきです 」
両氏の発言を受け、眞山はバックオフィスが成長するための本質をこう要約した。
「前年と同じ役割をこなすだけでは成長はありません。期待値を1%でも超えようとする姿勢こそが、スキルを伸ばす分岐点です。また、進化するAIを使いこなす知識に加え、テクノロジーが業務を代替する時代だからこそ、データを経営に活かそうとする想像力や、人との関係性を築く人間力を高めることが不可欠になります」
2.目先の条件に惑わされず、キャリアの根を「下」へ深く張る
なぜ多くの専門職が「無意識の停滞」から抜け出せないのか。議論の中盤、テーマは可能性をUnlockするための最大の関門である「現状を変えることへの不安」へと移った。
サーベイの結果には、新たな挑戦に踏み出せない理由として「経験の活かし方がわからない」「能力不足」「年収や安定性への懸念」といった生々しい要素が並ぶ。前進したい気持ちを阻むこの足かせをどう外していくべきか、議論は核心へと向かう。


〇走りながら準備を整え、常に「選べる状態」を維持する
森本氏は、多くのビジネスパーソンが陥りがちな過度な慎重さに対し、市場のリアルな評価基準を突きつける。
「『もう少し経験を積んでから考えます』というのは、よくある先延ばしのパターンです。しかし、中途採用市場で評価されるのは今の専門性だけではありません。未知の環境への適応力や、変化を楽しむ主体性も大きな武器になります。準備を完璧にしてから踏み出すのではなく、走りながら準備を整える姿勢が必要です。一つの正解に固執せず、複数の選択肢を常に手元に残し、キャリアを選べる状態に保ち続けることが最強の生存戦略なのです」

〇「隣の芝」に惹かれた安易な転職に潜む罠
一方で、武田氏は若い専門職のキャリアチェンジに対して強い警鐘を鳴らした。
「近年、『コンサルに行けば年収が上がる』『IPO準備会社ならストックオプションがもらえる』といった、“隣の芝”に惹かれて転職を決める若い会計士が増えています。しかし、監査法人でインチャージすら経験しないまま、目先の待遇のために築きかけたキャリアを手放してしまうのは、非常に惜しいと言わざるを得ません。軸のない、性急なジョブホッピングは、自身の成長機会を自ら損なうことになりかねないからです。キャリアとは、安易に横へと広げるものではなく、まずは下に向けて深く掘り下げるもの。今いる場所でしっかりと根を張り、専門性のコアを確立することこそが、長期的に市場価値を高める王道です」
山口氏は、外の世界で真価を発揮する「監査法人出身者の強み」について、温かくも力強い言葉を重ねる。
「『次のステップでこれを実現したい』というポジティブな意志で動く人に比べ、現状への不満から消去法で転職を選ぶ人ほど、自身の能力不足に怯えてしまいがちです。ですが、決して悲観する必要はありません。監査という職能を通じて、あらゆる企業の『健全で理想的な実務の形』を横断的にインプットしてきたという事実は、事業会社などに踏み出した際にも、大きな強みになり得ます」
〇独立の成否を分ける「腹の括り方」
さらに、独立を巡る不安に対して田原氏がリアルな境界線を提示した。
「実際に独立を果たす人の多くは、『この事業を形にしたい』『挑戦したい』という能動的な意志で動いています。一方で、『独立すべきか悩んでいる』という相談の段階にとどまっている人で、本当に一歩を踏み出す人はほとんどいません。 決断する人はすでに腹が固まっており、『やるかやらないか』ではなく、『どうすれば集客を最大化できるか』という、実践的な問いに思考をシフトさせているからです 」
田原氏の言葉を受け、眞山も「独立は自らの決断一つで成立するからこそ、どれだけ覚悟を決め、前向きな未来を描けているかが明確な分かれ道になる」と深く頷いた。
不安を消そうと焦り、目先の好条件に流されるのは本質的な解決にはならない。今いる場所で専門性の根を深く掘り下げ、自らのキャリアに対してどこまで腹を括れるか。その揺るぎない覚悟を持った者だけが、自らの可能性をUnlockし、次なる扉を開くことができるのだ。
3.資格の足し算ではなく、実務を起点に専門性の掛け算を始めよ
現在地を知り、不安との向き合い方を定めた先に必要なのは、具体的な行動だ。しかしサーベイでは、将来への不安を抱えながらも「特に行動は起こしていない」と回答する層が3割を超えていた。会計ファイナンス人材が自らの価値を磨き、具体的な武器として形にするには何が必要なのか。次に進むべき、実践のステップを整理する。


