
公開日:2025/08/12
株式会社Kanatta/井口恵

①全く異なるカルチャーの大手企業2社で過ごしたサラリーマン時代
会計士試験の受験を決意したのは、“稼ぎたかったから”というのが率直な動機です。女性である点、東京のブランド力のある大学に進学していないという点で、当時の大企業に入るために必要と考えられる要件から相対的に不利な立場に置かれていた私が稼ぐためには、三大国家資格である会計士を取得することが目標達成のための最短ルートだと思いました。大学2年生から勉強を開始し、途中勉強のし過ぎで肩を脱臼する等のアクシデントもありながら(笑)、大学在学中に合格することができました。
合格後は、KPMGあずさ監査法人に入所しました。その中でも、小学校時代にアメリカに住んでいたので、日本にいながらも英語を活かした仕事がしたいと伝えていたこともあり、国際事業部に配属となりました。20代はハードに働きたいと思っていましたが、当時は働き方改革の前で月100時間以上の残業が当たり前だったこと、子どもを持つ女性管理職も長時間残業をされていた様子を見てサスティナブルな働き方ではないな、と徐々に違う道を意識するようになりました。その後、監査法人で働き続けるモチベーションの1つとして将来的な海外事務所での勤務も検討していたものの、期近のシニアスタッフでの海外派遣の機会は、中身としては語学留学がメインで帰国子女である私は選ばれることがないと悟ったこと、他方で、海外駐在はマネージャー以上でないとチャンスがないとのことで、そこまで待つには遅すぎるだろうと25歳でキャリアチェンジを決断しました。
”定時上がり土日休み”という条件で転職活動を行い、修了考査に合格し会計士登録後すぐに、数多くの高級ブランドを抱えるLVMHに転職しました。LVMHでは財務や経営企画を担当し、日本の市場分析をしてベルナール・アルノー会長にレポートしていました。男性8割の監査法人から女性8割のファッション業界への転身で異世界に飛び込んだようでした。社員の比率はフランス人と日本人の割合が半々で、フランス人は残業をしないカルチャーということもあり、一度20時頃まで残業していた時に、上司から「明日できることは明日でも良いよね、帰りなさい」と注意を受けたこともあります(監査法人時代は「明日できることも今日やりなさい」という文化だったのですが笑)。さらに言えば、社内規定でフランス人のマネージャー以上は約2ヶ月程度の夏休みを取得する義務があり、夏は上司がほとんど不在でしたね(笑)一方で、月2回程度、年次や性別関係なく「お茶くみ」の当番が回ってくる等古風な面も持ちあわせた会社でした。ホワイトな会社に転職したいと思い選択したLVMHは、本当に働きやすい会社でしたが、女性8割の会社でも役員は男性が大半である点やフランス語が話せない時点で社内での更なるキャリアステップは難しいだろうと感じ、また次のキャリアを模索することになります。
②未経験のドローン分野での起業
次の挑戦を考えた時に浮かんできたのが「起業」という選択でした。もちろん、それまで大手企業のサラリーマンとして安定した地位を得ていたことから不安もありましたが、このまま一生サラリーマンを続けることにも不安が募っていた日々の中で、”どうせ不安なら上手く行けば理想の未来に近づける選択をしたい”というマインドの変化がありました。タイミングよく、同じような志を持つ後のKanatta創業メンバーとの出会いがあり、そのうちの1人がドローン業界を推しており、ドローン業界内で有名な女性パイロットと知り合いということで、その方を雇用したことを端緒にドローン関連の会社として株式会社Kanattaを創業し、ドローン業界に女性が少ないという点に着目し「ドローンジョプラス」というコミュニティを立ち上げました。
