
公開日:2025/01/27
早稲田大学ベンチャーズ株式会社(WUV)/大野聡子
Q:20代から30代にかけてどのようなキャリアを歩まれたか教えてください!
会計士の予備校には大学1年生の時に入学し、既卒1年目で合格しました。大学の学部も商学部でしたが、当初から会計士を意識していたわけではなく、もともとマーケティングを学びたい気持ちが強く、卒業後の進路は広告業界を志望していました。しかし、大学入学後、高校まで女子校育ちで世間知らずだった私は、そうした業界を志望する華やかな人たちをいざ目の当たりにし”人種が違う”と怖気づいてしまい(!)、広告業界へ飛び込む自信をすっかり喪失…、バブルも崩壊しており、これからの時代は手に職だろうと思い、学部的に最も身近な資格だった会計士への挑戦に舵を切ることになりました。結果として、大学時代は丸々受験勉強に費やし、華やかさとは対極のキャンパスライフとなりました(笑)
合格後は、朝日監査法人(現 有限責任あずさ監査法人)に入所し、国内の大手製造業等の監査業務に従事しました。一方で、早い段階からM&Aの世界にあこがれ、修了考査合格後はFASに行くことを検討していました。ところが、修了考査後に妊娠が発覚し、育休産休に入ることになり辞めるに辞められない状況となってしまいました。産休後、復帰はしたものの、当時の監査法人は”ワーキングマザー”という存在がレアで、受け入れる監査現場側も前例がなく、私の取り扱いに苦労している空気を察知したため、現場を離れ、似た境遇の人がいる品質管理部門に異動し、子供が小学校1年生になるまで過ごしました。
その後、金融部門の大規模クライアントチームの1つが監査メンバーを増員していた時期があり、上司からも現場復帰を提案され、監査現場に復帰しました。監査法人の在籍年数だけ見れば10年近く経っていたものの、最初の配属は製造業の担当でしたし、直近数年は品質管理部門ということで、金融知識に乏しい中での現場復帰には正直不安もありました。幸い、トータルで100名近い人が関与する大所帯なチームで、その中でさらに細かくチーム分けされている状況だったため、私も、入口は、有価証券や与信の評価を担当する金融監査の中枢で高度な専門性が求められるチームではなく、独立性や審査対応等総括ラインの担当マネージャーとして復帰できました。そうした環境で、審査資料や結果報告を他のチームマネージャー陣とディスカッションする過程で不足していた金融知識も徐々にキャッチアップすることができました。
まとめると、会計士試験合格後から39歳までの16年間、製造業・品質管理・金融と3つのカテゴリを自分の意志というよりは、流れに身を任せ行き来した監査法人ライフを過ごしました。そのなかでも、品質管理部門時代は特にキャリア迷子な時期でしたが、2008年にリーマンショックが起き、転職市場にはフルタイムで働けるハイスペックな男性が飽和状態で、時短勤務で監査現場からブランクのあるワーキングマザーは門前払いだろうと転職に踏み出す勇気はありませんでした。金融事業部に異動になった際は転職したつもりで頑張ろうと自分を奮い立たせながら仕事に打ち込みました。そこで、ある程度評価され、シニアマネージャーへの昇進も内定したタイミングで、”あと20年間、私はこのヒエラルキーでやっていくのか”と再度キャリアについて自問自答する日々が始まり、本当にやりたいことは監査法人のパートナーになることではないという結論に至り、”とにかく新しいチャレンジがしたい”と転職活動をし、40歳直前でスタートアップ企業の常勤監査役にキャリアチェンジすることを決意しました。
Q:2014年に40歳目前でスタートアップ企業の常勤監査役にキャリアチェンジされたとのことですが、環境を変えて良かったこと、逆に苦労されたこと等具体的なエピソードはありますか。
まず、良かった点ですが、監査法人でマネージャーまで経験したことが大きなアドバンテージになっている、と実感しました。具体的には、マネージャーになれば、パートナーと共にクライアントの監査役との面談や経営層向けに実施する監査結果報告会に出席するため、そうした場面で交わされる質疑応答を現地で聞き、会社側の懸念事項やリスクマネジメントについて自然とインプットする経験に恵まれたので、若くして辞めずに良かったと過去の自分に感謝しました。
また、これは監査役に就任したピクスタ株式会社(以下、ピクスタ)の個社事情に依存する部分も大きいのですが、CFOも会計士で意思疎通もスムーズに行えましたし、さらに、会社によっては、監査役は数合わせで良いという思考をされるところもあると聞いたこともありますが、ピクスタでは、最大のVCとしてグロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)が入り、彼らの助言も参考に事業運営を行っていましたが、そこでGCP側からピクスタの役員に対して監査役の役割や重要性についてしっかりとレクチャーがなされていたお陰で環境的には恵まれていたと思います。