〇「会計×〇〇」の掛け算で唯一無二の存在へ
税理士資格を持つ田原氏は、専門職が陥りがちな「資格取得のループ」に警鐘を鳴らす。
「不安になると『次は社労士だ。その次は中小企業診断士だ』とダブルライセンスに走る人が多い。自己研鑽は素晴らしいことですが、市場で評価されるのは資格の足し算ではありません。必要なのは、ビジネスの必須インフラである会計に、AIやマーケティングといった異なる領域を掛け合わせること。 この掛け算をやり切っている人材は驚くほど少ないため、一つ掛け合わせるだけで一気に市場で唯一無二の存在になれます」

森本氏も、人材市場における「掛け算による希少性」の有効性に賛同する。
「会計を一から学ぶのは膨大な時間がかかりますが、皆さんにはすでにそのベースがある。そこに実務でのビジネス経験や経営マネジメント能力を掛け合わせることで、社外取締役や非常勤監査役といった経営層・ガバナンス層としてのオファーも視野に入り、キャリアの選択肢を広げることが可能になります」
眞山はここで、キャリア戦略における重要な視点を提示した。
「掛け算によって希少性を引き上げる際、自分がどこでエッジを立てるかというポジショニングの発想が極めて重要になります。そして、現在地と目指す将来を繋ぐためには、一歩踏み出して具体的な行動を始めなければなりません」
〇市場価値から逆算するな。数字の「背景」を言語化せよ
では、日々の日常業務の中で具体的にどんなアクションを起こすべきか。武田氏は、真のスキルアップとはハードスキルの習得だけではないと語る。
「仕訳が切れる、決算書が読めるというのは、いわば基本のルーティンに過ぎません。本当に重要なのは、数字の背後にあるビジネスモデルや競合の動き、さらには社会・経済のトレンドを読み解き、自らの言葉で言語化することです。このプロセスを日常の実務を通じて愚直に繰り返すことが、プロフェッショナルたる条件なのです 」
山口氏もこれに強く同意し、現代のビジネスパーソンが陥りがちな「学びの罠」を指摘してセッションを締めくくった。
「自分の市場価値を上げることだけを目的に学ぶと、ゴールが曖昧になり、知識として身に付きにくくなります。大切なのは、目の前の実務を深掘りする中で『英語が必要だ』『AIの知識が足りない』などと痛感し、必要に迫られて学びに行くこと。市場価値というものは、目の前の課題を解決し続けた結果として、後から自然とついてくるものです 」
〇現状維持のリスクを脱し、自らの手で可能性の鍵をひらく
指示されたタスクを淡々とこなすだけで価値を認められ、評価され続ける時代は、すでに過去のものになりつつある。かといって、確固たる軸を持たないまま、目先の条件やトレンドに流されてしまうキャリアに対して、市場の評価は決して甘くはない。
セッションの最後に、眞山は会計ファイナンス人材が未来をUnlockするための普遍的なスタンスをこう総括した。
「今回のサーベイで見えてきたのは、未来が見えない人が多いという悲観的な事実ではありません。現状に満足しつつも、自分の可能性にまだ気づいていない人が多いということです。会計を軸に他領域を掛け合わせて希少性を高めていくことと、今いる場所で専門性の根っこを深く掘り下げていくこと。双方が新しい時代を切り拓く力になります。テクノロジーの進化で環境が激変する今だからこそ、『自分は今、何のためにこの仕事に向き合い、どんな価値を生み出したいのか』という原点を問い続けることが欠かせません。その実務に根ざした一歩一歩の積み重ねこそが、未来の可能性をUnlockする確かな鍵となるのです」

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