実は、創業当初は「公認会計士=財務に強い」ということでCFO的な役割を担当していました。ところが、初期のタイミングで創業メンバーの一人の妊娠が判明しました。それをきっかけに私が取材等を受ける機会も多くなっていたことから、話し合いの末、私が社長として表に出る役割を担うことになりました。監査法人時代は大企業を中心に監査をしており、莫大な利益がある会社ばかり見ていたので、自分で起業して初めて売上を上げること、利益を出すことの大変さを痛感しました。監査法人時代は1億円の差異でも重要性の基準値を下回るのでスルーしていたこともありましたが、1円単位で節約を意識するようになりましたね(笑)私自身はドローン初心者だったものの、社長としてそんな弱音を吐くわけにもいかず、案件を選別する余地もなく目の前の案件をただただ一生懸命にこなしていましたが、今振り返るとそのがむしゃらさが良かったのかもしれません。
「ドローンジョプラス」が軌道にのった頃、次の事業として”宇宙”に着目し、2020年に「コスモ女子」というコミュニティを立ち上げました。ところが、立ち上げ後、すぐに緊急事態宣言が発動されたことで、オンライン主体での活動を余儀なくされました。一方で、スタートからオンラインだったため、結果的には全国から仲間が集まりやすいというメリットを享受することができました。私が「Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2024」のパイオニア賞を受賞したのは、コスモ女子で開発を手掛けた人工衛星「Emma(エマ)」の打ち上げ成功による功績が大きいですが、この成功に至るまで4年の歳月を要しました。今だから話せますが、当初は比較的少額で打ち上げができそうなのでコスモ女子でやってみようとなったものの、いざ挑戦し始めると想定した予算を大幅に上回ることが判明してヒヤリとしたこともありました。そもそも、人工衛星の打ち上げに成功したとしても、それだけでは収益機会を生まないので、何か別の収益を生む事業を立ち上げる必要があったことからキャリア支援事業もスタートさせました。起業するとピンチや困難は必ず訪れるので、そうした困難をどうやってチャンスに変えられるかは経営者として試されているなと感じます。私自身は、社長業をする上で、幼少期の海外生活で理不尽なことも多い環境下に身を置いたことで切り替えの早さが自然に備わっているのは強みではないか、と自己分析しています。
③Forbes JAPAN WOMEN AWARD受賞後の次なるビジョン
今年、起業して10年目のアニバーサリーイヤーに突入します。昨年、コスモ女子が女性コミュニティとして日本で初めてとなる人工衛星の打ち上げに成功しましたが、それは、株式会社Kanattaとしてドローンや宇宙に関心を持つ層や女性の割合を高めるという目標達成のための1つの手段にすぎません。現在、ドローンジョプラスは約100名、コスモ女子は約60名のコミュニティですが、中長期にはどちらも10,000名規模にまで発展させたいと考えています。
Forbes Japanでの受賞後、ありがたいことに国や地方自治体からの案件を受託する機会も多くなりました。その中でも、文科省アントレプレナーシップ推進大使に選出していただいたことで教育事業への関心は非常に高まっています。前述のとおり、各コミュニティで1万人達成するとなると、幼少期からドローンや宇宙に触れ関心を持っていただくのが最も効果的なアプローチであると考えており、どのように関与するか真剣に検討しているところです。