他方で、スタートアップ業界自体も未経験でしたし、監査役監査の経験は無いので実務面は日々手探り状態でした。監査役就任当初、監査役協会のセミナーにも参加したのですが、講演者の大半は伝統ある上場会社の大企業と言われる会社の監査役で、IT業界かつスタートアップ企業の監査役の私とは困っているポイントが全く異なっており、大きなギャップを感じたのを覚えています。とはいえ、時代的にもワーキングマザーが徐々にスタートアップ企業の監査役に就任し始めた黎明期で、セミナー参加者の中には意外と同じような境遇の人が多く、結果的には、参加者同士で「女性会計士」×「スタートアップ企業の監査役」の新たなコミュニティを形成し、勉強会やお悩み相談会を定期的に開催することになり、そこで得た知見を業務でアウトプットしながら徐々に自分の監査役のスタイルを確立していきました。ピクスタにはIT用語もよく分かっていないまま勢いで飛び込んだ形ではあるものの、結果的には上場の瞬間にも立ちあえ、その後のキャリアの軸となる礎を気付けた濃密な4年間を過ごさせていただいたと思い感謝しています。
Q:2019年の2度目の転職時は慎重に分析され、事業会社の経営企画室長のポジションを選ばれたそうですね。どのような観点で転職先を吟味されましたか。
年齢的にも40代半ばに突入し、20代30代と比べ気力・体力は低下するものの、これまでの経験を活かし求められる期待値は上がるという葛藤と隣り合わせでした。そこで、そもそも、今後の選択肢として考えられるポジションを全て書き出すことからスタートしました。そのうえで、”この先何を優先するのか”という観点で「①新たなチャレンジ業務」「②経験が生かせるか」「③報酬」「④時間の自由度」「⑤今しかできない度」の5項目で評価を行い、直近のピクスタでの業務を振り返った際に、直接意思決定に関われない点に最ももどかしさを感じていたことから、自分で手を動かしながら会社の意思決定に関われる「事業会社(CFO/管理部長クラス)」と、外部ながらも経営に直接的に貢献できる「VC」の2つまで絞りました。最初にVCの方にお話を聞きにいったのですが、「VCの世界では投資先とリレーションを作るのに時間がかかるので年齢的にもう10年若ければ…」とやんわり断られたことからVCはあきらめ、事業会社に絞りました。
(補足ですが、当時VCの関係者には1名しか話を聞いておらず、直近数年の間にVCの世界も多様な人材が流入しているので状況は変わってきていると思います。)
そんな折、知人から、SaaS事業を展開するアライドアーキテクツ株式会社(以下、アライド)で管理会計を強化するため経営企画室長を探していると紹介されたことがきっかけで、アライドに入社することになりました。いろいろと考えた末、最終的には「➄今しかできない度」を最優先した形です。余談ですが、もともと広告業界へ憧れて商学部に進学していたので、アライドへの入社により、数十年後の時を経て伏線回収をすることになりました(笑)入社後すぐにコロナが流行し、人事異動等の関係で色々な人の業務を引き継いでいるうちに、最終的には、有報の作成、IR、人事部長、CFOロールといったコーポレート全般業務をカバーする状況となっていました。在籍したのは3年半でしたが10年分働いたと言えるほど仕事漬けの日々でしたが、会社の中の人として経験すべき業務は一通り回せるようになり、大きくスキルアップしたと思います。
Q:2022年に現職の早稲田大学ベンチャーズ株式会社(WUV)に転職されています。2019年の転職時に”VCはあきらめた”とのご発言もありましたが、どのような経緯で入社されたのでしょうか。
会社の中の人の役割もある程度理解し、そろそろキャリアチェンジするタイミングかな、と思っていた矢先、以前からメンターとして慕っている方から早稲田大学がVCファンドの立ち上げに向け動いていると聞きました。確かに、アライド入社前にVCへの挑戦を1度あきらめていたのですが、VCにもファンド管理をするCFOポジションが必要なことを知り、そのポジションであれば、これまでの経験や知見を活かして貢献できるのではないか、と思いました。私も早稲田大卒ですし、何より、初期メンバーとしてVCファンド立ち上げから参画できる点に魅力を感じ、ご縁も重なり入社しました。
現在は、投資実行~投資先のバリューアップに向けたサポートと、ファンド全体の管理業務を行っています。弊社の場合は、大学発VCということで、既存の会社への投資というよりは、大学の研究をベースに事業化し、起業段階からサポートしていくのが特徴です。当然ですが、大学の先生方は研究の専門家であり、経営の専門家ではありません。そのため、経営は分からないから起業しないという事情もあるところ、我々は外部から社長候補を見つけてきたり、会社の登記や口座開設等の手続など起業の前段階から伴走し、経営ノウハウや資金面で継続的にサポートしながら会社の成長を見守るハンズオン支援を行っています。早稲田大学は、理系文系問わず、総合大学としてユニークな研究を随所で行っており、非常に魅力的で将来性のあるプラットフォームだと感じています。
Q:会計士はVCの世界でどのような活躍ができますか。また、どのような人がVCの世界に向いていると思いますか。