④事実婚のパートナーと子育て事情
2023年に第1子を出産しました。子どもを本格的に意識するようになった転機は、2022年7月にシカゴで開催された女性起業家研修プログラムに参加したことがきっかけです。このプログラムは、日本から数名の女性起業家が選抜されて派遣されるものでしたが、一緒にプログラムに参加した女性起業家に子持ちの方が多かったこと、加えて、参加者の1人が生後半年のお子さんを現地に連れてきて、かつ、第2子を妊娠中というカオスな状況(現在、彼女は第3子をご出産され現役でCEOを継続されていますが笑)を目の当たりにした際に、起業しながらでも出産・育児は何とかやっていけるものなのかと価値観が大きく変わりました。
帰国後、パートナーと話し合いの末、子どもが欲しいなら早く産んだ方が良いという結論に至り、幸いにも翌年には第1子を授かりました。パートナーとは籍は入れておらず事実婚です。徒歩数分圏内の別々の場所に住み、お互いにカレンダーを共有しながら娘の保育園の送り迎え等分担しています。籍を入れていない理由は、どちらかが苗字を変えなければいけないことが面倒だったのと、「結婚=保証」という考え方にピンときていないからです。惰性で一緒に居続けるよりも、いつでも簡単に別れられるという緊張感をもった状態で相手と信頼関係を築くことが私らしいのかな、と思っています。
私は元来仕事大好き人間で、出産当日まで働き、出産して1ヶ月で仕事復帰しています(笑)一方で、出産前は全部自分で手を動かしたいタイプでしたが、私の妊娠を機に、会社のメンバーのほうから、私の持っているタスクを全部洗い出して引き継ぐように提案してきてくれ、少しずつ組織としての権限委譲ができてきているように感じます。現在は、会社内の会議は殆ど朝に設定しており午前9時には終わっている状況で、それ以外の時間は自由にスケジューリングできるのはありがたいです。
我々の会社のミッションの1つは”ジェンダー平等の実現”ですが、出産前後で私自身の女性のキャリア観も変化がありました。今振り返ると本当に理解が甘かったと思うのですが、出産前は出産後に女性が仕事を辞めるのはモチベーションの問題(仕事をしたいとそもそも思っていない、旦那の仕事を支えたい等)と思い、そのマインドを変えたいという思いがありました。ところが、自分で出産・子育てを経験し、これは仕事がどんなに好きでも”退職”の2文字が絶対に頭をよぎるなと実感しました。子どもは体調を崩しやすいので、それを理由に私自身も仲間やクライアントにリスケのお願いをし迷惑をかけてしまった経験もあります。私自身は自分が代表であり、守らなければならない社員も抱えている手前、”辞める”という選択肢がそもそも無いので選択に至っていないだけで、会社員を続けていたら辞めていたかもしれないな、とも思います。そういう意味では表面的には働き方改革は前進しているようにも感じますが、子どもができた時の影響が相対的に女性の方が大きい環境は全く変わっておらず、社会全体として改善する余地は残されていると感じます。
⑤後輩女性会計士へのメッセージ
実は、私自身は起業時に会計士資格を抹消しています。会計士資格は最強のセーフティネットですが、それが起業時には失敗しても何とかなるという甘えに繋がってしまう、という危機感があり、退路を断とうと考えたからです。
会計士の方は総じて真面目な方が多いので様々な場所で重宝されると思います。他方で、例えば、監査はやるべきことがある程度決まっていることもあり、やるべきことを粛々とこなすことは得意だけれども、自分で目標を定めることや主体的に何かにチャレンジするのは苦手としている人が多い印象もあります。私自身は25歳でキャリアを見つめ直し監査法人を退所しましたが、10年後・20年後どのような働き方をしたいかについて早い段階で人生設計して動き出すことも重要だと思います。
そのためにも、沢山の人に会うことをオススメします!私自身も出産前は平均して3名/日程度は仕事以外も含め初対面の方と会うようにしていましたし、出産して少しペースは落ちたものの、現在でも、先輩経営者から20代の若者まで積極的にコミュニケーションをとるようにしています。私自身も、私に出会ったことをきっかけに起業して成功する若い人が増えたら嬉しいので、是非お役に立てることがあればご相談ください!
Favorite
Hobby:#プラダを着た悪魔
Motto:#自分がこの人と決めた人以外の人に何を言われても気にしない
PRIVATE PHOTOS

仕事アイテム
PC。宇宙企業のステッカーを貼りすぎて自社のステッカーを貼るスペースがなくなりました(笑)

リラックスアイテム
子供の写真、動画。いつか娘に「早くママみたいに働きたい。楽しそうだから」と言われることがプライベートの目標でもあります!

プライベート
ドローン仕事関連も兼ねてですが、伊豆諸島・式根島に滞在しました!
この記事を書いた人