会計士の強みは何といっても数値が読めることです。そこは、VC業界でも重宝されており、近年VC業界でもバックオフィスのファンド管理をする部署に所属する会計士は増加傾向にあります。ファンドにも当然BS/PLはあるものの、特にBSの構成は一般的な事業会社と比較してやや特殊です。簡潔に言えば、借方が投資有価証券、貸方が出資金となるため、極論、投資有価証券の評価が全てです。私自身もCFOの立場上、ファンドの出資者向けに四半期に1度レポートを発行するため、その都度評価を行います。評価に際して、監査法人出身の会計士は批判的機能の観点から評価down(減損)は得意ですが、評価upについてはあまり得意ではないように見受けられます。私の場合はアライド時代にIRも担当しており、実際に、実務方として投資家に株価を伸ばすための施策を発信していたので、その経験が、評価upを前提に投資先を見守る視点を持つうえで役立っている、と思っています。
会社はゴーイングコンサーンが大前提ではありますが、監査法人やCFOの仕事は年度決算の終了すなわち有価証券報告書を発行した段階で区切りがありますが、VCは中長期的に経営者と同じ目線で伴走しつつ、他方で、ファンド出資者との関係においてもパフォーマンスを発揮しないといけないので、最終的な目標であるExitの進捗状況を冷静に見ていく必要があります。それらは短期的な売上拡大といった単純な話で解決するものではなく、事業開発、マーケティング、法律やガバナンスなど多角的な視点が求められるので、CFOレベルの経験/スキルを持っている方が、より良いアドバイスができるのではないでしょうか。
VCファンドは通常1サイクル10年であり、私も50代はVCの世界に身を投じるつもりです。最近の会計士業界は、若くて優秀な方々が多く参入して新陳代謝が生まれており、非常に良い傾向にあると思っています。会計士のキャリアとして活躍できる場所も広がっており、肌感覚としてIPOや監査役は市民権を得てきている実感はありますので、VCの世界にもその流れを持ちこめる一助となれるように頑張りたいと思います。
Q:20代後半でご出産されたとのことですが、育児と仕事の両立の日々を振り返っていかがでしたか。
冒頭で述べた通り、修了考査合格直後(当時27歳)妊娠が発覚しました。私自身も多くの皆さんが思うように、修了考査直後すぐに転職をするつもりでしたし、年齢的にも30歳まではキャリアの土台作りと思っていたのでまさに青天の霹靂でした。
私自身の感覚として、仕事もプライベートも、一番やりたいことが自由にできるのが30代という感覚があったので、ワーキングマザーという環境のせいにしてはいけないと思いつつも、働き盛りの時期に新たなチャレンジやスキルアップができないこと、独身の友人たちが海外旅行にいったことを事後報告で聞く瞬間等フラストレーションを感じる場面も正直ありました。比較的若くして産み、悩みを共有できる同世代のママ友も周囲に少なく、私自身人間的に未熟な時期で気持ちの余裕が無く、娘にあたって後悔したこともあります。
一方で、子育ては体力勝負ですので、その意味では若くして産んでおいて良かったかなと思います。また、40代になる頃には子供も学校が忙しく、親の手から離れていたので仕事に打ち込むことができましたし、コロナ禍となり家族は家にいましたが、当時アライドでは、経営企画室長の立場だったこともあり、部下に出勤させるのが申し訳なく、代わりに私が出社するようにしていたのですが、帰宅後は家族が食事を用意しておいてくれていたのでありがたさを実感しました。
Q:最後に、後輩の女性会計士にメッセージをお願いします!
会計士の資格を持っているからこそ選択肢が豊富で悩むこともあると思いますが、他人と同じキャリアを歩んだからといって幸せになれるとも限りません。どのようなキャリアを歩むかは、結局、自分で分析して自分で消化するしか解が無いと思っています。
仕事と子育ての両立についても当時は確かに悩みましたが、結果的に監査法人に長く在籍しマネージャーまで経験したこと、40代以降はキャリアに集中できた等振り返ると時間が経って報われる経験もしました。私が子育てをしていた時代と今の時代を比べると、いろいろな子育て支援制度も周りの理解も高まっていると思うので、それらを頼りつつ、乗り切ってもらえればと思います。
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Drink:#ワイン #日本酒
Motto:#ご機嫌は自分で作るもの
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お酒全般が好きで、唎酒師(ききさけ)やワインエキスパートの資格を持っています。

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中高時代はテニス部でした。子育てに手がかからなくなった時期に自分の時間が欲しいと思い再開しました。
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